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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
春分祭にて

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「春」を祝う日


 昼間に行われるそれは、リディア神をお祝いするために華やかに春を祝う国賓による宴であり、夜に行われるそれは町の者にも解放され、無病息災を願うものとなり、その様相を変える。

 春分祭とはそういうものだった。


 夜になると昼の春分祭で使われていたテーブルや椅子も民に貸し出され、場所も提供される。しかし、その祭りを仕切るのは、給仕や衛兵ではなく、町の者が運営するようになるのだ。町の者が出す屋台がならび、熱気のあるものになる。祭りの最後にはその熱気を冷ますような終焉の花火が打ち上げられて、もう一度集められた衛兵誘導の元、門扉が閉まる。


 しかし、その誰もが、大昔その場所で魔女を含む公開処刑がなされていたことを知らない。魔女を狩ることでその威信を示していた時代がリディアスにあることすら、知らぬ者が多い。

 そもそも魔女狩りの歴史を知らない者に、気付けるわけがないのだ。現在のその様子は『華やか』の一言に尽きるのだから。


 まず、王宮楽団である弦楽カルテットが招待客を心地よい音で心酔させて、魔除けの小さな花束が配られる。それを胸のポケットに入れたり、用意されている腰紐に結わえたりした後に、花のアーチをくぐると清潔感のある甘さが風に運ばれた。

 暖かいリディアスではすでにジャスミンのアーチが満開になっているのだ。

 庭園は芝生がきちんと整備されており、青く輝き、各テーブルの傍には薔薇の低木が花を咲かせており、赤や黄色、白に桃、珍しいところでは青い色も咲いている。


 各テーブルはそれぞれにテーマがあるようで、木のテーブルには春に相応しい色のクロスが敷かれている。

 センタークロスにされているものや、テーブルをすべて覆うクロスのもの。中にはランチョンマットのように小さなクロスが置かれているものもあった。


 贅の極みを尽くしたような、それでいて、リディア神を祝うためにすべてが自然物で構成されている会場。

立食するための木のテーブルには様々に咲き誇る花が活けられていたり、骨董品と思しき置物や、可愛らしい人形までが飾られていたりする。器には瑞々しい果実がこんもりとあり、意匠を凝らした茶器があり、食べものにはすべて銀食器が使われていた。

 またパンには立食しやすいように具材が挟まれており、その生地に肉汁を染みこませて招待客の食欲をそそりながら、手に取られることを待っているかのようなもの、春を感じさせる色で構成されていて、思わずその手に取りたくなるもの、中には貴婦人たちの好きそうなクリームと果物を挟んだものもあり、その断面で人々に春を感じさせるようになっているものもある。


 集まってきた招待客たちも春に合わせたパステルカラーや花柄のドレスに身を包む淑女に、春に合わせた鮮やかな色合いの準礼装に身を包む紳士たち。中には正礼装でステッキまで持ち、鼻高く歩いている者もいた。

 ここのすべてを手配したリディアス皇后が気に入れば、基本誰でも招待されるその春分祭において、基本のドレスコードはないため、それぞれの解釈というところだろう。


 ルディは若芽色の準礼装にいつものループタイ、ルタも春らしい紅藤色のふんわりしたドレスにセシルから借りた真珠のネックレスを合わせている。ディアトーラに豪華さは求められていない、というのがアノールの見たてでもあるから、非礼にならない程度の結構気楽な装いでもあった。

 景色に相応しい色使いを考慮しながら、それぞれの個性を放ちながら、ひらひらと蝶のように飛びまわり、花のように着飾った者たちに止まり羽ばたきを繰り返す。


 そして、それぞれが、嘘偽りを巧みにし、真実をその春の華やかさの中に隠しているのだ。中には明らかに使える者、使えない者を値踏みする輩もいるのだから、決して気を許せる場ではないことは確かだった。

 リディアスにとってもこの春分祭は新しい命が芽吹き、色とりどりの花を咲かせ、その生命力を輝かせる日であるため、成熟している国王、皇后は宴の終焉に配られる飲み物を送るだけで、姿を現さないのが定例である。


 リディアスにとってそれは若い者たちを選別するための宴とも取れるが、特にアサカナ王が退位するまでのここでの選別は緩やかであり、本当にお祭りだった。


 一通り挨拶回りを終えたルディ夫妻とカズは、溜息をつきながらその大きな庭を眺めて、気の置けない者たちだけで歓談していた。

「うちの家だったら、何個入ると思う?」

「さぁ、お前ん家は大きいからせいぜい十個ほどじゃない? うちの家だったら百個は入るな」

実際のところ、ディアトーラの領主館と庭から門前までを入れれば、この庭くらいにはなるのだが、この時のルディにはそれよりもずっと大きく見えていた。


 そんな風に見えるのも、もしかしたら、人の賑やかさのせいかもしれない。人の波を掻き分けながら様々な国の招待客たちに挨拶をして回ることは、本当に疲れてしまうのだ。

 中にはカカオットのことを知りたいだけで、気安く話しかけてくる者もいるが、ほとんどが友好的ではない状態だった。ルディはそう思いながらルタをちらりと見遣った。

 紅藤色のふんわりとしたドレスを着ているルタは、いつもと少しだけ雰囲気が違う。春らしく明るい色を身につけているというのもあるのだが、とてもつまらなそうに見えるのだ。

