~起の五~
「トモエ……どうしましょう……」
(アタシに聞くなよ……)
アナベルの八つ当たりでボコボコにされたオリヴィアは、連れられた先で完璧に治療された。
しかし、その場で目を覚ます事はなく、気が付けば再び自室のベットの上。
気だるさを引きずりながら朝食を終え、「また剣の稽古を始めたいです」何て言うオリヴィアと雑談していた時、そいつは現れた。
「どうぞお聞き届けください、オリヴィア様」
「そ、そう言われましても……」
困惑するオリヴィアの前で跪くのは、そのオリヴィアをボコボコにした張本人。
「アルフィルク様、とりあえず頭を上げてください……」
「アルとお呼びください、オリヴィア様!」
なかなか強引に距離詰めてくるな、コイツ。
椅子に腰かけたオリヴィアと、その前で跪くアルフィルク。
昨日と違い黒いスーツ姿で登場したが、一番の違いは服装よりも、その暑苦しさにあった。
「オリヴィア様! 何卒このアルフィルクをオリヴィア様の従者としてお傍に!」
「で、ですから!」
突然やって来たアルフィルクは、昨日の件を深々と謝罪した後、オリヴィアに仕えたいと願い出た。
既に大司教と王妃には話を通しているらしく、後はオリヴィアが承諾すれば……と言う事らしい。
手回しが良いと言うか、強かと言うか……やっぱ油断できんヤツだな。
「昨日の事は互いの合意で行った事ですし、治療もして頂きました。私は何とも思っていません。謝罪もして頂きましたし、これ以上の事は……」
「オリヴィア様を傷付けた罪は、一生をかけて償います。しかし、その事とは別なのです!」
オリヴィアを見上げるアルフィルク。
その瞳は、憧れの存在を前にした少年のように(少年なんだけど)キラキラと輝いていた。
「私は昨日、感じたのです……オリヴィア様の中に流れる、剣聖オルキデア様の血を。そして確信したのです……オリヴィア様こそ、この国を救う真のメシアであらせられると! そう! 今思えば初めてお目にかかった時から……」
興奮を隠す気もなく、大袈裟な身振り手振りでオリヴィアへの賛辞を繰り返すアルフィルク。
オタクの友人に、聞いてもいないアイドルの素晴らしさを熱弁された、あの長い夜を思い出す……。
(そもそも、あの戦いのドコに剣の素養を感じるんだよ)
「ハッキリ言わないでください……」
オリヴィアがむくれる。
自覚がある分、胸に刺さったらしい。まぁ、最後も騙し討ちみたいなモンだったからなぁ。
「あの……アルフィルクさ」
「アルとお呼びください」
「あ……アル様。私は母を尊敬しています……何時か母のようになりたいとは思います……ですが、今の私はその想いを現実に出来る力はありません……ですから……」
「だからこそです!」
アルフィルクが跪いたままの体勢で身を乗り出すと、オリヴィアが同じ距離だけ身を引いた。
「失礼ながら、オリヴィア様はオルキデア様が亡くなられた後、剣の修行を止め、城内に閉じこ……座学に勤しんでおいでだったとお聞きしております」
良いように言うな……。
「そ、そうです……だから……」
「そう! オリヴィア様は8年間も剣から離れていらっしゃった! にも拘わらず私を打ち負かしたのです! これを天資と言わず何と言えば良いのでしょう!」
「あ、アレは……私が……その……変な事を……言ったからで」
オリヴィアがゴニョゴニョと異議を唱える。
「それに私の腕を弾いたあの魔法! 全く魔力を感じませんでした! あのような御業、見た事も聞いた事もない!」
(そりゃ魔法じゃないからな)
あれはアタシのポルターガイスト……念動力みたいなモンだ。魔力なんて感じようもない。
「それに……祖父の時も……」
オリヴィアが体を硬直させる。
まーだ気にしてんのか……。
「お気になさらないでください。私は本当に感謝しているのです。オリヴィア様のお陰で、我が一族は王よりお慈悲を頂けた様な物なのですから」
あの事件後、アルフィルクが立会い人と共に爺さんの住居を調べたところ、犯行の詳細と関わった者全てを記した手記が発見された。
