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~起の六・終~

 ココは小高い丘の中腹。


 見下ろせば、オリヴィア達が住まう王城が一望出来る。


 これでも城の敷地内だと言うのだから、庶民のアタシとしては驚く外はない。


 今日は快晴。


 清々しく晴れ渡る青空の下。


 木々を揺らす優しい風が頬を撫でる。


 朝露に濡れた緑のカーペット。その上に寝転んだ、稽古着姿のオリヴィアは……。


「ぜぇー……ひゅー……ぜぇー……ひゅー……」


 息も絶え絶えに死にかけていた。


「オリヴィア様! 立って下さい! まだ予定の1/10も走っていませんよ!」


 アルフィルクが爽やかな笑顔でそう言った。


「ちょ……ちょっとだけ……待って下さい……い、息が……」


「畏まりました。それでは私が十数えますので、その間に息を整えて下さい。い~ち……」


 鬼か。


 アルフィルクを従者として迎え入れて数日。オリヴィアの願いもあり剣の修行を見てもらう事になったのだが、待っていたのは地獄の様なトレーニングスケジュールだった。


 食事や睡眠以外、殆どの時間が修行。特に午前中はフィジカルトレーニングに割かれていた。


「きゅ~……じゅう! さぁオリヴィア様! 再開です!」


「は、はい~~」


 オリヴィアはヨロヨロと立ち上がると、牛歩の如く走り(?)だした。


 アルフィルクが、軍服を着た鬼軍曹に見える。


 アルフィルクの方は、いわゆる執事服を着てオリヴィアと並走しているのだが、汗一つかいた様子はない。


 あの日、アルフィルクは教会での立場を捨て、一人の使用人としてオリヴィアの下へやって来た。


 殊勝な心がけだなぁと思ったモンだが、その後……。


「必ずやオリヴィア様を、オルキデア様のような英雄へ導いて見せます!」


 と言って目を輝かせるアルフィルクを見て、アタシは嫌~な予感がしてたんだ。


「オリヴィア様! 姿勢が崩れていますよ! 腿を上げて! はい、いっちに! いっちに!」


「い……ち……にぃ~……い……ち……にぃ……」


 アレだな。自分の理想を押し付ける、めんどくさい彼氏みたいなヤツだな。


 まぁ、オリヴィアだって強くなる事を望んでいる訳で、それが生半可な努力じゃ成し得ない事は分かっているだろう。


 問題は、アタシがオリヴィアの体と感覚を共有している事だ。


 何でアタシが朝も早よから、こんな目に合わにゃならんのだ!


 何時もだったら、まだ二度寝中の筈なのに……。


 アタシ自身何もできないのに、全身が痙攣しそうな程の疲労や焼けるような喉の渇き、酸欠で頭にモヤがかかる感覚だけはハッキリと感じられる。


 何だか段々ムカついてきた……。


(オラァ! オリヴィア! 顎を上げるな!)


「ト……トモエまでぇ……」


(体が傾いてんぞ! 腰に下げた剣は常に意識しろって言っただろ!)


「ひぃぃぃぃぃいいいいい!」


 二人の鬼に鞭打たれ、オリヴィアは泣きながら丘を登って行った。


 しかしながら、8年間も閉じこもっていた人間の体力等たかが知れている。


 程なく限界を迎えたオリヴィアは、芝生の上に滑り込むように倒れ込んだ。


「それでは一度休憩にしましょう。水分を取って休んでください」


 アルフィルクはそう言うものの、オリヴィアは倒れ込んだ体勢のままピクリとも動かない。


「……失礼します」


 次の瞬間、オリヴィアの体が強引に仰向けにされ、上体を起き上がらせたかと思うと、その口元に水筒らしき物が差し出された。


「適切な水分補給はトレーニングには必要不可欠。ちゃんと飲んでくださいね」


「は……はい……」


 ニコリと笑うアルフィルク。


 あくまでもトレーニングの一環として、オリヴィアは言われたとおりに差し出された水を飲みほし、大きく息をついた。


 歪んでいた視界が少しだけ回復する。


 そこには鮮やかな緑が広がっていた。


(良い場所だ、ピクニックにでも来たかったなぁ)


「まったくです………」


 オリヴィアが喉をヒューヒュー鳴らしながら同意する。


 明らかにオーバーワークと思われるが、アルフィルク曰く


「私も簡単な治癒魔法なら使えるので大丈夫です、安心して体をイジメ抜いてください!」


 だ、そうだ。


 とても王女相手に、かつ爽やかな笑顔で言うこっちゃないんだが……。


 筋肉の成長とは、負荷と回復の繰り返しだ。


 その回復が魔法により短時間で出来るのであれば、トレーニングの効率は飛躍的に高まるだろう。


 そう思うと少しだけ羨ましくなる。


 魔法があれば、アタシももっと強くなれたんだろうか……。


 そんな事を考えていると、オリヴィアがある一点を見詰めていた。


 それは切り立った崖の上に立つ建造物。


 やや遠くて分かりにくいが、大きな石碑の様に見える。


「アル、お願いがあるのですが……」


「はい、いかがなさいましたか?」


「今日は丘の上ではなく、あの聖碑まで行きたいのですが……」


「かしこまりました。距離は変わりませんし、今日はあちらに参りましょう」


 アルフィルクの同意を得たオリヴィアは、その後も何度かの休憩をはさみ、太陽が真上に届きそうな頃、オリヴィアはようやく目的地に辿り着いた。


 これ昼飯までに、城に戻れんのか?


