~動の三~
「全軍撤退を……」
そう言って振り返った私の視界に、それは居た。
私の3倍はあろう巨体。耳まで裂けた口に、三日月の如き鋭い黄色い目。丸太の様な腕には巨大な鉈を携えている。
ゴブリンロードだ。
「グォオオオオオオ!」
私と目が合った瞬間、ゴブリンロードが耳をつんざく程の唸り声を上げた。
「鉾矢の陣を取れ! 一気に抜ける!」
私が判断するより早くアルが部隊に指示を出すと、全員が素早く陣形を変え、森の出口に向かい駆け出した。
アルは私が遅れぬよう、手を取り前衛の後を駆ける。
前方のゴブリンロードに立ち向かうのは、6人の兵士。
各々が武器を構え、矛型の陣形のまま突撃をする。
しかし兵士達は、ゴブリンロードが鉈を一薙ぎするだけで軽々と吹き飛ばされた。
「オリヴィア様! 下がって!」
追撃を狙うゴブリンロードの前に、アルが立ち塞がる。
「アル!」
「オリヴィア様! 早く逃げて下さい! そして報告を!」
ロードの雄たけびを聞いたゴブリン達が背後から迫り、殿の兵士達が食い止めている。
今、この包囲を抜けられるのは私しかいない。
今回の目的を考えるなら、私が一人でも帰還しこの脅威を伝える事が最優先だ。
でも……。
「オリヴィア様!」
私は剣を抜いて後方のゴブリンに向かって行った。
「アルはロードを頼みます!」
私にロードを相手にする力はない。
ならば通常のゴブリンを素早く殲滅して、全員でロードに立ち向かう。それが最善のはず。
全員が生き残る為の……最善。
背後から襲い掛かるゴブリンは5体。殿を務めている兵士は2人、私を加えれば3人。十分殲滅できるはず。
「はあぁっ!」
交戦中の兵士達の邪魔にならないよう、端のゴブリンに向かい剣を振り下ろした。
「ギャァグア!」
ゴブリンは、その小さな体に似合わない重厚な戦斧で私の剣を受ける。
初撃は防がれた。
焦るな。修行を思い出せ。通常のゴブリン相手なら私でも十分に戦えるはず。
しかし私が思い出したのは別の事……。
「アレは……ただのゴブリンではありません……」
ゴブリンを発見した時のアルの言葉。
あの言葉はロードに向けられた物じゃない。
私の目の前にいる、ゴブリン達に向けられた言葉だ。
そうだ……なぜ忘れていたんだろう。
あの文献には、こうも書かれていた……。
同種族を捕食したモンスターは、一部進化する可能性がある。
私は、ゴブリンの体が衣服をはちきらさんばかりに、激しく隆起している事に気が付いた。
「オリヴィア様! 下がって!」
アルの叫びが届く前に、変異型ゴブリンが私の剣を受けたまま戦斧を薙ぐ。
私の体は吹き飛ばされ、大木の幹に叩きつけられた。
「ぐぅっ!」
呼吸が止まり、視界が歪む。
「オリヴィア様を守れ!」
アルの指示で兵士の一人が割って入る。
兵士の剣とゴブリンの戦斧がぶつかり合い、火花を散らす。
私は霞む視界で戦場を見渡した。
敵はゴブリン5体にロード。
対するはアルと8人の兵士。
決して勝てない相手ではないはずなのに、戦況は悪くなる一方。
一人、また一人と屈強な兵士が膝をつく。
(このままじゃ全滅だな)
今まで黙り込んでいたトモエが、そう呟いた。
「トモエ……教えて……どうしたら」
(アタシが知るかよ……)
「トモエ……」
(コイツラにゃアタシの念動力も通じなさそうだし、どーにも出来ねぇな)
「何か……何か策とか……」
(策ねぇ……コイツラ相手に色仕掛けでもしてみるか? アルフィルクの時みたいに)
「トモエ!」
(冗談だよ……)
トモエは、こんな冗談を言う人だっただろうか……。
(だから逃げりゃ良かったんだよ)
「でも、みんなを置いて逃げるなんて……」
(お袋さんならしない……てか?)
トモエの言葉に、どこか苛立ちを含んでいる様に感じた。
(……一つだけ打開策は有る)
「それは……」
(お前が戦って死ぬことさ)