その手記を元に、組織の壊滅が進められているのだと言う。
アルフィルクと家族は爺さんの件に関りがないと立証され、また手記を発見した功が認められた事もあり、ジジイのとばっちりを受けずに済んだそうだ。
本来であれば、一族郎党 罪に問われてもおかしくなかったそうな。
「私が知ったのは、オリヴィア様の立ち回り。どれも一刀にて討ち取られていたと……恐らく斬られた者は、苦しむ事なく冥府へと旅立っていった事でしょう……その剣技と慈悲の心、このアルフィルク! オリヴィア様の中に剣神フュレイルの姿を見ました!」
(剣聖に英雄、お次は剣神だってよ……良かったな)
「もう……他人事だと思って……トモエのせいじゃないですか」
実際問題、アタシは慈悲を掛けた訳じゃない。
相手の人数が人数だったから、なるべく一撃で倒したくて急所を狙っただけだ。
まぁアタシ自身、ああも簡単に首が飛ぶとは思わなかったけど……。
「アル様、私はその時の事を覚えていないのです……だから……」
「そう! そうなのです!」
アルフィルクの声が一層熱を帯びる。
「無意識下で現れた力こそ、秘めたる才の証。しかし今のオリヴィア様は、その才を十全に発揮出来ぬご様子……そこで私を、お傍に置いていただきたいのです」
「えっと……意味が……その……」
「このアルフィルク、若輩の身ではございますが、城下の幼子を集め剣の手ほどき等をしておりまして……」
つまり、ただ単に付き従うだけじゃなく、才能が有る(と、思われている)オリヴィアの指南役も出来るぞって事か……。
しかし……。
(オリヴィア……お前、幼子レベルだと思われてんぞ)
「むぅぅぅぅぅぅ」
まぁ否定も出来んわなぁ。
なんせ野良犬の1/100なんだし。
「お傍に置いていただけるのであれば、貴方様が真の英雄となられるその時まで……いえ、この命尽きるまで、必ずやこのアルフィルクが御身をお護りします」
あのジジイの孫だと思うと、どーしても怪しく見えちまうが、嘘を言ったり騙そうとしてる感じはないな……。
もっと別の理由もありそうだけど……。
「トモエェ……」
(情けない声を出すな。あんなイケメンに告白されたんだ、喜ぶべきだろ)
「そう言う事じゃないです! トモエにも責任があるんですからね!」
それは、まぁそーなんだけど……。
ん~個人的にはどっちでも良いんだけどなぁ……ん~と……。
アルフィルクが従者になる
↓
オリヴィアに剣を教える
↓
オリヴィアが、そこそこ強くなる
↓
英雄2世として戦場に駆り出される
↓
名誉ある戦死を遂げる
↓
アタシは新鮮かつ、そこそこ鍛えた体を貰える
……うん、無くはない。
(ま、良いんじゃないか。オリヴィアも稽古がしたいって言ってたろ? 自分より強いヤツを相手にした方が、上達も早いだろうし。指導経験があるなら尚更だろう)
「それは……そうなんだけど……」
(じゃあ良いじゃねーか、問題あるか?)
オリヴィアが顔を真っ赤にして俯いた。
はっはーん。
(アイツに「好き」って言ったこと気にしてんのか)
「っ!?」
(アイツだって真に受けてねぇーよ。ブラフみたいなモンだって分かってるだろ)
「ほ……本当に?」
(あーほんとーほんとー)
若いねぇ……。
「そ、それなら……」
オリヴィアが姿勢を正し、軽く咳ばらいをする。
「アルフィルク様……私は強くなりたい、でも私は母ではありません……どれだけ修練を積んでも、貴方の期待には応えられないかも知れない…それでも、付いてきて下さいますか?」
「無論です。この命……オリヴィア様の為に」
「わかりました……」
こうして、アルフィルクはオリヴィアの従者となった。
この選択が、オリヴィアにとって正しかったのかは分からない。
分からないが、オリヴィアが母親を……剣聖とやらを目指す上で大きな変革となったのは間違いないだろう。
問題は、アタシが巻き込まれてしまったという事だけだった……。