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『黒木渚論』

『黒木渚論・・・10周年の間の歌詞の変遷』

『黒木渚論・・・10周年の間の歌詞の変遷』



黒木渚※1の、10周年の間の歌詞の変遷、ということで、内容をまとめて置きたい。ベストアルバムに集約して述べることにする。DISC 1、DISC 2、に分けられた流れを看取すると、解放前から、解放後、ということになるだろうか。原理的には、『解放区への旅』が、内界から外界へ、と言うことになる。



DISC 1、から歌詞を拾えば※2、「それに飽きたら」「ほんの出来心」「墓石に」「はさみを」「罪を知る」「ひとごみの中」「崩れあってゆく」「いいかげんな誰かの」「孤独の種」「腐敗する心」「ふざけんな」「切なさに溺れて」、と在る。内界へと向かう歌詞は、一つの孤独世界を表してはいまいか。



内界は、芸術を創造するには、打って付けの財産だ。傷が有るほど、その傷は、残酷にも、負の遺産として、芸術に変貌する。内界に生じた歌詞の数々は、音楽に乗せて、ファンへと届けられて来た。黒木渚は、云わば、そう言った内界に生きる者たちへの、孤独救済のメッセージとして、躍動して来た、という原理になる。



ところが、DISC 2から歌詞を拾えば※3、「今を生きる」「息をしてる」「憂鬱も手放して」「どこへだってゆける」「毒、吐く」「世界を吸い上げて」「泣いてないで」「走ってゆけ」、と在る。外界へと向かう歌詞は、聴く者の心を、外界へと向かわせはしまいか。



外界とは、内界から外へと出た世界のことである。云わば、前向きになった歌詞で、黒木渚は、聴く者の心に、外へ外へと、意識を向かわせるのである。生きていれば、死にさえしなければ、人生は続いて行くものだ、という死と決別したメッセージを、表現しているという、原理となる。



黒木渚の、10周年の間の歌詞の変遷とは、こういった、或る種の解放原理を標榜してはいまいか。それは、実際には、内界で躓いた者にしか与えられない、外界の存在理解と言うものだろう。外界と言う世界がある、ということへの気付きが、歌詞の変遷として、表現されて来たのではないかと、思わされるのである。これから先、また、黒木渚は、ファンに、新しい世界を見せてくれるだろう。改めて、その意志の姿を待ちたい。これで、変遷の集約としておく。


※1 黒木渚という本名で活動されているので、黒木渚と表記していますが、決して渚さんを呼び捨てにしている訳ではないことを、ご了承願います。


※2 新曲の歌詞は、省きました。新曲については、自己前書に、一部分有り。


※3 新曲の歌詞は、省きました。新曲については、自己前書に、一部分有り。

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