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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
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ディアトーラに住む魔女……1


 ルタとセシルが、怪我の程度の酷かった兵士二人に食事を運ぶ。二人はパンと温めた牛乳、そして、野菜のスープをコップに入れてお盆に載せていた。熱も下がり、起き上がれるようにはなっているらしく、二人はゆっくりと上体を起こし、お辞儀をした。


「怪我の具合はいかがですか?」

ルタが尋ねると先に助けられ、先に目を覚ましていた若い方の兵士ジークが尋ね返した。

「木こりは元気にしてますか?」

セシルは微笑みながら「心配いりませんよ」と答える。

「木こりさんは軽い捻挫だけでしたので、動けるようになっています。あなたのお陰ですね」

ルタはにこりと笑い、その質問に答えた。そして、セシルが彼らを気遣う。

「食事の前に包帯を取り替えましょうか」


 昨日取り替えたばかりだというのに、よく見れば彼らに巻かれている包帯は既に古い血液が滲み始めている。ルタの軟膏で止血はしているが、そうそう簡単に皮膚は張らない。ジークはもとより、後から助けられたフレドの方はバグベアの爪の傷がかなり深かったのだ。失われたであろう血液量から考えれば、まだ起き上がるだけで精一杯のはずだ。


 だから、我が子よりも若い彼らの惨めな包帯を見て、セシルは気の毒になったのもあり、気軽に声を掛けただけだった。しかし、フレドが慌ててその申し入れを断る。


「滅相もありません。自分たちで出来ます」

ルタは微笑みながら「そうですわね」と続けた。

「自分たちの傷くらい自分たちで処置出来ませんとね。食後に包帯と軟膏を持って参りますわね」

とお盆を彼らの手の届く場所に置いた。お盆に載せられた食事は、片手でも充分食べられるようになっている。

「これ以上お世話を掛けるわけにはいきません。我々は領地を侵害しております。ご厚意はありがたいのですが、」


 フレドは自分たちがあの森に勝手に入っていたことを伝える。森の木を売ればもっと金持ちになれると思ったから、あの若い木こりを使って……。ジークもその偽りを了承してくれている。本当を何も知らない木こりのことだけは庇いたかった。


「領地侵害だと感じているのであるのなら、こちらから一つ。お願いを聞いていただけませんか?」

ルタは涼しい声で、あの女神のような微笑みで、敢えて『お願い』という言葉を選び、彼らに伝えた。




 兵士達が自分で動けるようになってきた頃。

 アノールがエリツェリの者をときわの森で保護したとトマスに伝えた。兵士の着込んでいた革の鎧にはエリツェリの花の焼き印があった。怪我をしているが、口を割らない。

「本当にエリツェリの者で間違いないのでしょうか?」

トマスの疑いに、アノールは「確かめていただきたく」とにこやかに続ける。

「我々には判断しかねます故」


 アノールの表情は読みにくい。当たりは優しく、表情も穏やか。だから取っつきやすい。しかし、リディアス王であるアルバートとは違った意味で何を考えているのか分からず、気持ち悪く感じることがある。探られているが、探れない。アルバートの方が怒りの度合いが判る分、分かりやすい。

だから、トマスの返事は僅かの時をおいてこうなされた。

「さっそく確認に参りたいと思います」


 エリーゼの花の文様があったのであれば、エリツェリであると判断して然るべきだ。トマスは思った。だから、これはエリツェリに委ねられた『答え』なのだろうと。


 しかし、トマスは気付いていない。

 アノールが一番アサカナによく似ており、油断ならない冷淡さをその内に秘めていることに。切り捨てると決めれば、なんの迷いもなく切り捨てられるということに気付けていないのだ。




 ディアトーラの住民達は基本的に人見知りである。百年前に比べれば、外から来る者に対しての警戒心は、ゆるくなってきているが、外から来る者は、何かを奪う者、そう言われているのだ。

