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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
新しい日常へ(第一幕結び)

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ルタとルディ


 トマスに与えられた猶予は半年だった。その間に元首を降りることを要求した。さもないと、ディアトーラとして断罪すると。その頃には、ミルタスも多少元首として使えるようになっているはずだという、アノールの判断も加わった結果だ。


 トマスは終始大きな反論もせずに、素直にアノールの言葉を聞いていたらしい。外錠を閉めていたことも影響していたのかもしれないし、もちろん、決め手はアノールの言葉だったのだろう。しかし、一番の理由は『魔女』だったのではないか、とルディは思っていた。トマスにとってルタは『魔女』でしかなく、上手くいかない自身を前国王に重ねてしまったのだ。だから、魔女に心臓を掴まれてしまったトマスは、簡単に光を失った。

 追詰められ、闇に藻掻く者は誘導されやすい。


 春分祭での出来事をディアトーラとして断罪する場合、エリツェリにも国として対応してもらわなければならなくなる。後に国を建て直すことを考えれば、前国王がしたように国として魔女を狙った事実はない方が良い。


 もちろん、ディアトーラとしてはどちらでも良かった。リディアスが口を出してこず、エリツェリが『エリツェリ』として存在すればいいだけで。

 しかし、最終的に「個人的な」を求めたのはトマス自身だったそうだ。


「後生だからミルタスには手を出さないで欲しい。あの子は関係ない。あの子がやっと掴んだ道だから」とまで言ったそうだ。


 本心なのか足掻きだったのかは分からないが、トマスに芝居がかった雰囲気はなかったらしい。

 トマスはミルタスにすべてを譲るため、彼女に彼の罪の告白をさせる。


 エリツェリという国を大切に思っているから。こんなことでリディアスやディアトーラに乗っ取られたくないから。もちろん、言葉として、そのようにアノールに伝えられていないが、おそらくそうだろう。実際には、ミルタスが関わっていたというどんな根拠も出てこないのだし、いくら縁談の際にマグワート家に入ったからと言って、母方の姪であるだけのミルタスとトマスの関係上、わざわざ、疑わしきにも至らない彼女にまで波及させる必要もなかった。その上、ミルタスを出しにしていたのはディアトーラの方なのだ。ある意味の人質。ミルタスにまで言及しないのだから、下りろという脅しの意味もあるのだから。


 さらに言えば、トマスがそんなことを言わずとも、リディアスにとっても有事の際にエリツェリを足がかりに出来るのであれば、アリサは喜んでミルタスを元首にと推し進めたはずだ。

 すべて、盤上で進められたとおりである。


 可哀想だったのがソレルだった。

 弟のレウムは幼くて起きたこと自体がよく分かっていなかったので、直接心を病むことはなかったが、ソレルは既に家督を継げる年齢にもなっていたことも重なり、父が犯した罪というものを、敏感に感じ取ってしまったようだ。しかも、春分祭での出来事も自分の記憶として知っている。

 何よりもルタという人物をその目で見ている。倒れる様すら覚えているのだ。


 トマス一家はエリツェリを後にする。しばらくはワインスレーからも離れなければ、さすがに暮らしてもいけないだろう。そんな見ず知らずの場所で、『罪を犯した父』と『自分を差し置いてミルタスが家督を継いだ』という凝りをずっと抱かなくてはいけなくなるのだ。

 ソレルにとってそれは重たい枷となるに違いない。

 だから、ミルタスがアリサに懇願したのだ。


「元首となる条件として、ソレルは私の養女として残してください」と。

 リディアスが背後にいるミルタス自身は、トマスに比べて民よりの人気が高い。もちろん、これからのことはミルタスの双肩にかかってくる問題ではあるが、当面はリディアスが、いや、皇后であるアリサが彼女の後ろ盾になる。


 様々な国が忖度する姿は目に見えた。そして、アリサに育てられているミルタスはその忖度に呑まれず、上手く使うようになるのだろう。そして、呑まれない元首は、信用を勝ちとり、自身の信頼を固めていく。

 だから、ソレルはここで国を見守る方が良い。起きた事実に対して、どのように国が動いていくのか、ここで乗り越えて行く方がいいとミルタスは考えたのだ。そこは、やはりアリサが見限らなかっただけの人物と考えて良いだろう。

