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~序の三・終~

 彼女の言う事は荒唐無稽だった。


 曰く、彼女は別世界の人間で、事故により命を落とした。


 しかし彼女はそれに納得しなかった。


(アタシが車ごときを避けられないはずがねぇ!)


 車とは鉄で出来た馬車のような物らしい。


(高速道路だろうがアウトバーンだろうが、ポルシェだろうがステルス戦闘機だろうが、正面から来やがった以上、アタシにとっちゃノコノコやクリボーと同じ! 避けるどころか踏みつぶしてやんよ!)


 彼女の例えは大半が意味不明なのだが、馬車を踏みつぶすとはどれほどの巨漢なのだろうか。


 ともあれ、彼女は自分の死に納得がいかず現世にしがみ付き、夜な夜な車相手に喧嘩(?)を売っていた。


(そしたら袈裟を着た坊さんが「悪霊だー除霊だー」って集まってきやがってよ、何度か返り討ちにしてたら諦めてアタシを生き返らせてくれるってんだ)


 喜び勇んでボーさんの言うとおりにしていたら、何時の間にか除霊をされていたそうだ。


(あのヤロウ! アタシを騙しやがったんだ! 坊さんのくせに! か弱い幽霊に嘘つくなんざ酷いと思わねぇか!)


 そもそも、なぜ自分を消そうとする人の言う事を信じたんだろう。


 心の中でそう思ったが、口には出さないで置いた。


(流石のアタシも焦ったね。そのまま極楽浄土まで連れていかれるかと思った)


 そこで彼女は突然自分の腿(多分そんな位置だったと思われる所)をパーンと叩いた。


(したらな! いきなり目の前に女神さんが現れたわけよ! あれは絶対に女神さんだったね! 全身が光ってて良くわかんなかったけど、アタシの勘がそう言ってる)


 彼女の勘が当てになるかはともかく、その女神様が言うには、元の体を復活させる事はできないが他者の体に霊魂を留める事はできるという。


(そこで女神さんに紹介されたのが、死にかけてるアンタだった訳だ。アタシに適合する体が異世界のアンタしか居なかったんだと。んで、アンタが死んだ後、アタシがアンタの体に憑依して蘇るってすんぽーよ)


 彼女はあっけらかんと言い放った。


 確かに今の私は重体だ。しかし、まだ生きている。


 その本人を前にして、まるで死を待つとばかりに言い放つ彼女に、私は呆れてしまった。


(まぁ、気の毒だとは思うよ。死んでほしいと思ってるわけでもない。でもアタシにはどうしようもないんだ。だったら死んだ後のアンタの体をアタシが使っても良いんじゃね? リサイクル? とかリユース? って感じ?)


 悪びれる様子はない。


 もっとも、私自身それも良いかなと思っていた。


 どうせ生きていても……そんな風に思っていたから。


「そうね……私が死んだら好きにして」


 私は彼女のように、死んだ後にまで現世にしがみ付く気力はない。


 例え中身が私じゃなくても、母の血を残せる可能性があるのなら、その方が良いのかも知れない。


 そう考え始めた途端、全身から何かが抜け落ちていくように感じた。


 これが魂の浄化というものなんだろうか。


 自分の体が、少しずつ崩れていくようだ。


「やっと楽になれる……やっと……死ねる……」


 終わりを悟り、静かに目を閉じる。


 母が亡くなってたった8年だけど、私なりに頑張ったと思う。


 母に会えると思えば、死ぬことも怖くない。


 そう……これで良いんだ……。


(……ちょっと待て)


 突然、肩をつかまれた様な気がした。


 感覚が無いため、あくまで気がするだけなのだが。


 薄く目を開けると、赤い光の彼女が眼前に居た。


(……気に入らねぇ)


「……は?」


 よく見ると赤い光は細かく揺らいでいた。


 これは……怒ってる?


(やっとって何だよ……簡単に諦めてんじゃねぇよ)


 彼女は何を言ってるんだろう。


 誰より私の死を望んでいるのは、他でもない彼女ではないのか。


(アタシの新しい体に居るのが、こんな根性無しなんて納得いかねぇ! 死ぬんなら最大限に足掻いてから死ね!)


