『いっしょに』(幕間劇)
父さまと母さまが久し振りに碁を打っていた。カチリという音がする度に、ルカがそれをじっと見つめる。白い石がカチリと音を立てる。そして、父さまがお口にお砂が入った時のような変な顔をしてから、黒い石を置く。
顔を上げたルカは、あぁ、父さまが困ってる。とだけ思う。
ルカはその石が全部置かれるのを待っているのだ。
これが終わると一緒にお庭に行くと約束したのだ。
父さまはカチャリをするのが好きだから。
大祖父さまが、母さまと父さまが大切なお話をする時は、いつもカチャリをするって言ってた。
さっきまでは大祖父さまに本を読んでもらってたけど、大祖父さま寝ちゃったし。
お祖母さまがルカもお昼寝するか? と聞いてきたが、首を横に振って、お話を聞きに来た。
またどこかへ行っちゃうと困るから、待ってるの。
終わったら、葉っぱを拾ったり、赤や白の花を見たり、石を拾ったり。母さまと父さまに、あげる。きっと楽しい。だって、いつも「ありがとう」って喜ぶもの。ルカの大事なものをあげる。とっておきだから、喜ぶ。それで、ルカの分はまた拾うんだ。
拾うの楽しい。いっぱい拾う。
それから、エドの家に行くって言ってた。今日はぶどうのパンがたべたいな……。
何にも入っていないのじゃなくて。
エドと一緒に食べる。エドもぶどうのパンを食べる。半分する。それから、一緒に遊ぶ。えっと、お肉屋さんの隣の隣のとなりの前にいる、チャボに会って「わんわん」ってご挨拶しに行こうっと。チャボは「わんわん」しか言わないから。ずっと鳴くから、怒られるけど。お話しないでずっと鳴くから、怒られる。なんでか、エドも怒られるけど。
それから、お姉ちゃんたちのお家に行って、やっぱり一緒に遊ぶ。今日は何をするのかな? お姉ちゃんたちは本を読んでくれるから、……あ、お星さまの本にしようっと。
そう思って、ルカは自分の周りにある星の絵本を拾い上げた。ルカの周りには絵本の他に白墨と小さな黒板、枯れ枯れの葉っぱと大きな石。透明の虫の羽、木の棒があった。全部ルカの大切な宝物だ。
ルカは宝物の中で待っている。楽しいを探している。
「ほししゃんは、きらきら、ねんね、ます」
ルカは絵を見て覚えている分の言葉を喋って、満足そうに笑った。
だけど、父さまも母さまもルカの声を聞いていない。
ルカは絵本を放り出して、碁盤を覗き込む。
「どうしたの?」
母さまが尋ねる。
「るかもみゆの」
早くカチャリを覚えて、一緒にしなくちゃ。何が楽しいのか分かんないけど。父さまも母さまも好きだから、きっと面白い。
母さまがにっこり笑う。
「あと少し待っててね」
「あのさ、ルタ」
「えぇ」
「あの男がここに来たら外錠を下ろそうと思っているのは知ってるよね」
「えぇ、明日ですわね」
誰かが来るらしいけれど、ルカはその『あの男』さんを知らない。お友達なのかな?
あ、だから昨日お菓子を一緒に作ったんだ。
父さまは真っ白になってたけど。
ルカも真っ白だったけど。
いっぱい笑った。粉って楽しいんだ。ふわぁってなって。さらさらしてて。いつもは怒る母さまも笑ってたし。
母さまの持つ石の色は粉の色。
「ルカと一緒にいる方が良いのかなって」
また石が置かれる。
「フィグも良いって言ってくれてるし」
ルカは母さまの顔を見つめる。まん丸い目。母さまの目は黒いろ。父さまのもつ石とおんなじ色。
「いいえ、一緒にここに残ります」
いっしょに。
「いっしょに」
ルカが言うと、母さまがにっこりした。
「マリエラも手伝ってくださると仰ってますし、セシルもいますし、ミモナもモアナもいますし。フィグと赤ちゃんには申し訳ありませんけど……ルカはお姉ちゃん達が好きですものね」
「うん。ねぇちゃま、いっぱいしゅき」
だいすき。だって、いっぱい遊んでくれるもの。
「ルカ、赤ちゃんにかわいいするのよ」
「うん、るか、にいちゃま。かーい、する」
赤ちゃんはちっちゃいんだって。
「でも、まだひと月……でしたね」
「カズもずっと一緒にいられるから、そこは気にしないでってフィグが言ってた……むしろ、母さんをお借りして申し訳ないって」
父さまと母さま、変。
「会えないこともありませんし」
「うん」
父さまが石を置かずに碁盤をみつめる。
あれ? どうして置かないのかな? 次は父さまの番なのに。
「こちらに残ってはお邪魔でしょうか?」
「ううん」
あ、やっと置いた。
どうして今日の父さまはずっと変な顔なんだろう。
「おぉちゃま、だっこ」
「あ、うん。おいで、ルカ」
変な顔だからだっこ。ちょっとにこにこになったかな?
ルカは父さまの顔を見上げて、にっこりする。父さまもにっこり。母さまもにっこりしてる。
よかった。
「わかった。じゃあ、あ、ルカも置くの?」
「うん、るかも」
父さまが一つ石をくれる。
真っ黒の方。
母さまのお目々とおんなじ色の石。かちゃり。
「上手ね」
「上手だね」
「うん、じょうず」
母さまの番。カチリ。
「え、そこ置くの?」
「えぇ」
「だって、そこ今ルカが置いてずれたから」
「そろそろ、お庭に行きたいですものね」
「うん。おにわいく。いっしょ」
やっぱり変なお顔をしている父さまを見上げ、ルカはにっこり笑った。
「ルカの勝ちかぁ……」
「るか、かったぁ」
都市国家として存在しているワインスレーにあるディアトーラ。その領主、クロノプス家にはかつてより贄となる義務があった。それは、魔女が人間を求める時に。
その魔女が町まで下りていかないように、領主館には町を護るようにして、鉄格子が張り巡らされている。外錠が下りる時、彼らは自身の存在と町の者の存在を引き換えた。
魔女が望む人間は、この世界から弾かれた時の遺児。その時の遺児に居場所を明け渡す。
世界にある駒数の収支を合わせるために。
その錠の下ろされた鉄格子の向こうには、魔女は町には入っていけない。
クロノプス家が現在領主として立つ理由。それは、ときわの森からやってきた危険をこの場で終結させる義務と共にある。
『苦悶』【了】














