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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
《幕間劇》ルディの夢を見る世界~過去回想編

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ルディはうんざりしている

 リディアスでの留学は七年間だった。短い者は三年で終わるのだが、跡を継ぐような者はだいたいあちらで七年過ごすのが定石である。確かに、はじめの三年と後の四年では学友達の態度ががらりと変わった。

 要するに自覚の問題なのだろう。低級学校の続きのような始まりの三年間は、自身の背景を庇護にする。例えば、ルディならディアトーラ元首息子のルディ・クロノプスである。跡を継ぐと決まれば、ミドルにwを入れて自己紹介してもよくなる。

 自身における権威を傘に、見合う友人とつるむ。


 ただ、それも三年間で大概が飽きてしまう。この学校で学ぼうとういうような者たちは、特に、後半の四年間に残る者達は基本心臓に毛が生えていると言っても過言ではない。それぞれが、小さいながらも国を背に持ち、それぞれの事情を抱えて学びに来ているのだ。それに、同じ土俵で、同じものを食べていると、趣味の合うもの、同じものを求めるもので分かれ始めるのだ。そして、本当の自身を固めていく。


 付き合いもバラバラだ。貴族同士で集まるものもいれば、商人や文官の子ども達と好んで集まる者もいた。ルディは、どちらかと言えば後者を好んだ。

 王族貴族が語る華やかな社交界を知るよりも、これから先に、知ることが出来なくなるだろう、知らないことを知る方が楽しかったのだ。ディアトーラの人間でさえ、領主相手に本音ばかりとは限らないのだ。


 そして、特に特別推薦を受けているような、平民と言われる者の話は面白かった。

 彼らの持つ『自由』とルディの持つ『自由』は全く違った。それなのに、自由には常に危険と責任が自分に返ってくるということは同じだった。ルディはその度に、「へぇ」と感心したり、驚いたりした。


「例えば、君には勉学をする、しないに自由があるだろう? だけど、僕たちにはその自由すらもたらされないこともある。ただ、僕たち平民と呼ばれるものには、君たちほど家に縛られてはいない。ほとんどの者が、なりたい者になっていいし、好きなものを好きだと言っていい。そして、自分自身で自分の価値をつけていかなければ、存在価値を失う」


「何だか格好いい」と素直に感心するルディに、彼は、苦笑いで「まぁ、自分自身に価値をつけるなんて、なかなかむつかしいんだけどね」とつなげた。

 一番に印象に残っている言葉がそれだ。なんとなく、どこにいても同じなんだなと思えたのだ。


 そんなことを話しているルディ達とは違い、貴人と呼ばれる者たちは、婚約相手の自慢をしはじめていた。どこそこの姫君との縁談が進んでいるんだとか、うちはもっと格上だとか。そんなことを話ながら、面白くもない自慢をルディの耳にも届けようとするのだ。裏を返せば、うちと繋がればこんな得があるぞというような。

 そんな自慢なんて、単に自身を飾るだけのものでしかない、そう思えた。ただ、ルディ自身がどんな自分になりたいのかも分かっていないから、彼らを否定することも出来なかった。


 どんな領主になりたいのか。どんな国になって欲しいのか。答えはまだ見つけられない。ただ、ぼんやりと平穏に、みんなが幸せであれば良いなくらいで。そう、ルディは単に領主の家に生まれただけで、自身の存在価値はまだないに等しい。


 もちろん、ご多分に漏れず、ルディにも何度か縁談が舞い込んでくるが、それだって、国が絡むのだ。

「学業に専念したいから」

 で、とりあえずは断る。両親ともにそこは尊重してくれていた。

 だいたい、最初の三年間で相手の本心を見ているのだ。後から取り繕われても、そういう奴なんだ、そういう国だよねとしか思えない。

 だったら、その者の国の立ち位置や、ディアトーラにとってその国がどれくらい大切な国なのかが固まってから考えてもいいんじゃないか、と思えたのだ。両親は想い合う相手と共に生きることが出来たが、それはとても珍しい例なのだ。だいたいは国がどう繋がれば良いのかを考えて縁談が進められる。酷い者は生まれた時に決められる。どうせ、自分自身の身の置き方なんてそんなものなのだ。


 だから、後から国として裏切られるなんて、溜まったものではない。うちだって護らなければならないものはたくさんあるんだから。

 そして、縁談を断り続けていると、変にリディアスを出されるようになった。

「あいつってさぁ、変にリディアス王と繋がってるから、お高く止まってるんだよね」

「もしかして、だから、私たちを避けているのかしら」

「まぁ、見下せる相手と付き合うことが多いのは、それ? なんて、いやらしい」


 確かにリディア家は自分で伴侶を決めることが多いらしい。しかし、実際は選び放題だからではなく、それが王位継承を左右するらしいから、一種の試験なのだろう。

 だから、選び放題だから断っているんだ、という勝手な妄想にうんざりするのにも疲れるのだ。少なくとも、ルディ自身はリディアスの祖父を傘にしたことはないし、ルディはリディアスの者ではなく、ディアトーラの者なのだ。