 無茶苦茶だ。


 死ねとか生きろとか、なんでこんな事を言われなければならないのか。


 しかも、どこの誰かもわからない、体すらない霊魂に……。


「あなたに……何がわかるの……」


(あぁん?)


「あなたなんかに! 何がわかるのよ!」


 自分で驚いた。


 私は、他人にこんな感情を向けられたんだ。


(分かるわきゃねーだろ! 腰抜けの事なんざよ!)


「だったら黙ってて! あなたは私の体が欲しいだけでしょう! なら黙ってて! 黙って死なせて!」


(それが納得いかねぇって言ってんだ! 何もせずに死のとすんな!)


「あなたには関係ないでしょ! 私だって頑張った! 母のようになろうと! 剣の修行だって! 勉強だって頑張った! けど私は母にはなれなかった!」


 口論なんて生まれて初めてした。


 何時もの私であれば、他人に言い返す事すらできないだろう。でも、その時は止められなかった。


 思うがままに叫び続け、喚き続けた。


 その時、私はどんな顔をしていたんだろう。


 とても論理的とは言い難い彼女の暴言に対し、何時しか「死にたい」と思う事より、相手を「言い負かしたい」「負けたくない」と思う様になっていた。


 どのくらい喚き続けたかはわからない。


 気が付くと、私はベットの上で目を覚ましていた。

 

 そんな私に、彼女が気まずそうに声を掛けてきたのは翌日の事だった。



 それ以来、たった一月程の間だけど、トモエは私が唯一気の置けない相手だった。


 自分勝手で無作法で、辛辣で気遣いなんて欠片も出来ない人。


 けれど彼女と話す時だけ、私は私で居られた。


 だから分かる。トモエは私を苦しめたくて言ってる訳じゃない。


 でも……。


「ごめんなさい……」


 母が亡くなって、私が最も多く口にした言葉だろう。


 けれど、真に謝意を込めたのは母以外には初めての相手かも知れない。


 私にはトモエの言葉に、期待に応えるだけの力がないんだ。


「弱くて……ごめんなさい……私がもっと強ければ……」


(初めから強いヤツなんて居ねぇよ)


 トモエが強く、そしてどこか優しく、私の言葉を遮る。


(良いじゃねぇか、今から強くなれば。成りたかったんだろ? お袋さんみたいに)


「……ごめんなさい……」


 私だって強ければ……母の名に相応しい力があれば……。


「気でも狂われたかな?」


 不意に視界が光に包まれる。


 さほどの強い光ではないけれど、目が慣れるまで数秒間、危険が迫っていると感じながら、強く瞼を閉じる。


 やがて恐る恐る目を開けると、無機質な岩肌に囲まれた空間と、アフムを先頭にした騎士団が目に映った。


「潔しと思ってみれば、逃げ場のない場所へ転げ落ち、意味不明に叫び喚く。何とも無様ですなオリヴィア様」


 老騎士が落胆した表情を見せる。


「まぁまぁ、手間が省けたと思えば良いではないですか」


 アフムが老騎士をなだめる様に穏やかに微笑む。


「手間が……省けた?」


「ええ、オリヴィア様の遺体を運ぶ手間が……ね」


 アフムの視線が、私の背後に向く。


 外敵に背を向ける等は愚の骨頂であるが、私は引き込まれるように後ろを振り返った。


「っ!?」


 私は思い誤っていた。


 ここは、奴隷の為に攫った人達を軟禁している場所なんかじゃない。


 もっと……もっと悍ましい……。


「どうです、見事な物でしょう」


 そこに居た……いや有ったのは、人間とは掛け離れた物。しかし、明らかに人間だった筈の物だった。


 壁に吊るされた複腕を持つ物、人の上半身と獣の下半身を繋ぎ合わせた物、赤ん坊の体に大人の女性の頭部を乗せた物。


 そして無造作に打ち捨てられた、不要になったのだろう部位の数々。


 現実感を吹き飛ばす光景に、私は視線を外す事が出来なかった。


「隣国にはね、それはそれは素敵なご趣味を持つ方が多くいらっしゃいましてね。思ったのですよ。そう言った方々を相手にした方が儲かると。生きた人間を運ぶより、物にしてから運んだ方がより都合が良いとね」


