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セシルと魔女

 セシルは庭にある教会で祈りを捧げていた。そして、過去を振り返る。

 まだここがリディアスの脅威に怯えていた頃。その時の領主がイルイダだった。イルイダはセシルの祖母で、文武両道の才色兼備だった。その上それを鼻に掛けることなく、決して目立つようなことはしなかった。

 今なら、それも一つの戦略だったのだろうと思えるが、まだ若く未熟だったセシルは、ただ、そんなお祖母様に憧れの念を抱いたものだった。


 そんな祖母が大好きだった教会には、白磁の女神さまが鎮座されている。

 祖母はよくここで仰られていた。

「ここにある女神像にそっくりな魔女がときわの森には住んでいるのよ」

 それを語る祖母の瞳は穏やかだった。「いろんな事があったのだけど、今はなぜだか懐かしく感じるわ」

 そんな魔女がいるのだ。その話を聞いていると、会ってみたいと、セシルはよく思ったものだった。そして、それがルタであるということに、昨日やっと気付いたのだ。


 容姿が変わったルタは、本当に女神さまそっくりに見えた。色が付いていない白磁の女神さまだから、本当はラルーの時でも気付けたはずなのに、気付くことがなかったことを不思議に思うくらいだった。


 何かを掬い上げるかのように合わされた両の手と、それを慈しむ瞳。


 セシルはそのお姿を見ながら、祈りを捧げ続ける。

 ディアトーラが健やかでありますように……。そんな思いをこめて、ここで祈りを捧げるのだ。

 それは、昔からのセシルの日課であり、ルディも彼女によく付いてきては、同じように真似をして祈っていた。


 もちろん、ルディが何を祈っていたのかは分からない。

 だけど、幼かった彼も同じように手の届かない何かを願っていたのだろう。

 セシルが祈ることは昔から変わらない。だけど、若い頃と違い、今は護りたい何かのために、それを自分が護れるように祈りを捧げている。


 お祖母様のように前線に立って敵を叩き切るようなことができない。だから、祈りだけは欠かさない。

 でも、お祖母様は、それこそ前線に立っても見劣りしない活躍をなさったと聞く。


 だから、セシルはその祖母がまだ存命だった頃に尋ねたことがあった。

「わたしも強くなりたいのです。どうすれば、お祖母様のように強くなるのでしょう?」

 祖母であるイルイダはにっこり笑いながら教えてくれた。

「あなたのお母様は私のように剣技に優れてはいませんね。だけど、とても聡明。その賢さでお父様を導いてらっしゃるとは思いませんか?」

 お祖母様が仰るように、お母様もあの大きな国であるリディアスの客人達を前に凜としていらっしゃった。


「だから、あなたもあなたの優れたところを武器とすれば良いわ。領主としての戦い方は様々ですからね」


 だから、セシルもたくさん学ぶ中、自分自身の得意とするものを伸ばしてきたのだ。


 わたしが得意とするところは、曲げないところ。


 そんなふうに思い、リディアスの学校へ留学した頃、セシルは今の領主であるアノールに出会った。

 手を伸ばせないという点では、彼はルディにとってのルタと同じだ。


 リディアスの下にあるディアトーラがリディアスのことを知るために、代々リディアスの高等学校へ行くことになっていたのだ。そこにアノールはいた。国王の息子のくせに、どんな者にでも門戸を開いているその国立学校に、彼は通っていたのだ。

 アノールはとても自由で、気さくな人だった。それが第一印象。

 だけど、ディアトーラ領主クロノプス家の娘であるセシルにとって、彼は戦わねばならない敵のように感じてしまったのは事実だ。


 その気さくさがセシルには、飄々とした不信用な人物に思え、ディアトーラという片田舎から来た学友の一人を彼が気遣って声を掛けてくれることに対しても、何か企んでいるのではないだろうかとさえ思えていたのだ。

 疑いの目を向け続けたセシルの気持ちが変わったのは、彼が言った一つの言葉だった。


「知ってる? この世界ってとっても自由なんだよ」

 彼はにかっと笑い、その涼やかな瞳を空へと向けた。

「ほら、あの鳥見てよ。とっても自由だ」

 大きく羽を伸ばす振りをして、彼は視線をセシルに戻した。

 自由。

 セシルの中にその二文字は今まで存在しなかった。

「自由……」

「見て、手を伸ばしたら届きそう」



 手を伸ばしたら、届くかもしれない。


 そう思った。


 きっと、ルディも手を伸ばしてしまったのだ。だけど、ルタ様は白磁の女神さまではない。

 ルタ様は、その女神さまのようにずっとディアトーラに寄り添ってくれていただけで……。

 だけど、わたしが手を伸ばしたように、ルタ様も手を伸ばしてくれないだろうか……。



 教会を後にすると、薔薇の木の下で頬被りをしたルタ様に出会った。

 白磁の女神さまのような眼差しを持つ、そんな魔女さま。


「ルタ様、何をなさっているのでしょうか?」

「あら、セシル。セシルにルタと呼ばれると不思議な感じがしますわね。お祈りのおかえり?」


 確かに、セシルにとっては、ラルーという魔女であるという方がしっくりくる。幼い頃からラルー様と呼んでいたのだから。

「えぇ、わたしも不思議な気がいたします」

 ルタはにっこり微笑みながら、頬被りを外した。黒い瞳が細められ、その艶やかな肌が太陽に輝く。

 その姿も実は見慣れない。ラルーという魔女はラベンダー色の髪色で、深い緑の瞳だったのだ。しかし、年の頃はずっと変わらない。いつのまにか、セシルの方が年長者の風体だ。


「薔薇に薬をあげていたところです」

「薔薇に?」

「えぇ。葉が病気になっていましたので」


 ルタの視線に合わせて、セシルもその葉を見つめる。

 色と形が少し歪な葉がいくつもある。その葉に茶色い液が塗られていることに、セシルも気付いた。

「ルタ様は、ここがお好きですか?」

 視線をあげたままルタに尋ねた。気付いて欲しいような、気付いて欲しくないような、不思議な思いがセシルの中に膨らんだためだ。

「えぇ、そうね。リディアスにいるよりも落ち着きますわ」


 ルタがどこを見ているのかどうかは分からなかった。だけど、『ここ』を庭とは取らずに『ディアトーラ』と取ったということで、セシルの心が決まった。


「わたしは、ルタ様がここにいてくださるととても穏やかな気持ちにさせられます。ルタ様がずっとここを護ってくださっているんだとも思っております。否定なさらないでくださいね。これは、わたし個人の思いですから」


 そこで、一息。もう一度、言って良いのかどうかまだ分からない言葉を吐き出す準備をする。ルディに説得されたから思い始めた気持ちではない。どちらかと言えば、ここを護る者としてずっとその気持ちを抑え込んでいただけなのだから。


「もし、ルディがお嫌いでなければ、また、ルタ様さえお嫌でなければ、わたし達と一緒にここを護ってくださいませんか?」


 恐る恐るルタ様に視線を向けると、ルタは薔薇の葉をじっと見つめていた。それは、何かを決意するかのような、とても強い気持ちを持つ視線だった。


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