森を感じる
掛け布団をかけて、おやすみなさいを言う。ルタがその布団の上から優しくルカを撫でる。ルカは満足そうにしながら、まどろみ始める。でも、まだ眠りたくない。
今日は、母さまが傍にいる。昨日は父さま。
「あぁちゃま、あした、いる?」
「えぇ、いますわよ」
「おぉちゃま、あしたいる?」
「そうですわね……森が静かになれば、来てくれると思いますけど」
ルカは母さまの言う『もり』について考えた。
『もり』はルカのお家の傍にあり、いつもは優しく見守ってくれている。
入っちゃ危ないの、来ちゃだめなの、という声が聞こえる時もある。そんな時は、怒っているような気がする。
「もり?」
だけど、よく分からない。
母さまも父さまも一人で入っては駄目だという。そこにはとても怖い魔獣がいるから、と。
だけど、その声は魔獣じゃないことをルカはなんとなく知っている。
「そう、森の女神さまが今はご機嫌ななめなの」
「ななめ?」
『ななめ』とは、今日のようなことを言うのだろうか。どこか、どうしたら良いのか分からない、そんな声が聞こえてくる。
「大丈夫だと思いますけど……」
父さまと一緒のことを母さまは言う。「大丈夫だと思うけど……」
だから、ルカも同じことを言う。
「だいじょうぶ」
そして、ルカは父さまと遊んだことを思い出す。
やっぱり変な顔だったから、父さまに「カチャリするか?」と尋ねると「持ってきてない」と言うし、一緒に遊ぶのに、ずっと変な顔だったし。
お買い物に行って、みんなでパンを食べてジュースを飲んで。
今日も同じ。
母さまもいつもと違う顔。変な顔。
「ルカ、早く寝ましょうね」
ほらやっぱり同じことを言う。「ルカ、早く寝ようね」
「あぁちゃまも、ねんね」
だから、ルカも一緒のことを言う。
母さまがどこか寂しそうに笑った。
「そうね」
父さまもおんなじ。「そうだね」と、窓を見つめた。
母さまも窓を見る。
父さまも母さまもルカと一緒は楽しくない?
「おえかきしたねぇ。ぱん、たべたねぇ。いっぱい」
……えっと。
いっぱい走ったよ。エドと姉さまふたりと。
「あぁちゃま、にこっしたねぇ」
……楽しかったよね?
「おぉちゃま、どんした」
父さまとよーいどんして、ルカがね、一番だったの。
「るか、はやいよ」
……嬉しいよね? ルカ一番だもの、兄さまだもの。
「いっぱい走って遊びましたね。ルカは走るの速いですものね」
「うん。るか、はやい」
「父さまも速かった?」
「うん。おぉちゃま、いっぱいはやい」
うん、だから、父さまは大丈夫。ルカとおんなじくらいはやいの。
母さまが微笑む。
「よかったわ。楽しそうで」
そして、ふと思う。窓の外から聞こえてくる森の声。森が泣いているから、父さまも母さまも忙しいんだ。
あ、そうだ可愛い可愛いしたらきっと泣き止むんだ。
あ、だから、母さまは森へ行ったんだ。
「もり、えんえんする、あぁちゃま、かーいかーいする」
だって、赤ちゃんのマナは母さまが可愛い可愛いしたら泣き止んで、にこってするもの。
「そうね、可愛い可愛いしたら、リリアも許してくれるかもしれませんね……ルカは優しい子ね」
「りいあ?」
「えぇ、森に住む女神さまのお名前よ」
ルカはルタの黒い瞳を見つめて、にっこり笑った。
「るか、りいあ、かーいする」
「ありがとう。優しいルカはリリアと森を大切にしてあげてくださいね」
そう言って、ルタはルカの頭を包むようにして撫でながら「おやすみなさい」と優しく微笑んだ。
「うん、かーい……する」
父さまと母さまも、ルカが可愛いするから、一緒におやすみしよう?
「あぁちゃま。かーい……かーい」
母さまの頭。あったかい頭。にこっと笑う。母さまがルカの頭をもう一度可愛いする。明日も一緒。いっぱい、楽しいことをして遊ぶ。
母さまだいすき。
「…………」
やっと納得したのか、ルカが大きな欠伸をして、とろんとした目を閉じた。
ルタが森に入った時、リリアの気配はずっと近くにあった。おそらく、ヒガラシに警戒しながら、ずっと近くでルタを見つめていた。
ルタの言葉も聞いているはずだと思う。
魔獣も襲ってこなかった。
きっと、大丈夫。
傷つけさえしなければ、リリアは……。
「あのね、リリア? 人間ってね、弱いの。だから、約束して欲しいんだけど」
リリアが森に入る人間をすべて敵視していた頃の話だ。
「森を傷つける気のない人は、ディアトーラへ抜けさせてあげて。クロノプスの人たちが、保護して森の危険をしっかり教えてくれるから。森を傷つけないように、リリアのことも護ってくれるから」
それでも納得出来ないリリアに、ワカバが思いついたように約束した。
「わたしもお母さんの木があるこの森がなくならないようにする。いい? 約束だからね」
約束を守ってくれている。こちらの言葉にも耳を傾けてくれている。














