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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
魔女の子

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犬も食わない…1


 朝の準備が整い、ルカは学校へ、セシルはアノールと共にマンジュへと向かった。アサカナ崩御の後からルディが進めている国境整備についての話し合いのためだ。話し合いと言っても、まだ急がなければならないこともない。だから、今回の訪問はこちらの森を警備し魔獣を外に出したくない思いを軽く伝えておくという意味と、相手側の様子を探る程度ではある。だから、結果を出さなくてもいい、様子見で終わる領主夫妻、アノールとセシルの表情には、まだまだ余裕があった。


 しかし、マンジュへ伝える事項とディアトーラの本来の思いは違う。大きな意味では嘘になるのかもしれないが、それは物事の一面としてある事項なのだ。ルタもルディもそれを嘘だとは思っていない。

ときわの森を護るために、曖昧だった国境線を引き直したいというのが、ルディの考えだった。ときわの森が侵入者を制裁するのではなく、ディアトーラがときわの森を護るために必要になる境界線だ。それが、ディアトーラとマンジュで微妙に違っていたのだ。

 そして、本日はアリサが妊婦のルタを気遣い、本来ならリディアスで行われるべき茶話会を、ディアトーラですると言うのだ。

 領主夫妻が不在であることを伝えると少人数にするとのこと。

 さらには、領主夫妻不在の方が気兼ねなく過ごせます、らしい。


 どちらかと言えば、その方がセシルに負担を掛けないだろう、が本音だ。アリサはセシルの穏やかさが損なわれることを嫌う。セシルは元々リディアス王家が苦手だから、緊張してしまうのだ。

 もっと言えば、初夏でも汗が流れるリディアスよりも、こちらの気候の方が過ごしやすいと言う理由もアリサにはあるようだったから、どんな理由があってもディアトーラでの茶話会を譲る気はなかったようだ。


 アリサとミルタス、そして、ルタしかいないこの程度の茶話会ならば、ルタ一人で準備出来る小規模なものだ。しかも、茶器やお茶の葉はミルタスが準備し、お茶請けはアリサ本人が気に入ったものを持ってくると言うのだ。実質部屋の提供くらいしかすることがない。

 だから、その茶話会までに時間が取れたルタとルディは、向き合って碁を打ち、互いの持つ情報を共有する時間にすることにしたはずだった。


 しかし、碁盤を打つ石の音が絶えて久しい。

 ルタは、最近行われていたアリサの茶話会で、ルタが感じたご夫人達の動向を推察した結果を伝える。ルディは元首達が話す内容や彼らの変化させた機微をそれに合わせて鑑みる。


 しかし、ルタが伝えた内容の、とてもつまらない部分に引っかかったルディは、ただ子どもが地団駄を踏み、「なんで?なんで?」と言う子どものようだった。確かにルディが気にするように、気を緩めてはいけない項目ではある。緩んだところから、すぐに絡め取られるかもしれない危険はあるものではある。


 だが、そのくらいのことならば、アリサやミルタスの動向さえ見守っていれば、なんとかなるようにしかルタには思えないのだ。もちろん、ルディもそれをよく分かっているし、そこは弁えて各国と付き合ってもいる。しかし、それをルタから聞かされると、どうしてか、ルディは反論したくなってしまうのだ。


「タミルが、夫人とはどういう風に振る舞えば良いのかって?」

ルディがルタの話を聞いた後に大きく叫んだ。

「えぇ。困ってらっしゃったので、わたくしの場合はとお知らせ致しましたけれど」

「えっ、じゃあ、ルタみたいになるってこと? タミルが?」

「それは分かりませんわ」

ルディは碁を打つ手を止め、ルタをじっと見つめた。


「もしさ、タミルがルタみたいになったらさ」

ルタみたいになったとしても、実質実権はないのだから、……。ルタは自身の立場を思いながら言葉を胸に留める。


 しかし、ルタとルディは互いの意見に対して、互いの立場を線引きしているつもりだが、タミルにそのまま当てはめれば、今のミルタスなど反論できずに、ただただ彼に丸め込まれるだけかもしれない。


 ルディは頑固だからある程度、ルタが好き勝手を言っても参考程度に留めるので、ルタにとっては気を使わなくて済む分、楽なのだけれど。

 もちろん、エリツェリはその方が強くなるのかもしれないのだけれど。あの春分祭のことを思えば、なんの負い目もないタミルの方が、ディアトーラに強く出られるのかもしれないけれど。


 だが、ルディがそこを本気で心配しているとはルタには思えなかった。

 この国を護るのはルディの役目であるが、共にこの国を支えていく者という『同志』という意味で、ルディはルタを相談・指南役くらいの立場で扱う。世界の動きが分かるという意味で、ルタ自身その方が嬉しい。