 アフムの下卑た声が聞こえる。


 奴隷として生きた人間を運んで国境を超えるのは、一部の騎士達の手引きがあっても難しい。


 だが、それが物言わぬ遺体であれば……。


「だから申し上げたでしょう、音など漏れないはずだ……と」


 生きている人間など居る筈もない。


 それどころか、この場には私達以外の生者の気配など微塵もない。


「せっかくの商品がネズミにでも齧られたら大損害ですからな、その対応も十二分にしてございますゆえ」


 近付く足音に、私は反射的に振り返る。


 そこには冷たい目をした一人の兵士が居た。


「元英雄の娘。その作品と有れば過去最高額は間違いないでしょう。奇麗に斬って下さいよ」


 アフムの言葉を合図に、兵士が更に歩み寄る。


「こんな……こんな……」


 死ぬとは思っていた。


 私個人が、死後にどんな扱いを受けても構わない。


 けれど、自分の遺体が歪んだ好事家の手に落ち、英雄の……母の娘として飾られるなんて……。


 嫌だ……母の名を汚すような死は……嫌だ……。


(そうか、そう言う事か)


 不意にトモエの呟きが聞こえてきたかと思うと、私はユックリと立ち上がる。


「……えっ?」


 私の意志じゃない。


 私は立ち上がる処か、兵士が歩み寄ってきても身動き一つ取れなかったのだから。


(変な感覚だった、妙に力が漲ると言うか滾ると言うか……)


 ふと思い出す。


 階上で老騎士に斬られそうになった瞬間、私は無意識に体を仰け反らせていた。


(この家に来た時からな、聞こえたんだ。「痛い」とか「苦しい」とか「助けてくれ」って……お前らだったんだな)


 私が逃げ出すと思ったのか、眼前に迫っていた兵士が慌てたように手にした刃を振り上げる。


(聞こえたんだよ……)


