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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
苦悶

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その意味するところ


 もう少し早く気付くべきだった。

 もう少し早く、あのグラスがルディの元にたどり着く前に。

 そうすれば、彼をこんなに心配させる必要もなかったのに……。

 そうすれば、失うこともなかっただろうに……。

 夢の中でルタは何度も泣いていた。


 リディアスの客間に通されるのは何年ぶりだろう。意識が戻ったルタは、まずその天井にある不釣り合いなくらいに豪奢なシャンデリアを見つめてそう思った。ディアトーラ領主館の客間にあるものの5倍はあるような気さえする。そして、冷たい腹部を感じ、右手が温かいことに気付く。温かさはルディだ。

そして、自分が今どうしてここに寝かされているのかについて頭を巡らせ、努めて冷静に、思い起こそうとする。

 あの男が、ルディに毒を盛ろうとしたのだ。


 しかし、その男はルタがその飲み物を飲み干した時、仕留めた獲物の最期でも見たかったのか、上手くやれたかの確認を取りたかったのか、会場の出口付近で立っていた。しかし、その表情は恐ろしく恐怖を感じているようで、立っているのがやっとのようだった。

 男は、人を殺そうと覚悟を決めていたはずだ。それなのに、ルタがそのグラスを奪った時、その表情を浮かべたということは、その男の思っていたものと全く違うシナリオが目の前に広がったということなのだろう。

 あれは、人が死ぬことを望まない顔。それなのに、それを行わなければならなかった。彼には彼の作られてしまった背景があるのかもしれない。


 あの男の表情は人間が自分の心の反応についていくことができなくなってしまった時の表情だった。だから、男の口は「ちがう」と動いたのだろう。そして、重圧に耐えられなくなって、逃亡した。

 きっと、本当はもっと他の何かがあったはず。目的が分からない以上、机上の空論でしかないが、気の触れた振りをして、魔女にそそのかされたとでも言えば、即座にルタが注目を浴びただろう。

 しかし、もし、そうだったのならば、あの男はルタが死ぬかもしれないと罪に苛まれることはなかっただろう。

ということは、今回に限り『魔女のルタ』を陥れるための計画ではない。

 あれは、計画の失敗でもあったのだ。ルディを狙ったもの。それが個人に対するものなのか、ディアトーラに対するものなのか……。ルディを背景にすれば、リディアスへの個人的な恨みまで広がる。

 ルタでは測りかねた。


「ルディに人を殺させてはなりません」

だから、ルタが言ったその言葉には、二つの意味があったのだ。ひとつは本当に言葉通り、人を殺したという枷をルディにつけたくなかったこと。そして、もうひとつは、背景をうやむやにしてしまうわけにはいかないこと。

 背景を掴まなければ、同じことがまた起きる。


 しかし、今のこの状態では進む手がない。本当に人間の身体は弱くて脆いものだ。

魔女だったころなら、あのくらいの毒であれば、しかも調和薬を飲んでいれば、幾分か気分は悪いかもしれないが、もうすっかり動けただろうし、息苦しさはあっただろうが、倒れることもなかっただろう。ならば、すぐさま周囲の様子を眺めて他にあっただろう不審者を見つけられたかもしれない。


 どうして今自分は『人間』なのだろう。


 たとえば、ルディを本気で狙っていたとして、失敗に終わった時点で、その暗躍する首謀者がルディに斬りかかっていたかもしれないのに。


 どうして『ルタ』なのだろう。


 今はまだ動けそうにないし、何をしてもどこかとても空虚に思えるのだ。目的がすべてとても空虚に思えるのだ。

 それに、今は何をしても、きっと満たされない。いくら暖かい羽毛布団に包まれようとも、一向に身体は温まりそうになく、何かをしたいと思う傍から、その気力が抜けていく。内からくる震えはルタを苛み続けるようだった。

 だけど、右手の温かさには縋っていたい。それだけは確かに存在するものだから。ルタの手に重ねられたルディの左手。ルタに負担を掛けないように突っ伏しているその姿は、とてもルディらしい。


 ずっと付き添ってくれていたのだろうか。心配しすぎて疲れ果ててしまったのだろうか。その姿を見て、ルタはその名を呟く。驚くほどにか細い声だ。

「ルディ……」

無事で良かった。その寝顔を見つめ、ただ思う。本当にただ、穏やかに眺める。それだけで安心できる。

「心配をかけてしまいましたね……」

「……本当だよ……」

それなのに自然に零れたその言葉の下から、ルディのふて腐れた声が続いたのだ。驚きを隠せないルタが「起きていましたの?」と尋ねると、今度は「もう二度とこんな真似しないで」とルディは続けて、そっぽを向いた。

「……ほんとうにごめんなさい」

ごめんなさい……その言葉がルタの中で海のように深く広がる。深く冷たく、そして、沈める。ほんの一瞬の沈黙の後、ルディがそっぽを向いたまま言葉を落とした。

「うん。だから、変なこと考えないでゆっくりと休んで。僕も朝までは全部忘れて寝ることにするから」


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