そして、そのように伝えたのだから、タミルだって相談・指南役に留まるはずなのだ。


「ルディ。あのね、夫人と言っても様々な在り方がありますわ。最終的にはタミル自身がどう動けば、ミルタスを助けられるのかを彼は考えるはずです」


 それこそ、跡継ぎのためだけに存在する夫人だっているし、国との繋がりだけが重んじられたお飾りの夫人すら存在するのだ。夫人本人がそれで満足していることもあるし、不満を抱いていることもある。さらに、タミルがルタだけの意見を聞いて参考にするとも思えない。それに、アイアイアが力を持つとなれば、リディアスが絡んでくるので、タミルがそこまで自身の欲に走るとも思えない。

 ただ、ルディの育ってきた夫人環境を思えば、そこに考えが至ることはないのだろう。


 セシルだって大きく表には出ないが、アノールと同じ立場でその意見は尊重される。ミルタスは国家元首であり、アリサに至っては影の帝王くらいの影響力を持っている。

 だから、ルディは、ディアトーラを監視するために伯母様が来るんだ、となった。伯母様は抜け目ないから。タミルと仲良しだと伝えているルディの出方を監視しに来るんだ、と。


 アリサは「ルタをからかうことが面白いため」と「ディアトーラのこののんびりした風土と夏の気候が気に入っているため」だと言っている。ルディのことなど気にも留めていない。

 どちらかと言えば、アリサの(げん)の方が正しい気がする。あわよくば、内部分裂でもすれば楽しい、くらいは考えていそうではあるが。


「でもさ、もしタミルが本気でディアトーラを滅ぼしにかかったら……」

杞憂とまでは言えないが、可能性はとても低いとルタは思うのだ。

「もう少し、タミルを信頼なさってはいかがですか?」

「信頼はしてるよ、でもさ、『もしも』があるじゃない? もしも、またルタがあんなことになったら……」

ルディは過去を思い出しながら、悲壮な表情を浮かべる。


「あんなことには、もうなりませんわ」

慰めるべきなのか、呆れるべきなのか、それとも謝るべきなのか判断に迷いながら、ルタは言葉を続ける。

「わたくし自身、自分がどこまで動けるのかということもよく分かってまいりましたし、人間の体をどう気遣えば健やかでいられるかも分かってまいりましたし」

「そんなの分からないじゃないか」

ルディは鼻息荒く、ルタを見つめて「だって、ルタはいつも大丈夫しか言わないじゃないか」と続けた。


「だから、大丈夫なんですもの。ルディもそれを分かってらっしゃるから、彼らと正直にお付き合いなさっているのでしょう? だから、このままで大丈夫なのです」

「だから、ルタはもうか弱い人間なんだから、大丈夫ばかりな訳ないじゃないか」

ルディはこういう所が頑固であり、どうしてもルタをひ弱な人間にしたがるのだ。


「あの時、本当に怖かったんだから。ルタが遠いところに行っちゃうんじゃないかって。どうして気付けなかったんだろうって。ルタは眠ってたから知らないだろうけど、ずっと涙が止まらなかったんだからねっ」

確かに、ルディは泣き虫である。そんなルディに心配かけてしまったことは、申し訳ない気持ちにはなるにはなる。だが、しかしだ。

 ルタは口をへの字に結んでルディを睨み付けた。


「何度も言いますが、わたくしはか弱くはありませんし、ちゃんと目を覚ましましたでしょう?」

「目を覚まさない可能性だってあったでしょうっ」

そう言って、ルディは碁を放り出し逃げてしまった。


 ルタは溜息をつきながら、自分のお腹を見つめる。そもそもの論点が違うのだ。ルタは政治的な部分を、ルディはルタ自身のことを考えるから。

 気遣ってくれていることは有り難いのだが、疲れる。

 ルタは大きな息を吐き出した。


 妊娠してからルディの心配性が輪を掛けて酷くなっているのだ。そして、ルタに言い負かされるのが分かっているから、言葉を放り出して逃げていく。

 まぁ、ずっと折れないままのルディに付き合うのも疲れるので、逃げてくれる方がルタにとっては楽ではあるのも確かだ。だから、とりあえずは放っておく。


 ルタは窓の外を見て、その陽の高さに「そろそろ準備をしなくては」と立ち上がった。

 エリツェリを訪問した後、アリサがこちらに足を伸ばす予定だ。

 おそらく、昼過ぎにはこちらに着いて、今夜はこちらで過ごすつもりなのだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] まったく。心配症でしかも逃げちゃうとは。 でもルタ、表情出てきたんですね。
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