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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
布石

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謁見


 アノールが呼ばれたのは、もちろん家族の間ではなく、近衛の者で構成される中型の公式謁見室の方だった。『室』と言っても大きな広間であることは変わりない。リディア神の絵姿を前に、アノールの跪く床よりも二段ほど高い場所におかれている黄金の玉座に座る兄を見て、アノールは「あぁ、今日は一段と不機嫌だ」と息を呑んだ。


「この度は、息子並び、私の至らぬことにより、リディアス国王陛下には甚大なるご心配とご迷惑をおかけいたしましたこと、誠に申し訳ありませんでした。どうか寛大なるご裁量を」

向き合ったふたりを見ている側近達には、アノールが不機嫌に沈没していくのではないかと、思えるほどの威圧がその兄である国王から感じられており、緊張の糸はずっと張ったままだった。


「造船に関わること滞りなく進んでおる。ディアトーラの働きは良くできておった」

ただ、兄弟でもあるアノールにとっては、単に不機嫌なんだな、タイミング悪いなと思うくらいなのだ。ただ、その機嫌の悪さがどこまでディアトーラに影響を与えるのか、そこだけが恐怖だった。

 アルバートは国王然としながら、とても無愛想だった。こういう所は父のアサカナによく似ている。その表情だけで充分他人を威圧できるという特技がある。


 少なくとも、これ以上機嫌を損ねなければ、なんとか。


 アノールはそんな風に希望を求め、アルバートの言葉を待つに留める。

「有り難きお言葉でございます」

声は穏やかだが、確実に不機嫌。そして、エリツェリについても言葉を呑み込むような話しぶりをした。

「今回のそなたらにおいては、咎なしとする。こちらの認識においてもあれは予測不能であった」

 アノールの感覚的には、小さな子どもが自分の興味のあるものに対して、突然周りも見ずに跳び出した感があった。大人で言えば、通り魔的である。

 だから、アルバートはそれを言っているのだろう。


 今回のことに限れば、あの二人に咎は及ばない。しかし、あの男をこちらにとなれば、話は別になる。


 アノールがリディアスに流していた情報は、ワインスレー各国の動向と現在アイアイアで交易をしている異国の数と名称だった。どの国とどのような交易をして、どのような者が入ってきて、どのようなものを好んでいるのか。

 その国の豊かさや誰が力を持っているのかなど、すべてを含むもの。

 そして、その航路と国の場所。

 もともと魔女狩りを恐れていたディアトーラは情報網を広く持ち、各国の動向を探るのが得意な国だ。今回は、異国ということで苦労はしたが、無理難題なことではなかった。そして、そんな国が知らせる内容とリディアスの掴む内容を持ってしても、何がきっかけなのか掴めないのだ。


 あの男だけでできることではないが、それこそ、あの男の個人的な恨みだけで、政治的なことなく進められていたとしか考えられない。

 それ以降の言葉はアルバートの側近から伝えられた。


「また、エリツェリ籍の男の引き渡しについては、条件を付けるものとする。ひとつ、三十日経た後も男が自供しない場合、若しくは新たな証言が得られない場合、リディアスの物としてこちらで扱い、その処分に異議を唱えないこと。ふたつ、期間同じくして、男が魔女を狙ったものだと証言するのであれば、その魔女共々、こちらへと引き渡すこと。みっつ、男がリディアスに恨みがあったと証言した場合は即刻こちらへ身柄を戻すこと。以上である」

一応ディアトーラの進言には耳を貸してくれており、概ねこちらの要求も呑んでくれてはいたが、やはりそこには魔女の一文が載せられている。


 側近がその言葉を宣っている間、アルバートがアノールに一言も発言させないように上段から視線を突き刺してくるのだ。

 そこに走る緊張感がそれだけで心臓を射貫くのではなかろうかと思えるほどだったのだ。

 もしかしたら、帰れないかもしれないと本当に思ったのだから。カズになんて報告してもらおうかと本気で考えたのだから。


 反論でもしようものなら、……考えたくもなかった。


 本当にあの緊張感は、アノールに「カズに『首』を持たせてしまったらどうしようか」とまで考えさせたのだ。それほどに彼の王は不機嫌だった。


 退出してしばらく経っても、そのなんとも言えない緊張感がアノールにつきまとっていた。それは、あの慇懃な案内係に声を掛けられるまで、続いたのだ。

「お兄様が弟君であらせられるアノール様をお呼びです」

と。


 その言葉を聞いて、僅かながらにほっとした。そして、案内された場所は、いつもの家族の謁見の間であった。そこに居るアルバートは、確かに兄弟喧嘩をする時のような、そんな表情を浮かべており、アノールが入室するなり、その口を開いた。

