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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
春分祭にて

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タミル……1


「カズが『奥様が大変だ』っていうから、急いできたんだから」

その言葉を口には出さなかったルディは、ルタの顔色を確かめる。確かに少し青い気もするが、きっと大丈夫だと言うのだろうな、とも予想する。

 ルタが現れて、やはりほぼ蚊帳の外になってしまったアミカはまた不機嫌そうに、なぜか今度はタミルを睨み上げた。

「トワ様もいらしてましたのね」

「相変わらず宵の口に巣に戻る小鳥のようなお声、あちらにいましても届いておりましたよ。全く健やかにお過ごしとはよろしいことですな」

低い声が穏やかに、それなのに皮肉に満ちて響く。アミカはもちろん口を尖らせ、ぷいと横を向く。ルディはその間にルタに話しかける。


「あっちに、ほら、向こうにね、大きな木陰があるからそこで少し休憩しにいこう。ずっと立ち話してたから、少し休みたいんだ」

ルディの指さす方向には確かに大きな広葉樹が枝葉を広げて立っている。

 リディアの大樹。

 それを彷彿させるような佇まいのその巨樹の下には、来賓のためにあるのだろうベンチと飲み物のテーブルが置かれてあり、世話係が数名立っている。ただ、来賓達はそこで休憩をしようとは思っていないようでもある。

「ごめん、アミカ。カカオット店の場所とシャルロッテについてはまた今度で」

遠い親戚のアミカに気安く話すルディは、そう言うとあっさりとアミカから距離を取った。

 そして、アミカがルタに興味を戻す前に、ルタが口を開く前に、ルディはルタの腰に手を当て、そのまま歩き出した。


「いいのですか? あんな風に別れても」

ルディの態度がルタから見てもあんまりだったので、ルタは不思議に思って尋ねた。

「いい。単に曾お祖父さまの出身の家ってだけで、あの家はディアトーラにとって特別大切な家じゃないから。小さい時はあのおしゃべりも可愛かったんだけどね」

ルディの声にはいつもよりも棘があった。しかし、その言葉の下から物静かなテノールの忍び笑いと「失敬」と言う声が続いた。色鮮やかなその服装からは想像もできない穏やかな声でもある。

「申し訳ありません。まだご挨拶も……」

「奥方、お気になさらず。挨拶はあちらに着いてからで構いませんので」

そして、ルタは背後を僅かに振り返る。背後にはカズがいて、やはり心配そうに、申し訳なさそうにしていた。ルディを呼びに行ったのはカズだろうが、ルタ自身がそれほど心配されるほど、体調を崩しているとは思っていなかった。

 暑さに少し疲れてしまっただけで……。そんなに顔色が悪かったのかしら……。


 そんなことを思いながら、ルタは大人しくルディに連れられて、大樹の下の長椅子に座らされた。

 なんだか、ルディは怒っているようだ。

「冷たいもの貰ってくるから」と、頬を膨らませてタミルと共に歩いて行ったルディの背を、ルタは見つめてそう思っていた。そして、カズに尋ねる。ルディのことはカズに尋ねるのが一番早いのだ。

「ルディは何かに怒っているのですか? あちらで何か嫌なことでもあったのでしょうか? それとも、先ほどアミカ様に何か言われたのでしょうか?」

「違いますよ。奥様を心配なさっているのです」

ルタがその言葉にきょとんとするものだから、カズはさらに説明をする。しかし、その顔はいつもの苦笑いではなく、真剣な表情をしていた。

「たとえば、奥様はルディが疲れた表情でぐったりしていたら、心配なさるでしょう?」

「えぇ」

「それと同じなのです」

「でも……」

それは、ルディがか弱い人間だからであって、……。

「誰がなんと言おうとも、奥様は人間なのですよ」

ルタの考えを読んだようにカズが念を押す。だけど、……とルタの頭にはやはり否定の言葉が続いてしまう。しかし、ここの答えがそれではないことは分かるのだ。


 ここの答えの正解は「分かりました」である。

 確かにルタは人間で、確かに人間はか弱くて、ちょっとしたことで病気になり、命を落としてしまうもの。

 分かってはいる。

 だから、この春分祭に参加するために調和薬も飲んできたのだ。いかなる『毒』も調和してくれる、そんな薬を。

 自分がもう魔女ではないことくらい、痛いほどよく分かっていた。

 でも、だから「えぇ」としか答えられない。


 そこへルディが、タミルと何やら言い合いながら帰ってきた。二人の様子から、ルディがタミルに教示されている雰囲気もあった。そして、その手にはグラスが二つずつある。

「えっと、檸檬水と炭酸水、後お茶とリンゴジュースどれがいい?」

もう膨れてはいないが、ルディの声はまだどこかぎこちないし、なぜか僅かに視線が合わない。

「では、檸檬水をいただければと……」

「じゃあ、僕は炭酸水にする」

「では、私はお茶をそのままいただきましょう」

そこまで聞いたカズが、僅かに顔をしかめた。

「……では、私はその甘いリンゴジュースをいただけるのですね」

どこか皮肉っぽくルディを見たカズは、タミルが差し出したそのグラスをタミルから受け取った。全員がグラスを一つずつ持ったところで、ルタが立ち上がろうとすると、それをまたルディが止める。


「もう、ルタは座ってていいから」

「でも、それじゃあ」

「いいの。タミルはそんなこと気にしないから」

ルタがタミルを見遣ると「どうぞ、そのままで」とやはりテノールの声が穏やかに響く。

「申し訳ありません……でも、本当に大丈夫なのですよ」

「大丈夫じゃないから、言ってるの。なんで体調悪いのに言ってくれないの?」

「でも、体調は本当に悪くありませんし……」

「その顔色で言わないでよ」

そう言われてルタは自分の頬に手を当ててみた。そんなに顔色が悪いのだろうか? 体温もそんなに変わらない気がするし、頬は熱くも冷たくもない。先ほど充分に休んでしまったので、身体の疲れも取れている。頬から手を離し、両手でグラスを持ったルタが黙ってしまうと、タミルが穏やかにルディに促した。

「ルディ殿。大切な奥方様を、そろそろご紹介くださってもよろしいのではないですか?」

その言葉にルディがやっと周りの状況に気を配り始めた。



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