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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
苦悶

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ルディ、海を見る


 春分祭の件があり、ディアトーラはワインスレーで開かれる各元首・領主の寄り合いに、暗黙の謹慎処分中となっていた。

 呼ばれていないだけで、来るな、と言われたわけではない。

 そう思いながら、ルディが今いるのはタミルの国、アイアイアの夜の海辺だった。空には満月を掠めるほどの満点の星、そして、波の音。思わず誘い込まれてしまいそうな、そんな欲求にも襲われる場所だった。

 タミルが夜の海には入るなと念を押していなければ、その誘うような波に足を踏み入れたくなってしまう。


 ディアトーラからエリツェリへ向かい、列車に乗る。さらに乗り合い馬車に乗り、次の列車へ。そこからアイアイアへ向かう。本来ならば四日ほどで到着するところを七日かけての行程にした。それは、春分祭に呼ばれていた者達へのお詫びと挨拶巡りを兼ねて、彼らの話を聞いて歩いたからだ。だから、帰路には遠回りにはなるが、スキュラにも足を運ぼうと思っていた。

 ルディは膝を抱えながら、ぼんやりと月と星に輝く眼前の海を見つめる。

 闇のようで、光を含み、静かなようで騒がしい。

 母セシルは、それを綺麗だと表現していた。

 昼と夜では違うのかもしれないが、夏と春でも違うのかもしれない。ルディにはその海がやはり綺麗だとは思えなかった。ただ、未来を呑み込んでしまう、そんな恐怖を感じた。


 寄せては返すその波に掴まれば、闇の中に引きずり込まれてしまう。

 波の音に眠り誘われ、二度と目覚めぬ夢の中。そんな想像までしてしまう。

 そして、それは、やはりときわの森によく似ている。

 呑み込まれれば、出てこられない。


 春分祭にあった人の波に、何が存在したのか、その波音を聞きながら、ルディは考え続けた。

 カズが言ったミルタスについても考えた。ルタと仲良くお喋りしていたらしい。ルタのことを気遣ってくれていたらしい。カズが戻るまで、傍にいてくれたのも彼女だった。

 彼女が関係しているとは思いたくないのだけれど、エリツェリと見れば、考えなければいけない存在。

『政治的なことよりも、ずっと人間的な感情で、アリサ皇后に見合うだろう品物を必死になって探していた』

言葉の意味だけで考えれば、別に問題ない。

 アリサにただ認めてもらいたいから必死になってアリサに見合うものを探すのだから。

 それだって、充分な人間的な感情だろう。

 別に気にしなくても良いのだとは思う。

 ルタに相談できれば、何か別の感情が分かるのかもしれないが、ルタに聞ける状態ではない。


 彼女だけ二度も縁談を断っているのだ。トマスが彼女を二度説得したらしいから。

 トマスが悪い。

 ルディは、本当に人間的な感情だけでそう思った。

 二度目のお断りの際なんて両親からそれこそ丸一日、こんこんと説教されたのだから。あの日ほど、どうして今日は仕事をしなくても良い日なんだろうと思った日はなかった。

 ただ、それが憎しみへと変わるとは思っていなかったのだけれど……。

 それも、単なる人間的な感情である。


 そして、そもそも、ミルタスにそれほどの実権があるとも思えないし、そんなつまらないことで、エリツェリを沈めるほど馬鹿ではないと思う。

 いくらなんでも、そんな不穏があれば、意外と鼻の利くトマスが気付く。

 ルディは頭を振って眠気を覚ました。そして、わざと声を出す。

「違う、違う。まだ、そこは想像の域を超えない場所。ここへ来たのはタミルとの交渉であって……」

もともとタミルには木材の件で話を進めたいと、伝えてあった。まだ、春分祭へ訪れる前のことだ。


 十中八九エリツェリがときわの森へ侵入しているのは分かっていた。だから、ロッテの話からエリツェリの状況を推測したルディが、タミルに木材をエリツェリに提供できないか、という相談を持ちかけたのだ。

 大変だったのは確かだし、運が良かったのも確かだ。既にディアトーラは冬に向かい始めていたし、エリツェリの列車だって一歩遅ければ止まっていただろう。まだ木材の献上を決めていなかったアイアイアへ話を持ちかけようとは思っていたところに、彼の国の商人がスキュラにいると小耳に挟んだ。それが一番大きな幸運だった。

