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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
《幕間劇》ルディの夢を見る世界~過去回想編

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ルディは魔女様が好き……1


 ディアトーラ領主館の鉄柵をくぐると、カズの言った意味が分かった。

「魔女様?」

ルディがその姿を見て、僅かな逡巡を覚えたのは、その姿が記憶のものとは別のものだったからだ。

 ラルーという魔女の容姿はラベンダー色の髪に千歳緑の瞳だった。

 しかし、薔薇の香が庭に馥郁と立ち籠める中にあるのは黒髪だった。


 その仕草も佇まいも、魔女様である。甘い香りを纏いながらも、その誇り高さを失うことのないあの凜とした姿は、紛うことなく魔女様なのだ。

 それでも、そこにあるのは、ルディの知っている魔女様ではなかった。祖父のアースと語らうその姿は確かに、ラルーであることは分かる。しかし、容姿とかそういうものではなく、違う。

 なんだろう。不思議だった。遠くあった者が近くに感じてしまうような。手を伸ばせば、届くんじゃないんだろうかというような。


「あぁ、ルディ、どうしたのかね」

アースはぼんやりと立ち尽くしていたルディを手招きし、にこにこするが、どこかぎこちない。

「あ……ただいま帰りました」

ラルーが優しい微笑みでルディを迎えるとアースが続けた。

「おかえり。ラルー様が来られてな」

その声に、薔薇の香が薄れる。お祖父さまは気付いてらっしゃらないのだろうか。ルディはそんな不審すら覚えた。


「元気そうだな。よかった、よかった。アノールとセシルを呼んでこなくてはな」

そう言ってアースはその場を離れようとする。しかし、今のこの状態で離れて欲しくはなかった。

「いえ、あ、僕が参りますので、お祖父さまは、その……」

ルディは、言葉に詰まった。ラルーであることは確かだ。しかし、声の掛け方が分からない。

「私がセシルとアノールを呼んでくるから、お話を聞いておくといい」

「お話……?」

「大事なお話だ」

大事だというのであれば、もちろん、幼い頃に聞いたようなお話であるはずもない。そして、ルディは今、リディアスへ留学した頃に覚えたカルチャーショックに良く似たものを感じていた。


 あの時は、町の雰囲気と文化レベルの差に愕然としたのだが、これは、また別の何かだ。それなのに、アースはルディを放り出し、「では、少し失礼致します」とラルーに伝え、離れてしまった。

 放り出されたルディは、やはり言葉に詰まる。


「えっと……」

ラルーがルディの知るあの穏やかな微笑みを浮かべた。

「もうすぐお帰りになると聞きましたので、お待ちしておりました」

すると、ラルーの髪色がふわりとした紫色に戻った。光の加減で、そう見えるのかとも思った。しかし、目の錯覚とも思えない。


「はい、あの、えっと……ご病気を患っていらっしゃったり……なさいませんか?」

その言葉に、ラルーが懐かしむような微笑みを浮かべ、自分の髪をその手の甲に乗せる。「変わって見えておりましたか?」

「えぇ……あの」

「心配なさらなくても、ラルーは簡単に崩れ落ちませんわ」

「崩れる?」

「えぇ、過去のラルーが、トーラとせめぎ合っているのでしょう。少なくともすべての時の中で、わたくしは今のトーラと友好だったとは言えませんから」

意味を掴めないルディにラルーが何ともなしに続けた。

「この世界(とき)はあと僅かで崩れます」


唐突に様々な違和が流れ込んできてしまったルディの思考は、ほぼ動かなくなった。ただラルーを見つめて「はぁ」と答えることが精一杯だった。

ただ、分かったことは、ここにこの世界を滅ぼすだろう客人がやってきて、その者を保護することがルディに託されたこと。

そして、魔女様に触れたいと思ってしまったことだった。



 その夜、ルディはベッドに横になりながら、窓の外に見える満月を眺めていた。

 疲れているはずなのに、まったく寝付けなかった。

 世界が滅びるかもしれない客人を保護するって、どういうことだろう?

 要するに、世界が滅びる手伝いをするということなのだろうか?

 でも、簡単に崩れないっていうことは、ラルー様は、この世界を護っているということだ。

 優しい光のはずなのに、眩しくなって寝返りを打つ。

 月の光だけが、蒼白く伸びてくる。

 よく分からない。

 ラルー様はこう言った。


「だけど、跡目でもないあなたに強要するつもりはありませんわ。すぐに答えは求めません。考えた上で、答えを聞かせていただければと思っております」

 断る気持ちはまったく湧かなかった。そもそもディアトーラの領主家系は魔女に求められれば、その命すら差し出さなければならないのだ。そこは問題ない。


 ただ、カズやフィグ、そして、町の者たちの顔を浮かべると、月の光からも逃れたくなるのだ。いや、崩れたとしても、時の遺児が生まれるかもしれないだけで、彼らがすべて消えてなくなるとも限らない。

 トーラは世界を書き換えるだけなのだから。命を奪う者ではない。

 今の自分が知らない土地にいて、今の自分が知らない誰かと一緒に生活しているようになるだけ。新しい記憶を植え付けられた自分にとって、それはまったく変わらない日々が始まるだけなのだから。


 しかし、魔女様の口調からすれば、今までの書き換えよりも大きな事が起きるのだろうことは、予想できた。もしかしたら、大陸ごと消えて生まれるかもしれない。そうでなければ、ルディの気持ちなど無視したはずだ。


 この世界(じかん)が生まれなかった、別の世界(じかん)に塗り替えられる。


 そして、その世界を書き換えるのは、ラルー様が大切にしている魔女様なのだろう。だから、ラルー様自身がその変化を受け入れているのだ。

 過去に現れたたくさんのトーラ達が、この世界を壊さないように見守ってきた魔女様(ラルー)が、その変化を受け入れる。断れるわけがない。だけど、……それが正しいのかどうかは分からないし、ルディがその役目をしようがしまいが、何も変わらない気もする。


 結局、ルディの気持ちを大切にしてくれているだけなのだ。世界を滅ぼす手伝いが出来るかどうか、試されているのだ。

 裏を返せば、魔女様を憎む道を残してくれているだけ。憎みたくはない。だけど、すべての世界を裏切る行為をする。

 ルディは、結局答えを見つけられないまま別の考えに導かれる。


 でも、もし、世界が滅ぶのであるならば、……。この世界の未来が失われるのであれば、別に縛られることもないのだろうか。


 月が雲に隠れても、光が淡く滲み出てくるように、ルディはその考えから離れられなくなっていた。


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