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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
苦悶

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アノールとルタ


 アノールがルタを呼んだのは、リディアスに向かい、送ってあった書状についての答えが申し送られると聞いたからだ。上手くいけば、その男の身柄はディアトーラに引き渡される。

 ある意味、すべてが功を奏していたのだ。


 ルディが何も知らなかったということも。あの男を無抵抗な状態にしたということも。

 ルタが元魔女であったことも。

 そのルタが、魔女を狙ったものだと言い張ったことも。


 無抵抗な男はリディアス兵に捕らえられ、一般牢に入れられた。春分祭でのあの騒ぎは即打ち首ともなっただろう重罪ではあった。しかし、それが、リディアスへ向けられたもの、ルディに向けられたものではなく、ただ『魔女』へと向けられたものだったのだとなれば、量刑を決める裁判にはかけられるようになる。

 ただ、この状態でリディアスが裁判をするのであれば、ディアトーラに、いや、ルタに不利過ぎるのだ。

 言ってみれば、魔女(ルタ)がリディアスに泥を塗ったことになる。


 そんな風に断罪されたのならば、ディアトーラはルタをリディアスへ引き渡さなければならなくなる。

 もしアノールがディアトーラの領主ではなく、リディアスの王位継承者のままであれば、ルディのように大きく(いか)ったことだろう。

『意味が分からない』

きっと同じ言葉を兄に伝えた。


 ルタは完全に被害者であり、加害者はあの男、退いては十中八九エリツェリなのだから。


 ただ、完全にエリツェリを追詰めるわけにもいかない、というのがディアトーラの現状なのだ。

 おそらく背景にある国エリツェリは、リディアスにとって存在しようとしまいと構わないような、小さな国だ。反乱を起こしたからと言って、痛くも痒くもないそんな国なのだ。

 だが、ディアトーラにとってのエリツェリは隣国であり、列車を通したくないディアトーラにとって、棄てておける国でもなければ、その存在があってのリディアスからの防衛でもあるのだ。

 さらにもし戦でも仕掛けてでもくるものならば、兵力と財力からエリツェリがディアトーラを勝るのも確かだ。彼の国が少しでもディアトーラ断罪に優位に立つなら、ディアトーラではすぐに不利な状況に陥れられてしまう。

 戦うのなら、あくまでこちらの盤上でなければならない。


 現エリツェリ元首であるトマスは、頭は回るが、嫉妬に前が見えなくなると短絡的になることもある。

 調子づいて上手く国が回っている時は、とても穏やか。もちろん、国王奔走後の混乱を治めたという功績はトマスにあるのだから、人の気持ちを掴むのは上手なのだろう。

 だから、あの男も踊らされた……とも考えられる。アノールはエリツェリ元首トマスのあの胡散臭い表情を思い浮かべ、策を練る。


 今回のこの出来事を奴はいったいどの程度のものとして、捉えているのだろう。嫌がらせにしては大きく出過ぎであるし、国家転覆ならば小さく纏め過ぎでもある。纏めすぎというよりもお粗末である。

 あの男がエリツェリの者だとはすぐに分かるはずなのだ。実際、リディアスはすぐにその男の訛りから、エリツェリを特定したのだから。既にエリツェリへ伺いも立てられているはずなのだから。

 アノールは頭を捻った。個人の暴走だと言っても、春分祭に泥を塗った事実は残り、それは、これからのエリツェリに不利にしか働かない。

 短絡的になるほど追い込まれていた、ようなことはないはずなのだが……。


 カカオットに関しても、遡れば縁談も然るべきであり、木材が思うように手に入らないことは、完全に逆恨みなのだから。そもそも、この点においての事実の積み重ねはほぼ終わっている。そこを取り出せば、ディアトーラに軍配があがるくらいだから、もしかしたら、関係していないのかもしれない。

 ただ、あの男を見切った後の準備が良すぎるという点もある。ルディが受け取ったという剣を渡す者がいた。ルディに言いたいことは山ほどあるが、リディアス城へ刺客を送り込んでおけるだけの力がなければ簡単には進まない。


 たとえば、これがトマスの策であるのならば、本気でルディ個人を恨んだ結果とも考えられる……のかもしれない。そうなれば、こちらが取るに足らないと思っていることに対しても、考えるべきではある。

