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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
布石

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それぞれの罪


 やっと平定したはずの国だった。しかし、それ以上になると進まない。

 リディアスと繋がりを持とうと思い、縁談を進めた。ソレルは幼かったので、ミルタスに白羽の矢が立ったが、役に立つどころか、門前払いだった。

 珍しいお菓子を見つけたが、先を越されていた。

 木材を手に入れようと各国を回った。一度や二度ではない。何度も足繁く通ったのだ。それでも、足元を見られる。

 海も川も傍にないエリツェリに準備できるものは木材しかない。それなのに、手に入らない。


 今のエリツェリと繋がって何のメリットがあるのか。エリツェリは不信の国だと過去を持ち出される。その度に、その国王はもういない。自分は全く別の国を作ろうとしていると説明する。

 その繰り返しだった。


 何らかの『力』が必要だったのは確かだ。建て直されたばかりのエリツェリには、多くの繋がりも、多くの財もその手になかったのだ。


 叔父のトマスは、努力をしなかったわけではない。それなのに、リディアスの目に止まるすべての機会をその手に掴むどころか、その指先にすら触れられずにいた。

 国民は不満を募らせる。木を調達するために集めた人々が帰ってこないことが、不信感に繋がっていく。

 叔父は言わなかったが、彼らはときわの森へと侵入したのだ。


 そもそも、それが間違いだったのだろうとミルタスは思っている。

 あそこは、魔獣しか目を光らせていない場所だから。ディアトーラ管轄の土地だから。何も努力をしていないくせに、魔女を娶ったくせに、リディアスに認められつつある国だから。

 小さな、本来なら取るに足りないくらいの暴動が、町の片隅で起きるようになってきた。直接政治に関わることのないミルタスでさえ、護衛なしじゃ、外に出ることも許されなくなってきた。


 このままでは、国内の内情が国外へと流れていってしまう。流れ出て、本当の不信に繋がる前になんとかしなくては、……そんな日々だった。

 そう、過去が、エリツェリを滅ぼしていくのだ。


 そして、春分祭に呼ばれた人数でエリツェリはディアトーラに負けていた。

 魔女を裏切ったことのあるエリツェリが魔女を受け入れるディアトーラに負けている。


「あそこは、親戚筋だからな」

叔父の言葉が耳に響くと、ディアトーラにミルタスが入れなかったことが、一番の要因に思えて仕方なかった。


 だから、ミルタスはアリサに認められようと、叔父トマスとともに、アイアイアまで共にしたのだ。やっと見つけたと思った茶器は、壮年の男性が値段交渉をしている最中だった。

「その方の言い値の上増し百ニードで、私がいただきたいのです」

口を衝いてでた言葉に、ミルタス自身が驚いた。

 商人が「たった百じゃ……」という表情を浮かべたが、その男性は面白そうに笑って「お嬢さん、こういう場合は彼の足元をしっかり見なくちゃ、逆に足元を見られますよ」と言った。そして、続ける。

「うちの商会でここにあるものすべてを購入するのではどうでしょうか。ざっと見て、二千万でいかがですか? 君もうちとの繋がりを作っておきたいでしょう?」

商人が嬉しそうに笑う。

「では、次もあるということで」

「それは、物によりましょうが、君の手腕であれば、うちが納得いくものを揃えられるでしょう?」

商人は僅かな苦笑いを浮かべるが、満更でもないようにも見えた。

「分かりました。良いものを揃えさせていただきましょう」

そして、その男性がミルタスに茶器を譲ってくれたのだ。

「では、面白いお嬢さんにこの茶器を百増しの値段でお譲りしましょう」

もしかしたら、かなりの損をさせてしまったのかもしれないと気付いたのは、ずっと後になってだった。

「ありがとうございます」

舞い上がったミルタスは、ただ頭を下げてその茶器を手に入れたのだ。


 しかし、今のミルタスの心は薄暗く光を失っていた。

 叔父様をけしかけたのは自分自身かもしれない。そんなことに苛まれながら、ミルタスは自室のバルコニーから星を見上げる。

 アイアイアで見た星は海の闇に輝きを増していた。納得のいく献上物を手に入れて、自分自身の価値が上がったような気がしていた。役に立てるようになったような気がしていた。エリツェリの役に立てたとも思った。


 しかし、ここエリツェリでの星は、そんなミルタスの気持ちを表わすかのように、いつでも零れてしまいそうに、瞬きを揺らしているようだ。

 ミルタスは茶器が選ばれ、叔父様に褒められ、調子づいて出てきた自分の言葉に後悔していたのだ。

 まるで、相手のことを恨んでいるかのような言葉。

 なんとも思っていないと言えば嘘になるが、別にそこまで思ってもいなかった言葉。


「これで見返してやれますわね」


 選ばれなかった。魔女に負けた。会おうともしなかった。釈然としない。


 これに尽きるのだ。一瞬一瞬、感じた感情は、雪のようにちらついたが、すぐに溶けてなくなるような代物だった。だけど、その冷たさは体に染みこんでいたのかもしれない。だから、あんな言葉を言ってしまったのかもしれない。