 そして、彼女も不必要な凝りを残さないように、動くタイプだ。


 そんな強かな元首には警戒心が必要だが、当面の間、ディアトーラもエリツェリも互いに大きく関わることなく穏やかになるはずだ。


 それなのに、ルディはもやもやしていた。


「ねぇ、ルタ」

ルディが碁盤に石を並べながら、不服そうな声をだす。その手元には光を含んだ薄桃の液体が入ったグラスがある。あの祝杯を飲んでみたいと言い出したのはルディだ。

「どうしましたの?」

「やっぱり、納得いかないんだけど」

「何がですか?」

「あんなにトマスに顔を近づけて話す必要あったの?」

そして、ルタがきょとんとする。今頃になっていったい何を言い出すのか、と思ったのだ。しかし、ルディは真剣そのものだった。


「動作の緩急は必要ですもの」

「でもさ、身なりだって」

その身なりだって、一般的な魔女のイメージを固めていくために、選んだ色のドレスだった。最初はラルーだった頃に普段から着ていたものにしようかと思っていたのだが、あまりにも魔女らしくないということでやめたのだ。セシルも『まぁ、ルタ様が魔女の格好を? お姫様ごっこのようですね』と張り切って仕立ててくれていた。


 それは、ルディも納得済みだったはずなのに、何を今さら言っているのだろう。

「問題はなかったと思いますけど……」

「……いくら魔女としてでもさ。魔女になりきるなんて、下手すれば逆戻りじゃない。どうして気付かなかったんだろう」

「ああいう場合、魔女であることを強調した方がよろしいでしょう?」

アノールがリディアスを最終手段として使ったように、現在のルタが使える最大の警告である。

 それでも石を並べるだけ並べて、ルディがむすっとする。


「納得いかない」

「わたくしは、今あなたが石を無意味に並べては片付けていることの方が、理解できませんわ」

「だって、頭の中が整理できないんだから、ルタのせいだと思う」

 そのようにたどり着いてしまう思考回路は、やはりルタには理解できなかったが、人間とはこういうよく分からないものだったと、思考の矛先を人間全体に向けておいた。さらに言えば、ルディの頭が回らないのは、ルタのせいではなく、その手元にあるグラスのせいだ。


 グラスの一つを手に取ったルタが、眠っているルカの傍に行き、頭をそっと撫でる。ただ穏やかに胸が上下するだけで愛おしく感じる存在。布団からはみ出ていた小さな手をその布団に収めると、ルタはそのままベッドに腰を掛けた。本当によく頑張ってくれたと思う。普段と変わらない、そんな毎日に満足しているのだろう。ルカの寝顔は王様のように自信たっぷりで、満足そうだ。


「あんな変なお父さまですけれど、ずっと一緒にいてあげてくださいね」

「えっ、もしかしてルタ怒ってる?」

「いいえ」

 ルディの言葉を柔らかい口調で否定して、ルタは「綺麗な色ですわね」とグラスに空けたサクランボ酒を眺めた。怒っているのではなく、呆れているのだ。ルタはルディのことがよく分からないことがあるが、ルディだってルタのことをあんまり分かっていないと思うのだ。


「ルタも一緒にいてくれるよね?」

 石から目を離し、不安そうな声を出すルディに、ルタが微笑みながら、その金薄桃の液体を一口飲んで確信する。あの日も思ったが、春分祭の時よりも、アルコール度数が高くなっている気がするのだ。そう、ある意味での『毒』である。いつもよりも回りが早い気もするので、時間の問題かもしれない。


「そうですわね。仕方がないので一緒にいますわ」

「なんで、笑うの?」

息を呑んだルディにその答えを言わずに、小首を傾げたルタは冷たい微笑みを浮かべる。

「でも、そろそろお止めになりません? それ」


「ごめん、……分かった。えっと……すぐに止める」

そして、続いたルタの冷たい声にルディが慌てて返事をする。

「ちゃんとお片付けしてくださいね」


 本当にもう目が閉じそうだ。ルタはルディがどうしてアルコールを含むと眠たくなるのか、まだよく分からない。だけど、そういう風に出来ているようだ。

「……うん、やめる……かたづけて、えっと、だから、いっしょに……よね……」

「えぇ、一緒にいますわよ」

 慌てたルディが器の中にゆっくり石をしまい込み、満足そうに「うん」と答え、蓋をしたと思ったらそのまま石の器を抱いて眠ってしまった。


「満足そうに……ルカと変わりませんわね」

そう言いながら、ルタがルディにそっと上掛けをかけた。

「ゆっくり、おやすみなさいませ。わたくしのために、お疲れになりましたわね」

そこまで言ったルタが、ふと自然な微笑みを浮かべ、そのまま言葉を零した。


「……ありがとう、ルディ」


 そんな家族を見守るようにして、ディアトーラの夜が優しく更けていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人のかけあいがたまらなかったです。 [気になる点] 距離が近いって、ルディのやきもちですよね…? いま、それいうてる場合かってw 
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