 振り下ろされる刃。


 瞬間、私の中で何かが弾けた。


「聞こえたんだよ! 仇を取ってくれってなぁ!」


 私は……いや私の体は振り下ろされた刃を寸前で交わし、兵士の背後に回ると、瞬時に両腕を相手の鎧と兜の隙間に差し込み、力を込める。


「くぎゃっ!」


 不快な感触と骨の折れる音。


 私……トモエが両腕を放すと、顔を真横に向けた兵士は、ズルズルと冷たい石造りの床に倒れ込んでいった。


 一瞬の静寂。


 トモエは、躯となった兵士の手から剣を奪い取る。


「両刃の剣なんて初めてだけどな」


 暫く物珍しそうに剣を眺めていたトモエは、やがてその切っ先をアフムに向けた。


「外道を斬るのにゃ十分だ」


 呆気に取られたようなアフム。


 しかし老騎士は迅速だった。


「散れ!」


 固まっていた兵士達が一斉に陣形を取る。


 その表情は戦地に居るかのように険しかった。


「アフム殿、少し下がっておれ」


 老騎士の指示で数歩下がるアフム。


 身を切るような緊張感が場を支配していった。


 私にもわかる。


 今の私の姿は、恐らく全く別の物に見えているだろう。人にすら見えていないかも知れない。


 感じるから、トモエが聞こえたという儚き者達の魂を。


 その魂を、トモエが纏っている事を。


「殺れ!」


 老騎士の激を合図に、総勢10名の兵士達が絶妙な間と距離感で迫ってくる。


 それは押し寄せる波のように、本来は逃げる事もかわす事も叶わない、王国騎士団が誇る不敗の陣。


 しかし、その刃はトモエを捉える事は出来なかった。


「ぐぎゃぁ!」


 トモエは最初の一撃を紙一重でかわすと同時に、剣を真横に薙ぐ。


 二つの頭部が宙を舞ったかと思うと、トモエは自ら陣のど真ん中に飛び込んだ。


「多対一には有効な陣形だ。ココがもっと広ければな」


 囲まれているのはトモエの筈なのに、兵士達の方が焦っている様に見える。


「おおおおおおお!」


 二人の兵士が襲い掛かる。


 不思議と、その動きがとても緩慢に見えた。


 同時に襲い掛かってきたと思われた二つの刃だが、僅かに剣速が違う。


 その僅かな間隙を縫うように、トモエの剣が走った。


 新たに二つの首が落ちる。


 生暖かい鮮血が降り注いだ。


 そこから私は、トモエの作り出す景色に見とれていた。


 トモエが剣を振るえば確実に相手の首が飛び、深紅の雨を降らせる。


 迫る凶刃がトモエに届く事はなく、逆に二度剣を振るう機会すら与えられない。


 傍からはどう見えているのだろう。


 泣いて蹲るしかできなかった私が、その身に纏ったドレスを髪の色と同じ深紅に染め、踊る様に屈強な男達の首をはねていく。


 恐らく、今の光景を正常に判断できる者など居ないのではないだろうか。


「これで……」


 10人目の首を斬り落としたトモエが、手にした剣を老騎士に向けた。


「最後だぜ、おっさん」


 アフムを背にした老騎士が、剣を構えながら半歩後ずさる。


「逃がすかっ!」


 それを見て、トモエが老騎士に向かい駆け出した。


「貴様は……貴様はオリヴィア様ではない! 何者だぁ!」


 圧倒的な速度で老騎士へ迫るトモエ。


 老騎士も迎撃態勢をとる。


「アタシか? アタシは……」


 トモエが老騎士の間合いに入る直前で高々と跳躍すると、上段に構えた剣を勢い良く振り下した。


 老騎士も瞬時に剣を振り上げ、トモエを打ち落とそうとする。


 しかし、トモエの剣は老騎士の振り上げた剣を叩き折り、そのまま相手の肩口から逆の脇までを袈裟懸けに割いた。


「き……さま……は」


「アタシは、八剣 巴……巴御前を継ぐ者さ」


 地に伏せた老騎士が何かを発しようとするも、その力さえ残されておらず、苦悶の表情を浮かべたまま事切れた。


「ま、知るわきゃないよな」


「ひぃぃっぃぃいいいいいい!」


 突然の絶叫。


 老騎士の亡骸を前に、アフムは腰を抜かしてしまったようだ。


 座り込んだまま、トモエに命乞いを始める。


「た、頼む! 命だけは! 命だけはぁぁぁ!」


「うるせぇ!」


 泣き叫ぶアフムの頭上に剣を振り下ろすトモエ。


「ゴンッ!」と言う鈍い音がしたかと思うと、アフムは座り込んだ姿勢のまま後ろに倒れていった。


 どうやら刃ではなく、柄の下、剣首で殴りつけたようだ。


 先程までの喧騒が嘘のように、静寂が広がっていく。


(殺さない……の)


「何だ? 殺した方が良かったか?」


(いえ、そういう訳じゃないけど……)


 無暗に人死にを望む訳じゃないけど、アフムだけ殺さなかった事が不思議に思わない訳でもない。


「こういう厄介事には事実を証言するヤツが必要だろ、オリヴィアの言う事だけじゃ足りねぇ」


(や、流石にこの現場を見せれば私だけでも信じてもらえると思うけど……)


 疎まれているとはいえ、絶対的な証拠が此処にあるのだ。


 彼等の非道を証明する事は……。


「この場に居る奴等だけならな」


(えっ?)


 トモエはそう言って、地下室の奥に積み重なれた遺体を指した。


「おそらく既に外国に売られた被害者が居るんだろ。こんな事を何時からやってたのか、どの位の人数が殺されたのか、誰に売ったのか……このオッサンに聞かなきゃ分かんねぇ」


(た、確かに……)


「そうしなきゃ、弔ってやる事も出来ねぇ……」


(トモエ……)


「そ……それにアレだ! もし何年も前からやってたとしたら? 今までの視察で見落としてたって事だ。んな事、あの性悪な姉貴共が認める訳ねぇからな! 言い訳とか捏造とか隠蔽とか出来ない様にしとかねぇと!」


 急に早口でまくし立てるトモエ。


 頬が少しだけ火照っている様に感じる。


 照れているのだろうか……。


(トモエ……ありがとうございます)


「け、オリヴィアが頼りねぇからな」


 ますます顔が熱くなって行く。


 私は頬と一緒に、心が温かくなったようにも感じていた。


「まぁ、アレだ。体を貰う代価と考えりゃ、この程度の事なんでもねぇさ」


(……はっ?)


「思った以上に貧弱だから、だいぶ鍛えなおさなきゃだけど、霊魂だけに比べれば……」


(ちょ! ちょっと待って下さい!)


