リディアスへ
「えっ、なんでルタと母さんは出席しないの?」
膨れたルディは父と二人でアルバート皇太子の戴冠式へ出席することに異議を唱えた。その異議にアノールは言葉を選びながら答えた。
「お前の場合、こんな儀式もあるんだと勉強になるだろう?」
言葉を選びはしたが、その答えがルタを庇いながら発せられたということにルタは気付いているのだろう。アノールはそう思い、ルタの視線から逃げるようにしてルディを見ていた。そのルディは不可解極まりない表情で、アノールが避けるルタに同意を求める。
「ルタも行きたいよね?」
「いいえ。特には。お父様の言うとおり、ルディは後々リディアスとも一人で付き合ってくことになりますでしょう?」
ルタは涼しい顔で見事なほどにルディを突き放した。おそらく、本音であろう。
「一人とは限らないと思うけど……」
戴冠式はお祭りではないのだ。楽しい場所ではない。おそらくというよりも、十中八九自分の伯父が即位することに対して、純粋に喜んでいるのは参列者の中でルディだけだろう。
親の欲目を差し引いたとしても『良い子』に育ったとは思う。しかし、やはり頼りなく見えてしまうのは、アノールの性格が悪いからなのだろうか。
もちろん、そこに招待されるだけでも栄誉だと言う者もいるが、アノールにとってはただ兄弟であるがために招待されただけの単なる儀式でしかない。そして、ルタの言うとおり、リディアスが元魔女のルタを将来招待するとは限らない。今の立ち位置は親戚としては認めても良いが、国としては認めない、なのだ。婚礼の日のアサカナの様子からもそれはよく見て取れた。しかし、戴冠式その物の雰囲気を知っておくことは、ルディにとって重要な機会でもある。
「そうね、やっぱり領主と夫人は少し役目が違うところがありますし。それに、もう親戚としてのご挨拶は済ませてきましたし」
セシルも特に出席を希望しない。セシルの場合、リディアス国王の座するあの雰囲気が苦手なのだろう。そもそも、未だにセシルはアサカナ王に身を竦めてしまうところがあるのだ。アノールがディアトーラに婿入りしたことも後ろめたいままなのだろう。
「本当は私だけが呼ばれていたんだが、ルディは連れて行くと言ってしまっているし。二人とも喜んでいたしな。お前は伯父の晴れの席に出席したくないのか?」
呼ばれているのはアノールだけだということも、大きくみれば彼らなりの思いやりとも取れるのだが、ルディはそこには気付かない。嘘を見抜く力はあるのだが、致命的なほど自分に対する人の悪意を感じにくいことがルディの特徴だ。この点で言えば、ルタはルディを補うのに丁度良い。だから、今もアノールはルタの顔を見ない。おおよそのことは気付かれているはずなのだ。
「そんなことはないけど……」
「お前は家長になるんだろう?」
詰まるところ、誰も行きたがらない戴冠式に喜んで出席しそうなのはルディだけなのだ。一応素直に育っているルディは納得いかない顔をしながらも、渋々了承の言葉を吐き出した。
「はい……分かりました」
実際、アノールはセシルの参列は構わないと思っていた。問題はルタなのだ。好奇の目に晒されることは目に見えているし、その好奇の目が良い方へ変わるとも思えない。本当はリディアスに連れてくるということすら、二の足を踏みたいくらいだったのだ。
だが、そこまですると、変なところで頑なになるルディが今度は行きたがらなくなったかもしれない。
兄アルバートや父王アサカナはルタをそんな風には見ないとは思う。ルタがリディア家に拒否されているわけではないことはなんとなく婚礼式の際に分かった。しかし、国として彼女を認めるとなると話は変わってくる。そこのところを掴みたいというのが本音である。実際アノールはそのつもりだけで戴冠式出席を決めたのだから。上手くすれば次回は『夫人共々の招待を』との言葉を戴けるかもしれない。
その言葉を戴ければ、ルディの代でもディアトーラが今までと変わらないことを認識させられる。
しかし、その他招待客となると、話は別だ。おそらく、認める拒絶以前の問題である。元々、ワインスレー地域の中で異色のディアトーラは、魔女とリディアスの畏れで成り立つと言っても過言ではない。その一つ、魔女の畏れがなくなったのだ。こちらの出方を知ろうとする憶測と色眼鏡だけで陰口をたたく。そんなことで騒ぎ立てようとも思っていないが、今は相手にするのが面倒だった。
ただ、ルディは違う。各国元首も父王のお気に入りのルディにその雰囲気を悟られないようにするだけのずる賢さはあるとは思えるが、要人達の勝手な憶測は腹に据えかねるものにしかならないだろう。
そういう雰囲気を感じるためには緊張感がすべての者に降り注ぐ戴冠式は丁度良い。
「祝賀会には出席しないから、式が終わったら合流して好きな場所で食事をしよう」
そんなアノールに使われる形になったルディへ言った言葉だったが、セシルが一番に反応した。
「まぁ、本当に。わたし、行ってみたいところがありますの」
「また突拍子もないところじゃないだろうね?」
目をキラキラさせているセシルは、突拍子がない。そして、この突拍子のなさは、ルディがしっかりと受け継いでいる。
最悪な状況かもしれない。
アノールが諦めながら彼らの次の言葉を待った。
「わたし、酒場というところに行ってみたかったの」
「僕も行ってみたいと思ってた」
すぐさまセシルの提案に乗ってきたルディにアノールは心の中で盛大に叫んだ。
だいたい、お前は酒が飲めないだろう?
「後学のために」
アノールの心中を察したのか、ルディが言葉を付け足した。さらには、本日のアノールにとって一番の打撃になるような憐れみの色を含む視線のルタが、詰めの一手を打ってきた。これはもう多勢に無勢。
「夏至も近く日も長くなっておりますし、多少の自由なら女神さまも目を瞑って下さると思いませんか?」
ルタの微笑みはその女神によく似ている。そして、微笑みの先にある誰かはルディであり、セシルであり、ディアトーラを護ってきた者たちへと向けられていることは確かだった。
「あまり目立たないような場所なら、というか私の知っている場所にしましょう。だから、勝手に盛り場に近づかないことを約束するなら……」
「本当にっ?」
ルディとセシルの声が重なる。
そして、これだけ喜ぶのならば、と気持ちが緩む。それに、ディアトーラにないものを見たいと思う気持ちは分からなくもない。
「良かったですわね」
ルタがいれば無茶なことは起こらないだろうと、思えるのがアノールには不思議だった。
そして、その後、立派な服を着たアノールとルディは戴冠式へと赴き、セシルとルタは『普段着』を用意してもらい、リディアスの首都ゴルザムを散策することにした。
セシルはまず「図書館へ向かいましょう」とルタを誘った。セシルはリディアスの王宮風図書館が気に入っているのだ。戴冠式に掛る時間と日が暮れる時間を合わせても、丁度良い時間つぶしになるのは確かだった。