 確かにルタを紹介すると相手が「あぁ、例の」という表情を浮かべてにやにやするのだから、あまり良い気分ではないだろうし、彼らが話す内容も、ルタにはあまり興味のないことばかりなのかもしれない。実際、ルディもあんまり興味がない。


 どこそこの誰それがこんな失敗をして、大笑いしてやりました。

 あの衣装は、ちょっと奇抜ですわ。でも、ふふふ。なんでもありません。

 税金を上げるというと民衆が反旗を翻しまして、うちの父が首謀者を締め上げました。

 先ほど、街中の商人と話をしましたが、全く話が通じなくて、鼻で笑ってやりましたよ。

 春分祭は初めてのご参加ですか。なんでも訊いてくださいね。

 この間、あちらが擦り寄ってきましたのでね、ふっかけてやったんですよ。カモですな、あれは。

 あぁ、お気を付け下さい。あちらのお国は蛮族ですよ。

 おや、申し訳ない。クロノプス家には関係のないことですな。

 なんと言っても、ふふふふ。


もちろん、そこでつまらなそうな表情を全く浮かべないのがルタなのだけれど「えぇ」とか「そうでございますね」とか、そんな言葉しか発しないし、作ったような微笑みをその顔に貼り付けているだけなのだ。

 そんな面白くない様子だった彼らを見て、気の回る給仕の男が飲み物を持ってきてくれた。


「ありがとう」

ルディがもらったカクテルグラスにはサクランボが一つ沈められている。そして、遠くを眺めていたルタにも同じものが勧められた。そこはさすがリディアスの給仕である。リディアスに招待されている招待客は皆同じ盤上の駒。招待されているからには、差別はない。

 勘違いする者は多いが、リディアスという国は『魔女』を毛嫌いするが、人を出自で毛嫌いすることはない。

「奥様もよろしければ」

給仕の声にルタはそのグラスを手にして、軽く会釈をして礼を言う。そして、ルディを振り返ると目を丸くした。


「それを飲んでも大丈夫ですの? 給仕の飲み物に手を付けるのはもう3度目ですけれど」

確かに話をすることが多かったルディはすでに三度、グラスをもらっていた。しかし、それをどうして驚かれるのか、さっぱり検討が付かなかった。

「えっ? 飲んじゃ駄目なの?」

そのやりとりを訊いてカズが忍び笑いをする。

「何?」

なんだかルディだけが蚊帳の外にいるようだった。

「これ、ほぼと言いますか、本当のジュースですから」

カズは忍び笑いの限界のようだったが、表情を緩めたルタは「それなら、よかったです」と自分の飲み物に口を付けた。

「えっ、もしかして、心配してたの? 大丈夫だよ。こんなところで眠りこけたりしないから。それに、あんまりお酒は振る舞われないんだよね、ここでは。あ、最後に配られる国王陛下からの飲み物だけがお酒だけど」


 美酒に酔いしれることが出来るのか、それともやけ酒になるのかは、それまでの振る舞い次第というわけだ。だから、各テーブルにはティーセットが置いてあり、ほとんどの者が中盤になると気の合う者たちと一緒にお茶を入れて、ゆっくりと歓談するようになる。

「あのさ、大丈夫?」

「何がです?」

「挨拶してきたあの人たち」

一応ディアトーラにとってまぁまぁ大切な交易相手ではある。ルタを紹介しないわけにもいかない。しかし、ルタが僅かに首を傾げるので、カズが言葉を繋いだ。


「奥様はあのように言われてご気分を害されておりませんか?」

そのカズの言葉にルタが不思議そうにルディを見つめる。まるでそんなことを気にしているの? と言わんばかりだ。

「大丈夫ですわよ、あの程度なら。だけど、あの者たちと付き合っているルディの大変さが身に沁みました。わたくしも何か言葉を発すれば良かったのですが、ややこしくなってはと留まりました。何か話をした方がよかったでしょうか?」

あの程度……きっと、ルタの言うあの程度とルディの言うあの程度はかなりの距離があるかもしれない。しかし、一年前に比べればずいぶんと当たりとしては柔らかくなっている。


