ルディの明日はまだ来ない……2
事務仕事に慣れてきた頃には積雪が少し緩み、外に出ることも増えてきた。跡目を継承したということを各国へ知らせることに加え、これから付き合っていくだろう元首達の為人を知るためだった。ルディの跡目継承披露でもあるから、にこやかな歓談が多いのはもちろん、その度に縁談の話が持ち上がる。ルディは曖昧に笑いながらやり過ごし、わざと「『うち』に嫁ぎたいなんて方はいらっしゃらないでしょう」と答える。もちろん、アノールはそんなルディにいい顔はしない。
ただただ、日々が過ぎていくだけ。
世界を滅ぼすかもしれない、そんな客人が来る様子もない。もしかしたら、ずっと先のことなのだろうかとも思えるようになった。
だったら、カズの言うように現実も見なくてはいけない。
縋っていてはいけない。
そんな風に思いつつ、時間があればときわの森へと向かいたくなる。世界の話はどうなっているのだろう。もし、本当に世界が滅びるのならば、……。
考えがそこに帰結する。帰結してしまうから、ときわの森へは向かわない。
跡目になった。逃げることは出来ない。これで、何があったとしても、断れない縁談が舞い込んだとしても、魔女様を裏切ることはない。
そう思うことで、叶わない未来に折り合いをつける。
そして、さらに月日は過ぎて、春になる。普段は色の少ないディアトーラにも、色が溢れ始め、背の高い茎を持つ淡い色の小さな花が、太陽を喜び、春風に笑いそよぐ。雪の冷たさが凍らせたような凝縮した深い緑の樹木は太陽を吸い込み、若芽を芽吹かせ、命を喜ぶ。
春の色は、命の色だ。
しかし、色ばかりではないのが、ディアトーラの春だった。雪で泥濘む黒い大地は、雨に泥濘む泥道となる。さらに雨の多い春は、雪解けと合わさり、ため池が溢れることもあるのだ。溢れそうになる前に、町の者が領主館に避難することすらある。しかし、大惨事にはならない。これも、魔女が関係しているとされている。
多くを求めなければ、奪われることはない。
だから、奪われないようディアトーラの予算は、国を護る領主と町を仕切る万屋で根気よく練り出される。
ルディもアノールに連れられ、そんな手伝いをするようになった。そこには、カズも見習いとして出席することも多く、いずれは二人でこの仕事をしていくのだな、ということがよく分かる。
いつかカズがディアトーラに必要な予算をまとめ、ルディがそれを精査する。
他国と違うだろうことは、そこに魔女の意志が入ることだ。
多くを求めてはならない。
そして、万屋が持ってきた収穫高を見つめ、ディアトーラに必要な量と年間で必要となる予算を煮詰めていく。
他国の商人と話し合いをするには、国の了承がいる。だから、領主は国同士で取引をするための手引きをし、万屋が出輸入を実際に進めていくのだ。収入の約3%が領主の元へ、そして、7%が万屋の元へ行き、下働きの者への手当てに宛てられ、内2%がディアトーラのために使われる補助金として、万屋が蓄えとして管理してくれる。
蓄えの使い道は、例えば、沼が溢れた際に掛かる人足代だとか、不作の際の予備費だとか、工事費だとか、領主館の修繕費だとか。
後の残りが生産者へとなるが、小麦などは大勢で分けることになるので、取り分としては同じくらいになってくる。
聞いているだけで頭がパンクしそうになる数字の数々が、ルディの耳に溜まり、抜けて、噛み砕かれる。
10%は原価を上増ししなければならず、さらに、個人へと返す利益と実際に掛かるだろう費用も含めて計上する。
魔女が関わってくるから、多くを求められず、一定の税収という形でもなく、買い上げて売り捌くではないところが、ややこしいのだ。
しかし、ここにも魔女が関わっているのだろう。何故か、ディアトーラは大きな黒字も出ないが、赤字も出ない。アノールから言わせれば、それはディアトーラの情報収集能力に関係するということだった。
確かに。でも、それだけでは説明できないこともある。
害虫被害にしても、冬の期間の長さにしても、他国の自然発生的な災害も、取引の始めに把握しているわけではないのだ。昨年の取り高などを見ながら、予想して決めるのだから。
それなのに、なぜか赤字を出さない程度には収まる。アノールが言うように、紛争災害やその国が今何に力を入れているのかであるならば、ある程度の予測をして動くこともあるけれど。紛争に関しては、そもそも、一枚岩を謳っていながら、どうして喧嘩するのだろうとは思うけれど。双方の言う理由は分かるけれど、ルディにはそのそもそもが分からない。
もちろん、これはディアトーラ特有である。他国は利益優先だから、同じ様な規模でもエリツェリなら足りなければ税を上げるし、裕福なアイアイアあたりなら、買い上げて利益を追求するための、商談を取引相手を変えて持ち込むこともある。
大昔のリディアスなら、他国への領土拡大を謳い、魔女を理由にした戦争に持ち込んだりもした。それでも100年ちょっと前のアーシュレイ様以前の話だ。
父親二人がもう少し話があるというので、ルディとカズはやっと外に出て、その屋根の軒で、息をつくことが出来た。
「雨、止むかなぁ……」
「濡れるの覚悟で歩いても良いくらいの霧雨だけどな……」
確かに。濡れてもしっとり程度かもしれない。
二人は細かい雨の粒子をその目で追い続ける。
「やっぱり、ポンチョ借りてくるよ」
カズがルディを気遣い、そう言うと、ルディが申し訳なさそうにカズを気遣う。
「雨用のポンチョって、一つしかないんだよね?」
送ってくれるというカズを気遣った言葉だったが、カズはまた別の意味で捉える。
「あぁ、そうか。アノール様も濡れるのかぁ……」
父さんもこのくらいの雨で濡れるくらいは平気だと思う。そう思いながら、やはり、カズを見遣る。ルディは送ってもらう身だから、往路だけだが、帰路もあるカズはより濡れる。そんな心配だったのだけど、それを伝えるのは無意味に思えた。
「カズって時間ある? あるんだったらさ、うちで服乾かしてから帰ってよ」
だったら、びしょびしょにならなくて済むかも。
「えっ、めんどくさいよ。どうせ濡れるんだし。家で乾かす」
ダメ元での気遣いは、やはり、断られてしまった。














