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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
ルカ

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求めるものは

「わたくしだと、彼女は妬みしか言うことがないでしょうから」


 同性なんだから、気心も知れているんじゃないだろうかと、今もルディは思っていた。さらには、だからと言って、ときわの森に身を潜ませなくても、とも思っている。


「あなたはその母親の相手に専念してくださいね。もし、魔獣が現われたら対処しておきますので」


 もちろん、深部でもないし、心配はしていないのだけれど……。とりあえず、領主跡目としての対応だけをすればいいのだそうだ。くれぐれも、下手な同情も説教もするなと釘を刺された。


 赤ん坊が置かれていたのは、岩陰だった。だから、ルディもその岩に凭れながら、小さな火を熾し待っていた。火が熾り、火花が弾ける。その火に手を翳しながら、ルディは自分の外套を掻き寄せた。外套を羽織っているといっても、やはり冷え込む季節にはなってきている。


 ルタは大丈夫だろうか……。ふと森へと視線を投げるが、言わずもがな、森は静かに闇に包まれたままだった。

 行ったら、呆れられるのだろうな。


 そんなことを考えながら、ただ、時を過ごす。頭上の星は、地上の寒さなど素知らぬ顔で瞬き続ける。

 そして、おそらく母親だと思われる影が現われたのは、予想通り夜明けに向かう頃合いになってからだった。

 きょろきょろと何かを探し始めたのだ。そして、彼女と思しきその影はルディの小さな明かりに気付き、その動きを止めて、呆然とした後、思い立ったかのように踵を返した。まだ見つかっていないと思ったのかもしれない。

 ルディはルタから預かった守り袋を見遣り、逃げようとする影に声を掛けた。

「何をしているんだ?」

それは、見回りをする時の、領主跡目としてのルディの声。

 脅かすつもりは全くなかったが、ルディの声にビクンと身体を跳ねさせた影の足が止まる。

 そして、やはり、ルタが話しかけるべきだったのではなかろうか、と思った。


「こんな時間に何をしているんだ?」

今度は驚かさないように声のトーンを変える。しかし、影はなにも答えず、ただ突っ立っていた。ルディはその影に近づく。足音に振り返ったその影は、まだ十代か二十代前半の女の子で、ディアトーラで見かけたことない顔だった。それこそ、ルタの方が見た目の年齢が近いはずなのに。ルディはやはり思う。

「早くおかえり」

本当なら一人で返すことはしない。夜明けに向かうとはいえ、夜道は危険だ。彼女の持つ小さなランタンの光はあまりにも頼りない。ただ、歩き慣れているのか、彼女は別にこの闇を怖がっていないようにも思えた。


 確かに大昔に比べれば魔獣の姿が確認されることは格段に減っている。だが、いないわけではない。

 十中八九、彼女が母親なのだ。それだから、彼女を送るという言葉は出さない。彼女はここに用事があって戻ってきたのだから。もし、彼女がすべてを語り、それでも子どもを求めなければ、ルディは彼女をマンジュへ、もし、求めれば、ディアトーラへ連れ帰る。そして、母のセシルがきっと説教を始めるのだろう、とは思う。


「最近は魔獣が多いんだ。とても危険なんだよ」

伝えなければならない情報だけを伝える。あくまでも事実を。徐々にこちらの警戒を緩めながら、相手の警戒を緩めていく。味方だとは言わないが、咎めるつもりがないということを伝える。相手の立場が弱い場合によく使う常套手段。もちろん王族貴族などと言われる者にこれは通じないことが多い。そういう教育が為されているのだ。しかし『民』と言われるような者たちは意外とこれで陥落してくれる。なんだろう、赦しを請うように、己を話し出すのだ。

 あぁ、だから、同情と説教を禁止されたんだな。

 ルディは思った。

 ルディはディアトーラを護る者としての対応をすればいい。要するに、彼女が子どもを捨てるに至った経緯はどうでもよく、彼女が何者なのか、その後、彼女がディアトーラに対して害意をもたらさないかを知ることが出来れば良いのだ。

 相手がどのように受け止めるか分からない子どものことは、彼女が口を割るまで黙っておく。


「何か用があるのかい?」

どう出るか決めるのは彼女自身だが、唇を噛みしめたままの彼女にとって、それは、戻ることの出来る最後の一言になる。そして、ルディが掛ける最後の言葉なのだ。だけど、彼女のくたびれた足元を見れば。

 だけど、どこかルディは願っていた。


 御守り袋には臍の緒が入っていたらしい。

 それが彼女の犯した罪の大きさです。でも、つながりでもあるはずです。

 『罪』だと思えば、結構きついよな、とは思う。色々な事情はあったんだろうし。ルディにもルタにも、もちろん、捨てられた子にもどうでもいいような事情かもしれないし、その可能性の方が高いのだろうし。

 だけど、正論は時に切れ味の良いナイフのように、人を傷つける。でも、二度とそんな決断はして欲しくないし、そんな状況にならなければ良いなとは思う。それはルタと同じだろう。しかし、マンジュには孤児院だってあるし、街中においておくにすればここよりも『死』は遠かった。それなのに、彼女はここを選び、戻ってきた。