 あの程度……。


 しかし、だからルディはそれがいつの時代を指すのか、考えあぐねいた。

 ただ、今でも世間では根強く魔女を嫌っているのだと実感してしまったことは、紛れもない。

「ごめんね、でも、それ英断だと思う」

「ルディこそ大丈夫ですか? わたくしが一緒にいるせいで嫌な思いはなさってませんか?」

「僕は大丈夫。慣れてるし。あの人たち、あんなだけど大きなことは仕掛けてこないから、安心して付き合えるし」


ルディは大真面目に答えたはずなのに、なぜかルタが「ふふっ」と短い笑い声を上げた後「よかったですわ」と続け、カズが苦笑する。ルディはその二人の笑いの意味がよく分からず、僅かに頭を傾げ、とりあえず、にへらと笑う。だけど、二人が笑っているのを見ていると、何だかどうでも良くなった。

「わたくしも慣れていますもの」

 ルタが微笑む。

「でもね、今探している人は『あんな』って言うようなことはないから」


 あんな人たちではなく、もっとルタを紹介しておきたい人物。そんな人間もいるということをどうしても知っていて欲しい。いや、もちろん、ルタはそれを知っているはずだけれど。人間なんて本当は信用していないのかもしれないけれど。


 だから裏切らなければ、裏切られることのない相手を紹介しておきたい。

 それなのに、出会えていないのだ。その人物を先ほどから探しているのだが、見当たらない。


「毎年招待されてるはずなんだけど……ちょっと変わってる方なんだけど……」

ルディの探し人はワインスレー・アイアイアの放蕩息子であるタミルだった。本来なら跡取りのはずなのだけれど、とうの昔にその座を弟に譲り、今はよく分からない『運命を探し続ける男』という肩書きを勝手に付けており、周りからは『永遠に』が付け足され『トワ様』と呼ばれ、からかわれたり親しまれたりしているような、貿易商。

 年齢はルディよりも十程上になり、東の果てにあるアイアイアの傍にはときわの森と同じような森と海が広がっており、ワインスレー地方には珍しく、とても暖かい国である。

 ルディはその彼にいつかその海が見てみたいんだと、彼の国の話を聞かせてもらったことがある。

「大切なお友達でしたわね」

「うん。手紙のやりとりもたくさんしたしね。面白い人なんだ」

ルディの大切な友達。気の置けない友達と言っても過言はなくて、さっきの『あんな人たち』よりも芯の通った変わり者。


「実はお願いがあるのですけれど、探している間、わたくしをあのテーブルに連れて行ってくださいません?」

ルタが見つめる先には、黄色い薔薇を背景にしたテーブルがあり、挨拶に回ってきた貴族たちよりも若い令嬢集団が集まっていた。それはルディが苦手とする集団でもある。しかし、先ほどからルタはずっとあの場所が気になっていたのだ。


 黄色い薔薇と白いクロスの掛けられたテーブル。少し変わった翡翠色をした異国の茶器が、異彩を放っている場所だった。

 きっと何か見つけたのだろう。だけど……。


 ルディは視線を遠くへ戻す。しかし、あの集団の中に会いたくない相手がいるのも確かだ。エリツェリのミルタス。おそらく、国家元首トマスの娘、ソレルの付き添いでここに参加しているのだろうけれど。

同じように遠くを見つめたルタがそれを知っているのかどうかルディには分からない。しかし、事実としては把握しているはずである。ただ、それをどう思っているのか、本気で分からないのだ。


「心配要りませんわ。エリツェリと揉めようとは思っていませんから」

分からないから、そのルタの言葉にルディは慌てなくても良いことに反応してしまった。

「……あのさ、本当に彼女とはなんでもないからね。ただ、縁談を断ったことに罪悪感があって、あんまり会いたくないなって思ってて。国としてなら何とでも繕えるんだけど……なんか」

そこまで言って、やっとルディはルタが首を傾げていることに気が付いた。もしかして、墓穴を掘っていたのだろうかと、今度はルディが首を傾げる。

「えっと、なんか、僕、間違った?」

「いいえ、行きたくない理由はだいたい分かりましたわ。気まずい方なのですね」

冷静に要約されると余計に気まずく思え、何だか自分自身がとても卑怯者のような気すらしてしまう。

「えっと、じゃあ、えっと……僕はタミルを探しに行ってもいいんだよね?」

「えぇ。構いませんけど」


 ルディがどうして慌てているのか、露も気にしないルタの返事に、笑いを堪えたカズが従者の顔で「良かったですね」と言った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 決して書き換えられないものが過去であるならば、如何ようにも描けるのが未来なのでしょう。 魔女という存在を介して築かれてきたディアトーラとリディアスの関係が、魔女から人間へと戻ったルタを間に…
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