 好き好んであんな田舎に来たがる者がいるわけがない。もし、本当にディアトーラが好きで、ルディとの縁談を進めたいという者がいるのなら、ちょっと興味はあるけれど。


 まぁ、確かにリディアスではなく、リディア家が開く晩餐会には呼ばれることがある立場ではあったけれど、あれは、本当に家族としてだから……。一応、こっちでは身寄りがないからであって。ある意味の同情であって。


 そこは、リディアスに血縁があったということは、本当に恵まれていたと思う。


 ディアトーラに近づいてきたこともあり、ルディは少しだけ余裕のある考え方が出来るようになってきていた。

 うんざりな学校生活ではあったが、信用できそうな学友も何人か目星をつけているし、気が弱くてすぐに使われそうな何人かの目星もつけた。また移り身が上手そうで警戒しなければならない者の見当もつけている。そして、大切な親戚であるリディア家と親交も深めてきた。とりあえず、今できることは整えてきたはずだ。

 だから、列車の終点である隣国のエリツェリでカズの顔を見た時は、本当に泣きたい気分になった。


「ルディ様、お帰りなさいませ」

「カズっ」

駆け寄り、軽く抱擁した後に、その手を掴んで「元気だった?」と尋ねる。

「ルディ様もお元気そうで何よりです」

カズの顔を見ているだけで、故郷の懐かしさが溢れ出してくるようだった。

「うん、元気になった。それでお願いがあるんだけど」

「なに?」

急に怪訝な表情を浮かべるカズにもルディは気持ちが緩む。

「ルディ様はしばらく止めて欲しい。疲れた……」

その言葉にカズが吹き出した。

「じゃあ、ディアトーラに着くまでな。気安く呼んでるのが知られると、親父に怒鳴られる」

「よろしくお願いします」


 笑ったカズにルディは馬車置き場まで案内された。ここからは、馬くらいしか足がない。列車を通すことに反対した理由は、ディアトーラにとっては当然の理由である。しかし、これが、一番の不便。だけど、今日は、それがありがたい。


「馬二頭だったら良かったのにね……」

ルディは並足でカズとゆっくり話をしながら、帰りたかったのだ。

「二頭をディアトーラから引き連れてくるのは大変なんだから我慢しろ」

「うん……分かってる」

静かになるルディにカズが心配して、後ろを振り返った。ちゃんと馬車に乗り込んで、静かに座っている。

「帰りたくないのか?」

もしかしたら、あんな田舎に帰りたくないなんて言うのじゃないかと一瞬思ってしまったのだ。


「ううん、みんなに早く会いたいなとは思う。でもさ、言われそうなこと分かってるし……」

そして、「あぁ」とカズは納得した。

「縁談だよな」

「もう、うんざり」

本当にもううんざりなのだ。しかも、この春結婚したというカズを引き合いに、確実にいい加減にしろと言われる。

「フィグ、元気にしてる?」

「うん、頑張ってくれてる。でも……しばらくしたら、家は出ようかと思ってる」

「なんで?」

おめでとうと続けようと思っていたルディは、驚いてカズに尋ねた。

「合わないんだよね、うちの母親と。あのままだと、確実にフィグがやられる」

「そっかぁ、カズも大変なんだね……僕も頑張らないとね」


 何を頑張れば良いのか分からないまま、ルディはもう一度大きな溜息をついた。何を頑張るのか。この国に無事を与えるために頑張る。そんな漠然としたことしか思いつかない。その中に縁談も入っているし、各国との付き合いもさらに言えばリディアスとの関係も含まれてくる。だけど、魔女の存在がちらつくと、ほんとうに何を頑張れば良いのか分からなくなる。


 護られている、護ってくれている。お互いがお互いで、そんな関係。大昔とはこれも少し変わってきている。同じ駒なのに、今いる『トーラ』は人間に対して友好的だ。

 だから、本当はこの世界を護っているトーラを排除しようとする他国がおかしい。それなのに、その畏怖に頼らなければならない国なのだ。

 魔女が恐れられている限り、ディアトーラはそう簡単に崩れない。そんな国。


「そうだな、アノール様も領主になられたし、次はお前の跡目継承が待っているんだろうし」

カズは手綱を見つめながら、わざと話の進む先を変えた。しかし、ルディはそこに乗ってこなかった。

「……そうだけど、もう、今は言わないで」

そう言いながらも、リディアスにいる時よりもルディの気持ちは軽いのだが、何を思っても、素直に喜べないのだ。そして、カズは一つ良いことを教えてやろうと思った。

「そうだ、今日は縁談の話はないかもよ」

「なんで?」

「内緒」

「なんで?」


カズは食い下がってくるルディを面白がる。ルディも意地になって聞き出そうとする。

「言わない。お前を喜ばせても俺になんの特にもならないだろ」

「そんなことないと思うけど……ほら、一応領主の息子だしさ」

「ディアトーラの領主息子様に、なんの権限があったっけ?」

「うーん……ないけど……。こっちの事情なんて知らない他国で自慢できるかもよ?」

「自慢してどうするんだよ」

「はは、そうだよね。なんの自慢にもならない。やっぱりカズはいいや」

 こんな風に話せる。すごく好きな感じ。


 軽口を叩けるようになってきたルディを見て、カズはほっと息を吐き出す。そして、そんな会話を続けながら、馬車はディアトーラへと進んでいった。


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