 嫌な予感がする……。


(私、まだ死んでませんよ!)


「でもな~こうなっちゃったしな~戻し方も分かんないしな~」


 トモエが口角を上げているのが分かる。


 きっとニヤニヤと嫌らしく笑っているに違いない。


(約束が違うじゃないですか! 私が死んだらって言ってたじゃないですか!)


「アタシに言ってもな~……まぁ何だ、魂だけの生活も存外悪くないぜ」


 トモエがグッと親指を立てる。


 嘘でしょ……。


 トモエが私の代わりになったら、とんでもない事になる。


 私が死んだ後ならまだしも、その有様を彼女の中でずっと見続けなきゃ行けないなんて……。


(嫌です! 体を返してください!)


「だから無理だって……」


(返して! 嘘つき! 詐欺師! 変人! 野蛮人!)


「んだとコラァ! それが命の恩人に言う事か! この貧弱王女! つーか貧乳王女!」


(助けてくれなんて言ってません! って、胸は関係ないでしょ!)


 死体に囲まれている事などとうに忘れ、なじり合う二人。


 最早自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。


「だいたいお前は! ……って、あれ?」


 突然トモエが不思議そうな声を上げると、自分の体をまさぐり出した。


 何だか力が抜けるような、いや体が軽くなって行くような気がする。


「ちょっと待て! 何だよ「ありがとう」って!」


 気付けば全身から薄く光る何かが、天に向かって登っていくのが見えた。


 これは……。


「おい! 勝手に成仏すんな! 恩に感じてんなら戻ってこい!」


 被害者達の霊が、無念のまま地下室に残っていた霊魂達が、関わった者達を討った事で解放されて行く。


「おい! 人を働かせたなら代価を払え! 勝手に満足して消えんな! オイ! オッ……」


 トモエが必死に叫び続ける中、再び何かが弾けた様な気がした。


「きゃっ!」


 不意に全身の力が抜け、私は膝から崩れ落ちた。


 その勢いのまま、両膝を固い石造りの床に打ち付けてしまう。


「いった~……」


 そのまま蹲ると両膝をさする。


「あれ? ……動く」


 両手を握ったり開いたりと繰り返してみる。


 動く、自分の意志で体が動く。


 と言う事は……。


(チクショー! アイツラー!!)


 頭の中でトモエの絶叫が響く。


 トモエに体の主導権が移ったのは、彼等の影響だったのだろうか。


 何はともあれホッとした。


 トモエは、可也むくれているようだが。


「残念でしたね、トモエさん」


(ふんっ……)


 先程の意趣返しのつもりだった。


 てっきり暴言で返ってくるかと思ったのだが……。


(……トモエで良い……)


「えっ?」


(さっきは呼び捨てだったろ、今更「さん」付けされても気持ちわりぃ)


「……わかりました」


 何だか心地よかった。


 遺体に囲まれ、血の匂いに満ちた空間に居る筈なのに、王城に居るよりもずっと居心地が良かった。


 胸の中にこびり付いていた淀んだ何かが、次々と洗われて行くようだった。


 私は座り込んだまま薄暗い天井を見詰め、大きく息をつく。


 きっと、笑っていたんだと思う。


(おい、何終わった感じになってんだ。こいつらの後始末とかあるだろ。さっさと立って……)


 意識が遠のく。


 トモエの声も、だんだん小さくなって行く。


(おい! こんな所で寝るな! オイ!!)


 抗いようがなかった。


 全身の疲労感と、何より私の中に彼女が居るという事実。


 それは、母が傍ら居た頃に感じていた……そう、安心感に似ていた。


「生きて帰ったら……もう少しだけ……頑張ってみるね……お母さん」


 目を覚ましたら、また剣の修行をしよう。


 勉強も沢山しよう。


 もう一度、目指してみよう。


 母の姿を……。


 そして、トモエともっと話をしよう。


 私は知りたい、トモエの事をもっと……。


「トモエ……ありがとう……」


 トモエの叫びも、もう届かない。


 やがて視界が暗転し意識を失った私は、その場に倒れ込んだ。


 後にトモエが言っていた。


 気絶した私は、とても気持ちよさそうに寝っていたそうだ。


 まるで日向ぼっこでもしているかの様に……。

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