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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
春分祭にて

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作られる魔女


 遠縁に当たるリンディ家の娘アミカに挨拶をして、ルディは「じゃあ……」とルタから離れた。カズがいればアミカがいても大丈夫だろう、とは思うが、僅かに後ろ髪を引かれるのだ。

 しかし、ルタから離れてしばらくすると、ルディの変な焦りも少しずつ落ち着いてきていた。もしかしたら、自分の視界からミルタスがいなくなったからかもしれない。


 ルタを置いていったことに罪悪感はもちろんあった。しかし、いるかどうか分からない友人を探し回る間、なんとなく疲れていそうな彼女を連れ回すということにも、またやはり罪悪感があったのは確かだ。

 そちらに考えを移したことを甘えだというのなら、甘えで良いとルディは思っている。あれ以上ルタを晒し者にするわけにもいかないのだから。


 ただ、友人を探しながら、ルタの言った言葉をルディは反芻し続けていた。

「あのテーブルには皇后アリサからのメッセージが込められていますわ」

 それは、そもそもの春分祭を意味する言葉だった。


 成熟していたアサカナ王の時代にあった『春分祭』は未成熟の者たちの親交を深める意味が強かった。もちろん、そこでどのような親交を深めるのか、それはそれぞれに任されているのだが、ここでの瑕疵はリディアスとの繋がりに影響を与えるようになる。春分祭の手配はリディアスでは皇后がする。忖度までは言わないが、献上品も皇后が気に入るものを選んでいるところがある。もちろん、それだけではない。


 そして、ルタの指し示した献上品。

 緑の茶器とカカオット。


 エリツェリのものとディアトーラのものが、同じテーブルに並べられていた。さらに、そのテーブルにはルタのもらった小さな花束(タッジー・マッジー)と同じものが飾られている。エリツェリの二人がそのテーブルの意味に気付いているかどうかは、分からないが、ルタからすれば「エリツェリとは揉めようと思っていない」だったのだ。

 特に敵対しているわけではないが、エリツェリとディアトーラは国の規模が同じくらいという点で、何かと比較されやすいし、魔女を崇めておきながら、リディアスとの繋がりが良い方向へ向かっているディアトーラは他国からの恨みを買いやすい。だから、ルタはルディに淡々と続けたのだ。

「あのような仕掛けが他にもあるかもしれませんわよ」

と。


 大きな意味はないとしても、少なくとも将来、皇后と話をする機会を持つことになった場合には「お気づきになりまして?」というメッセージくらいは持つのだろう。こちらからその話題を振ることができたなら、そこでやっと値踏みされるのだ。

『春分祭にどのような心構えで参加していたのか。どこまで気配りをしていたのか。リディアスの求めた答えを用意できたか』


 目端が利く、リディアスにとって有用な人物となるのか、どうなのか。気に入らなければ、他の蕾のために摘花されてしまう。

 確かに、アリサ伯母様ならやりかねない。

それは、国王が試す忠誠心というよりも、個人としての深さを測られるような。何かあった際に皇后の口添えを戴けるかどうか、それくらいの意味ではあるが、それが明暗を分けることもあるのだ。

 なんといっても、ここでの行動はすべて、筒抜けなのだから。


 配置されている給仕も進行係も、門番も。警備を担う衛兵も、すべてがリディアスの目なのだ。

 ただ、そんな風に辺りを見回したとしても、おそらくルディに対するメッセージはないように思われた。

 アリサ伯母様の性格からして、今さらルディに新たな興味を持つことはないだろう。好奇心と遊び心は大きいが、彼女はゴシップにあまり興味を持たないし、どちらかと言えば、それに踊らされている人物を嫌う。

 今のルディに注目してくるのは、そういうゴシップネタが好きな者たちなのだ。そのくらいなら、うまくいなせる。戴冠式以来のここ三年程ずっとそうして過ごしてきたのだから。


 そう考えるならば、それは見られているとは思う。

 ルディに近づき、どのような言葉をかけ、どのように接していたのか。皇后アリサにとってルディはおそらく駒の一つに過ぎない。


 そして、不思議なことに気が付いた。

 伯母のことを考えていたはずなのに、なぜかルディの脳裏には母の言葉が思い出された。

『あなたのお父様はとても素敵な方なのですよ。だから、あんな風に言ってはいけません』

 小さい頃に、そう、ときわの森に入ったあの時。結局お祖父さまは迎えに来ず、『ラルー』だったルタに連れられて、館に戻ってきた時、一番にルディを迎えたセシルはそんな風に、だけど、とても静かにルディに言ったのだ。