 グラクオスまで出てくることができれば、後はマナ河を渡るだけで良かった。帰りの列車の心配もなかったのだ。


 さらにはグラクオスにいたアイアイアの商人がタミルではなかったら、うまく進まなかったかもしれない。当時は不確定要素の方が多かったのも確かだし。そんな話を持ちかけられて、真っ当な商いをする者ならばやんわりと断ってきただろう。しかし、タミルは最初こそ驚いた表情をしたが、ルディの言葉を聞いた後に、おおらかな笑い声を上げて、了承してくれた。


『いやぁ、ディアトーラとは変わった国だと聞き及んでおりましたが、本当でしたな』

タミルと親交を深めるようになったのは、ここがきっかけだった。そこから、ときわの森に住む魔女や女神の話になり、進捗状況兼ねての手紙のやりとりをするようになったのだ。

『エリツェリが木材に目処が付いたなら、森の女神さまが人を襲わなくなると思うから』

そうすれば、ルタの負担が少しは減るだろうし。悩まなくて済むかもしれないし。

『ところで、どうしてうちに目を付けられましたかな?』

タミルの質問にルディはこう答えた。

『海へ出たがるリディアスに対抗出来得るとすれば、すでに航路を持っている貴方方しかいないでしょうし、そんなリディアスに、媚びを売らず対等でいられるということは、アイアイアにとっても望むことなのではないかと』

別に敵意はないから木材は提供できる。ただし、それはエリツェリが間に入ってこそ。あくまで対等な立場での商談ができるのだ。


 しかし、アイアイアに目をつけているのは、ディアトーラだけではないだろう。ワインスレーでリディアスを納得させることの出来そうな木を調達しようと思えば、リディアスと密接に関係のある北の果ての国グジェルか、温泉街広がるシラクの森。そして、マンジュの傍にあるときわの森と反対側にある森。リディアスだと、三月山の麓奥地くらいしかない。


 その時のルディは、どんな駆け引きも考えず、ただ真っ直ぐに質問に答えただけだった。

『だけど、興味を持った一番の理由は海を見たかった、なのです。アイアイアには海があるのでしょう?』

ルディの瞳の色は、海の色に似ているらしいから。そして、それは今ある『時』を護るトーラが好きな色だったらしいから。そのトーラに仕えていたルタが、よくそんなことを言うから。その時タミルがこう言った。

『海ですか……では、夏にお越しください。冬の海は灰色がかって見えますもので……夏であれば色が深く、青く輝きます故に。お返事はその頃にさせていただきましょう』

その時にときわの森の色を話したのがきっかけで、魔女の話になったのだ。

そのときわの森も四季折々の色があると。そして、タミルが海に住む『わだつみ』の話をしてくれた。

すべてを育み、すべてを呑み込むそんな存在は、人の手でどうにかできるものではないのだと。

 うちの『女神』と『魔女』に似ていますね。


 そして、再会したのは春分祭の日。会って話すのは実は二度目だったのだ。それでも、カズに次ぐ親友として、ルディは彼のことを信頼している。彼は自分自身に納得いかないことには肯かないから。


「いやぁ、探しましたぞ、ルディ殿」

その声にルディは立ち上がった。手紙によれば、都合が付かないかもしれないだったが、わざわざ時間を作ってくれたのだ。そんなタミルに、ルディは深くお辞儀をして、彼を迎えた。

「申し訳ないことをしました。波音を聞いていると、引き寄せられるものですね」

「本当に一瞬入水でもされたのではと、心配いたしましたぞ」

その言葉に薄い笑みで応えたルディは「お時間ありがとうございます」と続け、本題をタミルに告げた。

「木材の件ですが……お約束よりも早くに申し訳ありません」

ルディの言葉にタミルは穏やかな微笑みを浮かべる。

「準備はできておりますよ」

「いえ、条件を変えても良いかとの相談なのです。お断りくださっても構いません」

基本的な条件は変わらない。しかし、そこにディアトーラの思惑を付け足しても構わないかという相談だった。ただ、それではディアトーラの懐事情から、タミルには損失になるのだ。

 すべてを聞き終えたタミルが言う。


「良いでしょう。別に悪い条件ではありません。しかし、やはりディアトーラですな。……そうですな。お代は奥方様の快気祝いということで、そちらの言い値でよろしいですよ」

「ありがとう」

そして、感謝の意を述べるルディにタミルが忠告する。

「助けることはできませぬ故、波に足元を掬われぬようにだけはしてくださいよ」

「分かっています」

ルディの表情は暗闇に隠れて見えなかった。



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