 闇の家業も使おうと思えばあるにはあるが、雇うに高額で、しかもリディアスを巻き込む必要がない。さらに言えば、ルディにそこまでの価値があるのかどうか……。

 まだまだ詰めの甘いルディを沈めるくらい、そんなに難しくないと思うのだけれど……。実際、毒入りの杯を手に取ったのはルディだったわけだし……。

 アノールはルディを思うと、考え躓き、頭を抱えた。

 そうこうしていると、扉の向こうに気配を感じた。


「ルタでございます」

呼びつけていたルタだ。アノールは「お入りください」とだけ伝え、入室を許可する。黙礼をしたルタがアノールに向き合うと、すぐさまアノールは尋ねていた。

「ルタ様は今ここを護ることはできましょうか?」と。

それは単に、これからの様々な準備のために時間を惜しんだ結果ではあった。しかし、その言葉に対してルタの答えは固く響いた。

「護りたいと思っております。ですが、ルタでは力不足なのかもしれません」と。

アノールが答える前に、ルタがさらに続ける。おそらくその根本は、認めたくない、である。

「もし、役に立たない者としてここを去れというのであれば、謹んでお受けいたします」

その答えにアノールがしばし黙った。普段のルタならば、言葉の背景を感じ取って、意味を取り違えずに答えるはずだった。今だって、この答えにたどり着くことはなかったはずだ。

 だから、アノールは少し驚いてもいたのだ。そして、それと同時に自身が無意識にルタを魔女として見ていたことに気付かされもした。


「質問の仕方を変えてもよろしいかな?」

ルタの沈黙を了承と受け取ったアノールが続けた。

「ルディが戻り次第、ルディもリディアスへと連れて行こうかと思っておりますが、もし、まだ体調面で不安なことがあれば、あいつでも残しておけば力になりましょう。今のときわの森が落ち着いているといっても、いつ何時、魔獣が跳びだしてくるか分かりません。もちろん、私たちがいないしばらくの間、領民にも森へ入るなと勧告しておきます。もう一度、尋ねます。私たちが帰ってくるまでの間、ここをセシルと共に護ってくださいますか?」

答えないルタに一息だけ待ったアノールは、セシルから聞き及んでいることを慎重に扱いながら、続ける。それは、アノールが触れてはいけないものなのだ。こういう時に権威や地位はとても邪魔になる。相手に対して、威圧になってしまうからだ。


「座って話しましょうか。手持ちの菓子などはありませんが、立っているよりはましでしょう」

アノールの微笑みに、ルタがどんな意味を感じたのかはアノールには分からない。だが、ルタは素直にその言葉に従い、着座した。

 その様子から、話は聞いてくれるようだということと、アノールが考える最悪の答えには、まだたどり着いていないだろうことだけが分かる。

 それも普段のルタなら既に気付いていたはずなのだ。

 普段と全く違う雰囲気を持つ、どこか思い詰めたような『ルタ』を考え巡らせた結果、アノールが思うことは、ルタは自分が役に立てないと思うことなんて、今まで一度もなかったのではないだろうか、ということだった。


 それは、この数年の間アノールがルタと過ごした時間の中で感じたことでもある。

 もちろん、ルタが奢っているからという意味ではなく、彼女にはすべてを成し遂げるための力があり、努力を惜しまない性格だったことが、今回の出来事の裏目に出てしまったのではないだろうかと思ったのだ。

 おそらく、これは彼女にとって予想できなかった挫折なのだろう。そもそも、どこを始まりとしているのか。いくつもの理由が重なり合っているのだろうが、振り返った際にどこに躓くのだろう。


 しかし、今回の件では彼女に落ち度はない。もちろん、セシルから聞いた全貌に酷く虚無感が走った。殺意すら覚えるほどの怒りすらあった。しかし、領主としてのアノールには不運が重なったとしか言えないのだ。

 それは、ルタも分かっているだろう。

『言えない』と言うルタの気持ちは、これからのディアトーラを考える領主として、受け入れて然るべきなのだ。


 ただ、プライドが高く、頭の良い令嬢を説得するのは、難しいかもしれないとアノールは思った。おそらく、アノールの考えることなどすべてお見通しである。

 アノールの持ち駒にルディがあるにはあるが、今のルタに使えないし、そもそも不在である。そして、ルディのあのよく分からない詰め方が、功を奏することもあるが、アノールに真似できることもなく。あれは最早才能としか言えないものなのだ。


 アノールはそんなことを思いながら、ルタの正面やや斜めに腰を下ろした。しかし、話をする条件としては悪くないのだ。ルタはアノールに敵意はない。隠そうともしていないし、騙そうとしているわけでもない。ただ、お互いに言えない言葉を持つだけで。


「一つずつ聞いていきましょう。今、ルタ様自身は魔獣と戦える程に回復されておりますか?」

「……えぇ、それは大丈夫だと思いますわ」

即答に近いということは、体力的には問題ないということだ。ならば、魔獣と戦えないが理由ではない。

「では、ここに留まることがお嫌になりましたか?」

沈黙の後「そんなことは、ありません」と続く。自由を求めたくなったのであれば、それはそれで構わない。そもそも、ルディが押し切る形でルタはこの家に入ったのだから。落ち着いて考えた後、気持ちが変化したとしても致し方ないし、今回のことはそれだけのことに繋がると思えた。