「あれはリディアスに喧嘩を売っていると考えて良いのか?」

兄のアルバートは、アノールに席を勧めることなく兄として問うた。

 兄が言うのはルディの認めた陳情書のことだ。

「まさか。もしそうなら、こんなところへ持ってきませんよ」

とりあえず、兄の表情を確かめる。この表情が兄である限り、弟の発言でもある程度なら許される。先ほどの謁見では本当に冷や汗を掻いたものだが、このことが原因だったのか、とアノールは思う。確かに少し博打を打ったという自覚はあった。


「じゃあ、どうしてアイアイアからの、しかもタミル・バーグからで、ディアトーラから求めてもいない木材なんだ? そこが知りたい」

「タミル・バーグは偶然でしょう」

おそらくルディのことだ、取っかかりは偶然のはずなのだ。しかも、おそらくディアトーラのために使おうとは思っていなかったはずだ。ルディは、なんだかんだ言って、ディアトーラの子なのだ。ただ、ディアトーラが平和になればいいとしか考えていなかったはずだ。


 その辺り、もしルディがリディアスで育っていれば、もっと油断のない人物になっていた気もする。無意識に人を見る目も持っているし、人の惹きつけ方も自然に身につけている。自覚がないという点においても、かなり扱いにくい存在だっただろう。

 もちろん、アイアイアに樹木を求めたのは、そこに大きな森があり、木々の売買をしている国である事くらいは知っていただろうし、さすがにこの陳情書を書いた時点では、アイアイアがリディアスにとってのアキレス腱になることくらいは気付いていたのだろう。さらに言えば、タミルがアイアイアで大きな影響力のある者だということも、分かった上での書面だろう。しかし、十中八九、本当の初めは何も考えていない。気が合ったとか、偶然出会ったとか、その程度だ。そして、ルディのこういうところが、無駄に攻めすぎていて、詰めが甘くなる場所なのだ。


 見透かされなくても良いところを、見透かされるというか。企みのないところに、企みを感じさせるというか。

 もちろん、今のルディの心情からすれば、兄の言うように脅しの材料としても響かせたいのだろう。

「本当に偶然なんだな」

「えぇ。ルディとバーグ氏は仲が良いみたいですし。こちらであの男を尋問させていただくための条件として木材を献上するとしか考えていないでしょう。何より私自身がそのように捉えましたので、他意はありません。そんなにルディを買い被っていただけるなんて、光栄にございますよ」

「そうか……いや、可愛い甥っ子にまで牙を剥かれたのかと思ってな」

そう言いながら、アルバートはソファの背もたれに凭れかかった。

「リディアスとしては焦るほどのものではないでしょう? 穴だらけの陳情書です。ですが、仲が良いということは、それだけリディアスの欲しがる情報をお知らせできますので」


 仲が良いということは、僅かなニュアンスを掴みやすいということもあるが、それだけリディアスが間に入りにくいということでもある。アルバートはそれも分かっているはずだ。だから、アルバートがアノールを射貫くように、見つめたのだ。

「それはそうだが、まぁ、抑えるところは抑えてあるから及第点ではある。もし署名がルディでなく、領主であるお前なら大逆罪で即刻牢にぶち込んだぞ」

 牢で終わるかどうか……アノールは苦笑いを浮かべた。ただ、リディアスを裏切ろうとは思っていないことも真実である。

 それに気付いたのか、どうなのか、アルバートがやはりアノールを立たせたままで話を続けた。


「いや、婚礼式の日に父から言われていてな。ルタには気を付けろと」

そこまで言って、言葉を付け足す。「なに、悪い意味じゃない」

「牙を剥かれないように気を付けろという意味だ。実際、俺はルタ・グラウェオエンス・コラクーウンと関わったことがない。だから、その人となりは分からないんだが、聞き及ぶ限り化け物級の知略家だ」