 それなのに、ミルタスは言い訳がましく自分を庇いたくなるのだ。延々と巡り続けてしまうのだ。

 本当に恨んでいたわけでもない。ディアトーラの息子が好きだったわけでもない。魔女だといっても、ルタという女性が嫌いだったわけでもない。むしろ、その人となりを見て、好感を覚えたくらい。


 あぁ、収まるところに収まっているだけなんだな、と思ったくらい。


 叔父様が常にディアトーラを引き合いに出すから、同じように言ってみただけで……。


 ただ、強がっていたくて発した何気ない言葉が、発破をかけたのだという考えが、脳裏にこべりついて離れない。


 叔父様の「そうか、ミルタスもそんな風に思っていたのか」という言葉が、繰り返しミルタスを責め続けていた。


 ルタ様が、毒で倒れた……。


 私のせいかもしれない……。


 まさか、殺そうとするなんて思ってもみなかった……。


「ミルタス様」

侍女がミルタスを扉の向こうから呼んだ。

「どうしたの?」

「お手紙を預かっております」

「分かったわ。入って」

ミルタスはバルコニーの扉を閉めて、部屋へ戻った。




 ★



 立てるようにまで回復したヒガラシは、まずあの若旦那(ルディ)にハーブ園を任された。

 ここは、彼の奥方が大切にしているハーブ園らしい。

 そう思うと、闇を思わせたあの瞳がヒガラシを追詰め、鼓動が早くなる。

 しかし、ハーブ園はとても良く手入れされており、どのハーブも喜んでその枝葉を伸ばしていた。

「ここの手入れを欠かさずすること」

若旦那の言う言葉はそれだけだった。

 ヒガラシはただ肯く。


 殺気というものではないと思う。この若旦那の殺気を嫌と言うほど味わったことのあるヒガラシには、それがよく分かっていた。殺気ではない、しかし友好でももちろんない。

 ただ、怒りだと感じられるなにか。その怒りの理由も心が何も感じなくなるくらいに、よく分かっていた。

 しかし、彼がこれ以上ものを言わないことに、安心してしまうほど、彼に竦み上がってしまうのも確かだ。

 その上、このハーブ園を見ているだけでも、自分がとてもおぞましいことをしてしまったのだということに、嫌でも気付かされるのだ。

 こんなにもそれぞれの性格を考えた植え方をしている方。そして、それぞれに均衡の取れた繁殖のさせ方をされる方。

 腹の奥底に大きな岩が乗っかかってくるような。澱みにうねりが走り、胃をちぎろうとする。自分自身を思えば、吐き気がする。それなのに、何も吐き出せない。

 ただ分かることは、枯らしてはならないということのみだった。




 ★



 あの薔薇の木の下、ルディがルタの横に腰掛ける。

「もう少しかなぁ」

「そうですわね。やっと動けるようになってきたところですものね」

ときわの森の中を歩くのだ。一人で走って逃げられるくらいにはなっていて欲しい。

「本当に、大丈夫?」

「えぇ。慣れ親しんできた道ですから」



 ルタがルディにお願いしたのは、ルディ抜きで彼を森へ連れて行くことだった。

 理由の一つに、ヒガラシというあの男がルディのことを恐れているからがある。分からなくもない。それに、怯えは視界を曇らせる。ただでさえ怒りの満ちた森である。ヒガラシがどの骸の父親だったのかは分からないが、リリアはその臭いを覚えているだろう。

 そう、ルタが一人で歩く方がいいのだ。

 ルディでは、リリアに勝てないのだから。

 もちろん、ルタだって分からない。

 しかし、リリアにとってまだルタが価値ある者として存在しているのであれば、……。


 ワカバ(トーラ)なら……。彼女を抑えられる。ラルーでも、今よりずっとましだった。


「そうですわ」

心配そうなルディにルタが声をかけ直す。

「わたくしが森へ入っている間は、ルカと遊んできてあげてください。きっと、寂しがってるから。次はわたくしがルカと遊びますので」

あの男が森の気配を確実に感じ取れるのであれば、リリアが攻撃することはないと思えた。

 リリアは、それほどリディアに似ていない。そもそも、会いに来るかも分からない。

 ルディはまだ了承しない。


「良いですね。順番ですから、必ず遊んできてあげてくださいね。そうしないと、わたくしの番が回ってきません」

 ルタは魔女ではない。しかし、何も出来ないわけではない。

 無意識にお腹に手を当てていたルタが、ルディに微笑みかける。

「分かった……順番にルカに会いに行くこと、父さんに伝えておく」



 その日の夕方、食べものをルカと運んできたセシルがアノールからその話を聞いた。

「ルタ様が言うのであれば、心配いりませんね」

「あぁちゃまは? おぉちゃまは?」

首を傾げるルカにアノールが鉄格子の向こうでルカの身丈に視線を合わせる。

「もうすぐ会えるからね。良い子で待ってるんだよ」

やっぱり、ルカは首を傾げたまま「るか、いいこだよ」と呟いた。


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