「では、ルディがお嫌いになりましたか?」

「まさか」

その言葉は驚きと共に。アノールの表情が無意識に緩まる。そして、方向性を決める。大丈夫だと思った。

「ディアトーラという国に嫁がれたこと、後悔しておられますか?」

珍しくルタが頭を振って否定した。しかし、その否定はアノールの思った通りでもある。

「わたくしは、この国もここに生きる人間もとても大切に思っております。後悔などありませんわ」

「それは良かった」

アノールはそう言うと最後の質問を投げかけた。


「ルタ様は、ここから逃げたいと思っておられますか?」

僅かな沈黙がある。

「……いいえ」

「では、ここに留まってください。そんなあなたを追いやったと知られれば、ルディに私が叱られます。そして、何よりディアトーラにとってあなたは必要な存在です」

その言葉に藻掻くようなルタが抗言した。


「だけど、護れませんでした。きっと、これからも護れません。きっとこれから先、わたくしはルディのことを護れないのです。ルタでは、この国を護れないのです」

この国にとってルディが大切な人物という意味以上に、ルタにとってはいつまでもルディは頼りなく護らなければならない存在なのかもしれない。

 もちろん、今回のことがあるので、アノールには息子を庇う言葉が見当たらなかったが、ルディ自身が自分を護れないわけでもない。そもそも一人でこの国を護れとも思っていない。さらに言えば、ルディにもっとしっかりしろとも言いたくなる。


 しかし、ルタはそれが許せないのだろう。そして、これ以上、ルタが精進してどうにかなるものでもないことを知っているのだ。

 個人にとっての最適解を選べないなんて、多々あることなのだ。

 アノール自身、国の最適解を選ぶため、自分を殺すこともあるのだから。何が国のために一番なのかで行動しなければならないことも、あるのだから。


 そう、彼女の行動は国を護る者としては、何も間違ってはいなかった。当たり前の行動をして、当たり前に傷ついただけ。

 ただ、ルタの場合『世界の最適解』を選ぶという当たり前が先にあったために、傷つく準備もできていなかったのかもしれない。個人としての自分ではなく、全体の中の自分出発の人生。自分を殺してすべてを俯瞰する。そして、答えを導き出す。それが、ルタにとっての当たり前であり、自然なことだったのだ。そう思えば、先の答えも納得でき、護れなかったという絶望にも繋がる。


「そうですね。思うようにはすべてを護れなかったのかもしれません。だけど、一人で背負う必要はないと以前に言ったことを覚えていますか? あの時は、酔い潰れたルディを本当に背負うことでしたが、同じことなのですよ。ディアトーラを背負うのは、あなた一人ではありません。領主の私を筆頭に、ここに住む民も同じくこの国を護っているのです。だから、この国が好きであるのならば、この国とルディを見捨てないでやってもらえますか?」

さらに、アノールは言葉を付け加えた。これは、おそらく『ルタ』である以上必要な言葉のような気がするのだ。ルタは元魔女であることを必要以上に警戒している。


 もちろん、警戒すべき事項ではある。しかし、それは、使いようによっては武器にもなるのだ。

「ただね、ルディが幸せになるために必要な方は、あなたしかいないと思っているのですよ。魔女の『ラルー』として森と世界を護り、『ルタ』としてここに留まってくださったあなたしか。それを心に置き止めて、これからをよく考えてみてください。遅くに呼びつけて申し訳ないことをしました。ゆっくりとお休みくださいますように」


 ルタは自分の心というものを見つけただけなのだ。ルディにはああ言ってはいたが、ルタに二度とこんな思いをさせないために、今回のことはうやむやにしてはいけないのだと、アノールは自分自身に戒めを課した。

 まず片付けなければならない事案は、リディアスへの対応だった。

 おそらく、リディアスもエリツェリの関与は勘づいていることだろう。ただ、今回の春分祭での騒ぎへの詫びを入れつつ、リディアス国王、皇后に泥を塗ることなく、あの男をこちらの手の内に収めなければならない。


 エリツェリの対応はこちらでさせてもらわなければ、リディアスがエリツェリをどこまで断罪するか分からないし、どこまで都合良く終わらせるか分からない。

 アノールは大きく息をついた。

 国としての最適解に個人の最適解が呑まれないように。だから、大切に護っていかなければならないのだ。アノールだって、好んで家族を失いたくないのだから。


 まさか首を落とされることはないだろうが、下手を打てない勝負であることは確かだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アノールにしてみれば、ルディーに対して歯痒い思いがあるのでしょうね。 次代の領主として余りにも未熟だと感じるのでしょう。 また、ある意味でルタは、自分に力があるが故に過保護なのかもしれませ…
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