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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
冬じたく

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ルカとインコちゃん


 ディアトーラのお屋敷には赤いインコが一羽いる。


 それはルタが連れてきたインコで、今はその息子であるルカのお気に入りなのだ。門前で出会ったアノールに挨拶を済ませたテオは、その大きな扉を片手で開けて、アノールに言われたとおり台所にいるセシルに持っていこうとしているところだった。


「くゎあ、くぁあ」

大きなインコの声が聞こえた。そして、続く幼い声。今行こうとする台所がある食堂前の扉の前で、ルカがしゃがんでインコと遊んでいるのだ。

「こうっこぅ」

赤いインコが、自分の真似をするルカに首を傾げる。すると、ルカも首を傾げて、にぱぁと笑う。

「そいつ、インコのくせに喋らないんだ」

大きめの牛乳瓶を抱えながら、扉の前まで進んだテオが言った。


 テオは今年十二歳を迎える牛飼いの息子で、以前から牛乳を領主館に持ってくる仕事をしている。そして、その声にルカが「ておー」と飛び上がって、テオにしがみつく。

「ルカ、あぶない、あぶない」

 けらけら笑いながらのテオは牛乳瓶を落とさないようにして、お兄ちゃんらしくルカを見た。

最初はルカの扱いになれておらず、照れていたテオだが、最近はそのルカの人懐っこさにしっかり応えられるお兄ちゃんになったのだ。牛乳瓶さえ持っていなければ抱き上げるくらい、すっかり仲良しだ。

 そして、仕方なくその艶々の柔らかい赤毛の頭を片手でがしがし撫でる。それが面白いようで、ルカもけらけら笑う。


 テオの指の隙間から柔らかな赤毛がぴょんぴょん飛び出してくる。そして、テオは不思議に思う。別に気にしているとかそんな問題ではないのだが、なんとなく気になるのだ。

 ルタ様は元々紫色の髪色だったらしいから、こいつも髪色が変わってきたりするのかな?

 それとも、金色と黒色を混ぜたら、赤毛になるのかな?

 だから、髪とおんなじ色の赤いインコのことが好きなのかな?


 もちろん、ルカの髪はインコの鮮やかな赤ほど赤くはない。茶色に朱を混ぜたようなそんな色だけど、黒よりも金よりも近い色には違いないと思える。

 大人達に聞いても言葉を濁すだけだし、やっぱりテオにはよく分からなかった。それは、テオに限らず、学校にいるみんなも時々「不思議だよね」と言っているのだ。しかし、直接ルディ様とルタ様に聞いてはいけないのではないかと、大人達の様子を見ていると思えてきてしまう。

 そして、それがテオには、僅かながらの心配に繋がってくるのだ。


 テオ自身が両親と僅かに違う瞳の色をしていた。両親は青色なのに、テオの瞳は青緑という色だったのだ。それを友達がからかう。悪意はないと分かっていても、不必要なコンプレックスにはなってしまう。だから、テオ自身は髪色問題がどうとかは思わない。しかし、本当のことを知らない間は本当に庇ってやれないかもしれない、そんな風に思ってしまうのだ。

 テオの瞳の色も綺麗と言っていたクミィは「赤い色も綺麗だよね」と呑気に言っていたので、本当は気にする必要もないのかもしれない。

 だけど、いっそ金色と黒色を混ぜたら赤い色が出来るんだよと証明できればいいのに、と思うのに、実際絵の具を混ぜても赤い色にはならない。


 まぁ、金色の絵の具は持っていないから、黄色と黒を混ぜただけなのだけど……。もちろん、黄色と紫でも赤い色にはならなかったけれど。


 学校へ行くようになったら、魔女の子だとか言われないかな?

 テオの心配は純粋にそれだけだった。

 もちろん、テオは血の繋がりだとかそんなものを気にしているわけでも、二人の子どもでないなんてことも全く思いもしていない。もし、知らされていたとしても、おそらく理解できない。

『父』はたった一人の父であり『母』はたった一人の母なのだ。

 それに、ルディ夫妻がルカのことを本当にかわいがっていることもよく知っている。だから、彼らが『お父さん』『お母さん』である事実はテオの中でも揺るがないのだ。


 そして、ルタの子どもであるから『魔女の子』と繋げる住民はいない。

 大人達が言葉を濁す理由も彼が血縁かどうかではなく、その出自が不明であることに言葉を濁しているだけなのだ。ときわの森辺りで拾われた。もしかしたら『魔女』の子ではないだろうかと。

それなのに、テオの心配と不思議と繋がる。

 ただ、子どもたちは触れてはいけない何かだと感じるだけで。疑問に思ったことを勝手に詮索し始めるだけで、正直にぶつけてしまいそうになるだけで。


 ルカが可愛くないわけではない。

 良くも悪くも、そんな国なのだ。


「ておーっ。んこちゃ。て」

ルカはインコを指さしテオにインコを紹介する。半分以上何を言っているか分からないが、テオにもインコを見て欲しいらしい。

「んこちゃ?」

「んこちゃ」

「名前?」

「うか、てお、んこちゃ」

ルカは嬉しそうに、そう言いながら指を指してテオに知らせる。テオは変な名前と思いながらも、ルカに話しかけた。

「ンコチャって名前? ちょっと牛乳をセシル様に渡してくるから。分かる? ぎゅうにゅう」

「にゅうにゅうっ。にゅうにゅう」

知っている言葉を反復するルカにテオは、面白い奴だと笑った。

「えっと、お祖母様に持って行ってくるってこと。分かった? 待ってて」

不思議なやりとりをして、ルカが満足そうに頷き、テオに小さな手を振る。笑顔に細まるその瞳は黒い色。それはルタ様も同じで、ディアトーラのかつての女領主のイルイダ様だって黒い瞳だったから、気にならない。