 そんな事を考えていると、オリヴィアは可能な限り息を整えながら、石碑の前まで歩み寄った。


 石碑の表面は、やや赤茶けた色をしている。


 何となく、オリヴィアの髪の色に似ているような気がした。


 更に文字らしき物が細かく彫り込まれているが、当然のごとくアタシには読めない。


(なぁ、コレって何て書いてあるんだ?)


「伝記です。この国の為、民の為に戦った英雄の物語……」


(それって、お袋さんの事か?)


 オリヴィアは答えなかったが、聞くまでもなかったかな。


(ひょっとして、コレがお墓か?)


「いえ、墓地は別の場所にあります。この石碑は、何時までも母に国を……自分達を見守っていて欲しいと願う民の要望により建てられた物です」


(ふ~ん、じゃあココに弔われてる訳じゃないのか)


「はい、弔いの碑というよりは記念碑ですね」


(そっか……)


 アタシは霊魂だけの存在になってから、霊圧的な物を感じられるようになった。


 その場所に霊がいなくても、弔われた形跡があれば何となく魂がざわつくんだ。


 オリヴィアの言う通りであれば、この場所には何も感じないはず……なんだけど……。


 ……何だろう……この感じ。


 懐かしい様な……でも、どこか近寄りがたい様な……。


「お母さん、何時も見守ってくれてありがとう」


 オリヴィアが目を閉じ、そう呟いた。


(ホント、オリヴィアはお袋さんの事が好きなんだな)


「はい尊敬しています。それに……この国ではどの宗教にも、女児は母を男児は父を師と崇めよとの教えがありますし……トモエの国は違うのですか?」


(ウチは無宗教だし……それにアタシが小さい頃に両親が離婚して母ちゃんが出てってな、正直顔も覚えてねぇ。何年か前に死んだって聞いたけど、葬式にも墓参りにも行ってねぇな)


「そうなんですか……」


(んな悲しい声出すなよ、別に嫌ってる訳じゃない)


「でも……やっぱり……」


 また泣きそうになってる。


 何で他人の家庭事情で落ち込むんだよ……たく。


(一応、アタシの目標ではあるから……)


「目標……ですか?」


(前に巴御前ってのは、昔の物語に出てくる登場人物だと言ったろ。でもウチには昔から続く伝承があるんだ、巴御前は一人の人物を表す名前じゃない、その時代最強の女武者が繋いでいく称号だってな)


「称号……剣聖みたいな?」


(んな大したモンじゃない。ボケたジジイがそう言ってただけだし、事実かどうかも知らん。でもウチは剣術家の家系でな、その伝承のせいで女子は特に厳しい修行をさせられてた、いい迷惑さ)


「でも、目標って事は……」


(そ、アタシの母ちゃんが先代の巴御前だったらしい)


 アタシには母ちゃんの記憶はないけど、話だけは良く聞かされた。母ちゃんの腕は、歴代随一だったと。


(毎日毎日クドクドクドクド……伝承やら母ちゃんの事やら聞かされてみろ、あんなの半ば洗脳だぜ。でも、その気になっちゃったんだよなぁ~子供心に……)


「お母様を目指したいと」


(目指したいっつーか、超えたい……だな。ジジイがそこまで言う母ちゃんを超えてみたいって)


 今思えばガキだなぁとは思う。


 でも、それがアタシが剣を振る目的になったのも確かだ。


(そーいう訳だ、別に嫌いだとかじゃない。アタシにとっては母親ってより、目指すべき目標と言うかライバルと言うか……)


「同じですね!」


(……はっ?)


「私が剣聖だった母を目標とするように、トモエも巴御前だったお母様を目指しているのですね!」


(イヤイヤ、だからそんな大したモンじゃないって……)


「そっか……トモエと同じなんだ……」


 聞いちゃいない……。


 まぁ、元気になったならそれで良いか。


「私も頑張ります……お母さん」


 オリヴィアが何気なく石碑に触れる。


 指先に伝わる、冷たく硬い感触。


 そして………。


(……あ……)


 アタシの中に、何かが流れ込んできた。


 その何かは、カメラのピントを合わせるように、アタシの記憶にある、ぼやけた1シーンを鮮明にしていく。


(……コレは……)


「トモエ、どうしました?」


(…………)


「トモエ?」


(……いや、何でもねぇ)


 鮮明になった記憶。


 そこから湧き上がった一つの妄想。


「オリヴィア様、そろそろ戻りましょう。午後の修行が遅れてしまいます」


「はい……わかりました」


 石碑を離れ、しぶしぶ走り出したオリヴィアとの会話が無くなると、アタシの中で妄想が加速する。


 妄想だけど、なぜだか確信めいた物を感じていた。


 死んで、幽霊になって、除霊されて、別世界に連れてこられて……。


 それは知る必要のない事なのかもしれない、知らない方が良い事なのかもしれない、しかし……。


(まさか……)


「トモエ……何か……言いました……か」


(何でもねぇよ)


 息も絶え絶えなオリヴィアを軽くあしらい、アタシはもう一度「あの時」を思い出そうとしていた……。

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