 まぁ、確かに。

「しかし、彼女はもう魔女ではありません」


 先の条件のこともある。言っておかなければならない言葉をアノールは確実に伝える。しかし、そうは言いつつ、アノールも聞き及んでいた部分で言えば、確実に化け物だと思っていた。彼女はリディアス兵を率いることの出来る国立研究所長官として、リディアスにいたこともあるのだ。

 研究所の『長官』なんていうほぼ伝説のような役職にいただけでも、普通では考えられないのだから。

「魔女でなくても、化け物だ」

「百年前なら普通だったのかもしれませんけどね」


それが百年前にはそんな化け物が三名も存在した。うち一人は長官代理だったが。

「馬鹿言うなよ。研究所の長官が過去に何人いたと思うんだ?」

過去を二百年くらい遡って五名。初代と二代目辺りは、リディアス自身もここまで力を持つ国ではなかったので、化け物とは言えないのかもしれない。それが百年前のすでに大国として名を馳せていたリディアスにおいては三名。魔女狩りに戦争、穏やかなんて全くなかったような時代には、化け物がたくさん揃っていたのだろう。

 そこでリディアス兵を率いる力を持ち、さらには研究所を牽引するのだ。


「はは。確かにあの時代に『魔女』が『リディアス』において、ですからね」

そこでアノールは譲歩する。当時のリディアス監獄にルタにしか対応できないような魔女がいた、という理由もあったのは、あったらしいが、あまり庇い立て過ぎてもいけない。

「そこに、あの陳情書。お前はともかく、その化け物にルディなら簡単に唆されたんじゃと思うじゃないか」

「良かったです。ルディを買い被っておられなくて」

兄の言葉を聞きながら、アノールはほっと胸を撫で下ろしていた。


 もう少し、詰めるところを詰められるようになるまで、ルディのことは馬鹿息子で周知させておきたいのだ。

 ルディの陳情書の件については、アノールも概ね脅しの材料として使っても構わないと思っていた部分がある。脅しというよりも、これから先アイアイアの情報が必要であろうリディアスに、牽制しておきたかったのだ。

 一応、ディアトーラの機嫌も伺えよと。その点で言えばルディは及第点以上だ。


 おそらくルタの手紙もアリサに届いている。現時点ではどこまでそれが影響しているのか分からない。

 今のエリツェリへの対応もこちらに任せてもらうことは、相手から言わせたい。

 ルタの手紙の内容は、後はリディアスへ任せるという内容だったのだから、悪い条件ではないはずだ。

 後は、アリサがどう受け取ったか次第で、変わってくるが、あの機嫌の悪さで了承の言葉が出ていたのだ。おそらく、アリサの一言はあったはずだとは思える。


「まぁ、座って話そうじゃないか」

さんざん喋った後に、やっと兄がアノールに席をすすめ、あの慇懃な案内役を呼びつけた。


「あいつら、飲めなかったんだろう? 気持ちが落ち着いたら、きっと祝い酒が飲みたくなる日が来るだろう。今回のエリツェリとあの男に関しては、そちらに任せると陰の主催者であった皇后が言うのだ。持って帰れよ」

そう言ってアノールに渡されたのはあの日配られたサクランボ酒の瓶だった。


 そして、アノールが座に着くのを待ち、途方に暮れた表情でアルバートが言葉を零した。

「心配するな、唆されたのはアリサも一緒だ」

 さらに言えば、アサカナですらその掌の上にあると言ってもいい。 


 銀の剣の意味をはき違えるな。

 彼女を『魔女』として扱うこと許すまじ。魔女としての彼女は『化け物』である。彼女を決して化け物に戻してはならぬ。


 そして、そんな者と何食わぬ顔で過ごしている末の弟を見て、アルバートはやはり末恐ろしく感じるのだった。


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