 テオにインコを紹介できて満足できたのか、待っているつもりなのか、ルカがまたインコと話し出した。

「くぉこぅ。きぃきいきぃ」

「こっこぅ。きぃきぃきーっ」

インコが羽根をバタバタさせると、何が楽しいのかよく分からないが、一人でけらけら笑い、とても楽しそうだった。

 とりあえず、牛乳をセシル様に渡し終わったら、一緒にインコと喋ってみようかな、とさえ思えてくる。

 もしかしたら、どこかに赤毛の領主様がいたのかもしれない。みんながもっと騒ぐ前に、また調べてみなくちゃ、と心を決め、牛乳瓶を抱え直した。


「あ、テオ」

するとルディの声がテオの背後から聞こえた。インコと遊ぶことに夢中なルカだったが、その声に飛び上がって、走り出した。

「かーりー」

「ただいま、ルカ」

ルディがルカを抱き上げて、高いたかいをするとルカがけらけら笑った。なぜかこっそりとルディの後から入ってきたルタにテオは首を傾げながら、ルディとルカの様子を見ていると、ルタが、その二人の様子を静かに、背後からにこやかに眺め始めた。

「おはよう、テオ」

ルディが視線をテオに移し、微笑んだ。

「おはようございます。ルディ様とルタ様」

その様子から森へ入ってらっしゃったんだなとテオは思った。魔獣はいたのだろうか? 少し心配になる。

「えっと、おかえりなさい」

ルディは真っ直ぐ、そして、ルタは静かにテオに微笑みその挨拶を返す。

「テオは牛乳を持ってきてくれたんだね」

「いつも朝早くからありがとう。ルカの相手もしてくれてたのね」

「はい」

姿勢を正しながら、返事をすると、抱き上げられていたルカが急に「あぁちゃまっ」と身体をよじり出したので、ルディが苦笑いを浮かべた。

「あぁちゃまっ。いい」

「見つかりましたわ」

ルタがクスクス笑うとルディが情けない声を出した。


「ほら、ルタが喋るから……見せないようにしてたのに。いつもこうなんだよね」

落っこちそうなくらいに身体をよじるルカが、その短い手を広げて「あっこ」とルタに言うので、ルディは仕方なくルタにルカを手渡した。それなのに、「おぉちゃ、いや、あぁちゃま」とはっきりと拒絶されてしまう。テオはその根性に尊敬すらしてしまった。

「ほんと、ルカはルタが好きだよね」

「あら、ルディのことも好きよね」

ルディのやきもちに、ルタが得意そうにルカに尋ねる。それなのに父親に渡されるのかと思ったルカは相変わらず「おぉちゃ、いや」とさらにルディを追詰めてしまう。いつもはかっこいいと思っているルディのその姿が可笑しくて、それなのにちょっと可哀想で、テオはルディに話しかけていた。


「あのインコって名前って……ンコチャ? なんですか?」

「あぁ、魔女さまが『インコちゃん』って呼んでたらしいから、そのまま……なんだよね?」

ルディに尋ねられたルタが、ルカからテオに視線を移すと、その質問に答えた。

「えぇ、インコちゃんって。だからあの子自身も『インコちゃん』が名前だと思っているみたいですわ。それがどうしましたの?」

ルタに見つめられて、心臓が跳ね上がったテオは、顔が熱くなってしまった。ルディが答えるものだと思っていたのに、不意打ちを受けたような感覚だった。


 テオはルタと話すのが苦手だ。嫌いとかじゃなく、とにかく、ドキドキしてしまう。

「えっと、ルカ様…が教えて、くれさったから……そっか、インコちゃん……『ちゃん』まで名前なのですね」

緊張で不思議な言葉遣いになってしまい、さらに顔を赤くするテオを見て、ルディが笑った。

「テオ、ルカはまだ跡目でもなんでもないから、敬称はなくていいし、仲良くしてくれるだけで十分なんだよ」

 そもそも『跡目』というものでも逃げられなくなるだけで、領主としての地位はないに等しい。

「はいっ、気を付けます」

勢いよく返事をしたテオだったが、テオの中では、よく分からないことだらけになっていた。

「あの、帰ります。これ、牛乳です」

 そして、そのまま牛乳瓶をルディに押しつけて、玄関へ走って行ったテオの背を見て、ルディが面白そうにルタをからかう。


「あの子、絶対にルタが好きだよ」

「そうなのですか? まぁ、嫌われるよりは嬉しいですけど」

相変わらずのルタにルディは笑いながら「そうだね」と続けた。

「たぶん、みんなルタのことが好きだと思うけど、安易に『わたくしも』って言っちゃ駄目だからね」

そっちはルタの使う方の好きだけど。テオのもかわいい好きなんだけど。ルディは複雑な気持ちになる。とりあえず、手の届かない何かのままじゃないと、テオも可哀想な気がする。ルディから見てルタは色々危なっかしいのだ。

「そんなことはありませんわよ。だって今でも魔女は嫌われてますもの。ルカのお父さまはとても不思議なことを言う方ですね」

ルカに視線を落としたルタが嬉しそうに笑い、ルカが「あい」と返事を返し、きゃきゃと笑った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 瑞月さんが、お話の世界観をしっかりイメージされているところに、いつも感服しています。だからこそ、森の物語り(大昔の話も)、人の物語がこんなにも語れるんだなあと。 そして子供やインコなどの描…
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