 外から来る者は、ディアトーラに厄災をもたらす者。そう伝わっているのだ。

 それは、魔女が町の外から来るから。


 しかし、百年前と違い、ディアトーラには魔女であった領主夫人がいる。彼女は何も奪わない。彼女は、すべての者に等しく、声を掛ける。


「お元気になされていますか? 困ったことはありませんか?」

 魔女は怖くない。領主様もルタ様をお認めになったのだから。


 しかし、この日の夕方のディアトーラの町は、まるで息をしていない廃村のような閑けさに覆われていた。

 馬に乗ったエリツェリ元首がやってきたのだ。引き連れている人数は五名ほどだが、それでも住民達は家の中で息を潜めていた。その家々から漏れる光も少ない。侵入者に対して、ただ犬だけが吠えていた。


 何かを奪いにやってきたのではなかろうか。

 私たちが大切にする者を、奪いに来たのではなかろうか。

 かつて魔女が人を欲しがった頃のように。

 彼らは息を潜めて、警戒しているのだ。奪われてしまわないように、相手が何者なのかを知るために。


 ディアトーラ領主館の扉が叩かれる。

 辛気くさい町だ、そんな風に思ったトマスを招き入れたのは、跡目であるルディだった。

「お待ちしておりました。トマス・w・マグワート様。お疲れになられましたでしょう? どうぞ中へお入りください」

ルディは慇懃に頭を下げていた。


 夕刻ともなると既に薄暗く、廊下の燭台には蝋燭が灯されており、炎を揺らしていた。そして、その廊下を進むこと少し。ルディが立ち止まり「従者の方はこちらでお待ちいただければと」とやはり慇懃な態度でトマスに伝える。


 確かに。

 トマスは従者として連れてきた兵士三名にここで待つように伝えた。そして、ルディに願った。

「この二人は連れて行ってもよろしいでしょうか」

その二人はトマスの腹心である。剣の腕も立つので、護衛としても役に立つのだ。

 ルディはその二人を見遣り、二つ返事で快諾した。

「そうですね。魔女の棲むディアトーラにおいて、お一人でとは言えません。どうぞ、お連れください」

ルディはそう言い、トマスと腹心二人を食堂へと案内した。



 一時前(いっときまえ)。夕闇と太陽が混じる時間。朱と藍が混じり合い、藍色の空に滲み出ていく朱色は、不安定さを嫌い、あっと言う間に闇に溶け込む。

 そんな僅かな光のある時間。

 ルタとルディがルカをカズの元へと連れて行った。さすがにルカは膨れていたが、ルディが「明日はぶどうパンにするからね」と言うと、口を尖らせながらも肯いた。だけど、置いて行かれることに納得したわけではない。だから、ルタのお腹にくっついて離れようとしない。


「ルカ。ごめんなさい」

そんなルカに身丈を合わせ、ルタが彼を抱きしめて伝える。

「あと少し待っていてくださいね」

「ルカ、お父さまとお母さまはね、これからお仕事なんだ。だから、おじちゃんのお家であそんでよ」

ルタの胸の中でルカがいやいやをする。「いっしょにいるの」


ルディが同じようにしゃがんで、静かに伝えた。

「ルカ、本当にごめんね。ルカが寝るまでには迎えに来るから。その後はずっと一緒だからね」

「いっしょに?」

「えぇ。いっしょにお風呂に入って、いっしょに寝るの。絵本も読みましょうね」

「そうだ、高い高いもたくさんするし、あ、肩車で帰ろっか?」

「そうね、眠れなかったら一緒にキラキラも見ましょう。それから明日はお庭で石を探しましょうね」

「いし? ひろうの?」

「そう、だから、今日はカズと一緒に遊んで待っていてくださいね」

「あそぶ? とうさまもかあさまも?」

「絶対に今日中に迎えに来るから、約束だから」

「そう、ミモナやモアナやマナとあそんでやって」

カズの声にルカは両親の困った顔を見つめる。


「るかは、にいさまだから。もう3さいなったから。まってる。るか、いいこする」

ルカは自分に言い聞かせるようにして、両親から離れ、手を振った。夫妻は「ルカは良い子だ」とルカの頭に手を置きながら、笑顔を作って胸を痛めた。



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