 くたびれた足元に、歩き慣れたと思われる道。

 あぁ、もう。

 ルディは待つのをやめた。機嫌を損ねたとしてもこの子がディアトーラを利用するとか、陥れるとか、もちろん、恨みを利用して情報を換金するとか、そんなことはまずない。

 自分の子がディアトーラに取られた、と訴えにくることはない。これは直感である。彼女の瞳の奥に光るものは、そんなに濁ったものじゃなく、もっと幼い、自分を庇いたいだけのもの。どこか、誰かに叱られたいのだ。そして、自己肯定をしたい。正論に真っ向から反抗したいだけ。

 そう、知っていて欲しいだけの、とても幼い要求。間違っているということは知っているが、それをしなければならなかった理由を吐き出して、その牙を誰かに突き立てたいのだ。


 私は間違っていない。だけど、とても辛い。間違っていない……。信じ込ませたくて信じられなくて、こんな私にした世間が悪いと牙を剥きたい。

 そして、自己を防衛する。さらには、自己中心的に助けを求めるのだ。

 だから、今ルディは世間なのだろう。自分ではない、世間。そして、自分が犯した罪を『罪』だという世間のせいにして、自分を庇うのだ。

 吐き出したい気持ちが、同情して欲しい気持ちが、自身の犯した事実に向き合わせないのだ。

 ルディは、黙りこくる彼女を見て、思ってることを吐き出させる方向へ、舵を切ろうと思った。

 棄てたことに赦しを求められたとしても、彼女を赦すべき存在はあの赤ん坊でしかないのだから。


「探し物じゃないの?」

「えっ?」

目を見開く彼女に御守り袋を見せる。その表情に確信する。

「あのさ、さっきも言ったけど、ここってとっても危険なんだよ。分かってる?」

あぁ、また父さんに冷たい視線を投げられるな。母さんに情けない顔で見られるな。

しかし、もう、どうでも良かった。そもそも、生きていて欲しかったのか、それとも死んで欲しかったのか。要らなかったのか。それだけ知れれば良い。要らないんなら、こっちが育てるだけなんだから。

「こんなところに子どもを捨てて、いったい何考えてるの? 少し考えれば分かるよね。その子がどうなるかとか。それとも殺すつもりだったの? だったら、殺人だからね、それ」

そこまで言うと、さっきまで後ろめたそうに俯いていた彼女がルディを睨めつけていた。もし、自分は関係ないと言うのであれば、もう詰め寄るつもりもなかった。


「でぃ、ディアトーラ様には分かるはずありませんっ。貧乏な国って言っても、生活に困ったことないんでしょ? 所詮、良いとこのボンボンでしょう? 分かるわけなんかないんだ。せっかく掴んだ幸せだったのに、この子のために失うなんて……だけど、お腹の中で『生きたい』って言ってるみたいだし、生んだ時はめっちゃ痛いし。生まれてみれば、よく泣くし、他の客は付かないし、こんなんじゃ生きていけないし、胸は張るし、どうしても離れられないし、気付けばまた歩き出してるし……そしたら、籠はないし、アンタがいるし……悪いことしたから、嫌われるの怖いし……でも、いないし。死んじゃうなら、それまでのなのかなとか、思ったこともあったし……でも、本気で思ってたわけじゃないのに。でも、彼しか縋れない状態だし」

そこまで一気に吐き散らした彼女の目からは涙が溢れ出ていた。それでも、ルディから目を離さない。


「あたしの子、どこ行っちゃったのっ。どうして、アンタがそれ持ってるの?」

選ばせる。それが目的だった。怒りなのか悲しみなのかよく分からない彼女を見ながら、ルディはふと思い出す。

 彼女はと言えば、吐き出した言葉を自分の中で反芻する作業が終わったのかもしれない。質問が最初に繋がる。

「アンタがそれを見つけた時は、それだけしか、なかったの?」

彼女の声は落ち着いていた。


 それに対して、なんだか結構な言われようをしたなと、ルディは苦笑いを零した。

「なんで笑うのよ」

「いや、ディアトーラに不敬罪とかあったら、相当するだろうなって思って。だって、君、僕のことディアトーラ様って言ったんだもの。その領主関係者だろうくらいは分かってるんだよね」

そして、ルディは口調を変えて続けた。領主跡目としての口調だが、最初よりも柔らかい。だけど、彼女は彼の権威にまた押し黙る。

「で、尋ねたいことがあるんだけど、いいかい?」

押し黙ったまま、目を伏せる。両極端な不思議な子だ。

「君の子は今うちにいる。ちゃんと育てるつもりだよ。返さないとは思っていないけど、どうする?」


 彼女の考える時間はルディが思っていたよりも短く、決めていたことにしては長かった。息を吸い込み、あれだけルディを睨み付けていた目を伏せ、彼女は口を開いた。


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