 誰も僕を必要となんてしていないと思った。いなくなっても構わないんだと思った。やっと人間の裏表が見え始めてきた、浅はかな十歳の頃だ。

 自分はみんなとどこかが違う。そんな気がして堪らなかった。今ならその距離は当たり前だったのだろうと思える。ディアトーラを治める領主の子であるということ、さらにはリディアスとの繋がりまである子。

ルディにそんな気がなくても、機嫌を損ねてはいけないと思われて当然の位置にいたのだから。


 しかし、学校にいても、町を歩いていても、にこやかに通り過ぎても、町に住む人たちはリディアスを嫌っているということが幼いルディにも伝わってくる。『リディアス国王の孫』だと言われる度に、友達との距離を感じてしまった。

 遊びに誘われなかっただけで、いつしかそれを『父』のせいにした。楽しく喋っている友達の輪の中に入れないだけで、全部リディアスのせいだと思うようになった。

 馬鹿みたいに学校へ行くのが嫌になって、一週間、ただ町中を歩いた。父に問いただされたのをきっかけに、それを言葉にしてしまったのだ。


『父さんがリディアスの人だから、僕には友達がいないんだっ』


 父が黙り込んだ。自分の言葉を肯定されたようなその顔を見たくなくて、逃げ込んだ先は、町の人が誰一人いないときわの森だった。

 そうだ。父に叱られたのは帰ってきてからだった。


『お前は、どれだけ心配かければ気が済むんだ』


 そう思えば、ルディはその頃からずっと、そんな敵意にもならない敵意を向ける人間をいなしながら生きているのだ。この春分祭が特別ということはない。

 だからと言ってその者たちを嫌うことはなかった。傷つかなければ、害はない。

 その辺り、ルタもきっと同じなのだろう。

 あの程度、そう……。

 あの程度なのだ。

 ときわの森にあるあの暗闇に比べれば、彼らが陥れようとする闇なんて、視界を僅かに暗くするくらい。ときわの森を包む闇に比べれば、大したことはない。


 暗くなったときわの森は、とても静かで月明かりが湿る大地を僅かに照らし、幻影を映し、落ち葉が落ちる音ですら、幼いルディの耳に恐ろしく響いてきた。恐くなんてないと膝を抱きしめるが、震えも止まらなかった。泣けば魔獣に気付かれるかもしれない、闇が呑み込みに来るかもしれない、そんなことを思い、歯を食いしばった。それなのに不思議とときわの森へ入ったことに後悔は生まれず、ただ呪わしいくらいに迎えに来てくれない家族に怒りを覚えた。


 怒りだと感じたそれは、不安なのだ。怒りが大きくなればなるほど、不安が募った。


 だから、灯りが一つ見えた時、それが知った顔だと知った時、不安が溢れだして、ルディは大泣きした。

怒りだと思っていたことも、不安だと思っていたことも忘れ、ただただ、恐かったという感情だけが溢れ出していた。恐かったのだ。魔獣のいる森ではなく、誰もいない暗闇が。


 ラルーの表情は覚えていない。暗かったからなのか、本当に見ていなかったのか、それも分からない。ルディが泣き止んだ時には、ルディを取り巻いていた恐ろしい暗闇は『静かな夜』になっていた。


 『全部『魔女』に置き換えて考えてご覧なさい。あなたのお父上のお気持ちは、あなた以上にどうしようもなかったのではありませんか?』


 ディアトーラの人間は魔女を恐れはしているが嫌ってはいない。恐いから近寄らないんだとすれば、恐くないと伝えればいい。ラルーが何も求めずに、ただ薬を持って町に下りて来るようになったように。

本当にぜんぶを魔女に置き換えたのならば、リディアスが魔女であるならば、ルディがリディアス(アノール)のせいにする理由がなくなる。


……父さんが魔女だから、僕には友達がいないんだ。


 それは、違う。幼いながらにそれはよく分かった。友達がいないのは、魔女のせいではない。

『そっか、僕は魔女の子になるんだ。だったら、いいや。僕、魔女さまが大好きだし』


 ラルーの苦笑いに、ルディが『へへっ』と笑って見せたのは覚えている。

 ラルーの真意はおそらく魔女に置き換えれば、彼らがどうしてルディと距離を取るのかが分かるだろうだったのだろう。それこそ、あの程度のことだったのだから。


 誰もルディを嫌っているわけではなかった。ただ、ルディという人物がどんな風に育っているのか、警戒されていただけで。大人達はアノールがリディアスから来たということも把握していたのだから。

 だから、本当にルタがあの程度で心を病むことはないだろうとは思う。ルタは魔女というものが世間からどう思われて、どう扱われてきたのかをよく知っているから。


 でも、だからこそ、タミルとはしっかりと繋がっておきたい。


 とりあえず、疑問を一つ片付けたルディは、やっと探し人の姿を遠くに見つけることができた。


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