瞳の色
草を食む牛を眺めながら空を眺めた。
ふんわりとした小さな雲がいくつもある。
うろこ雲と言うらしい。明日は雨なのかもしれない。
テオはそんなことを思いながら、その間に見えるディアトーラには珍しい青い空に惹かれる。
領主様の瞳の色は春先に広がる空の青い色で、その息子であるルディ様は藍に近い海の青い瞳をしている。実は、テオも同じ青い色なのだが、テオの青は少し緑がかった色でもあった。昔話に出てくる魔女の瞳が緑色だから、時々からかわれるのだ。
もちろん、テオは魔女じゃないし、友達がテオを魔女だと思って言っている訳ではないことも知っている。だけど、やっぱり思うのだ。
どうして、真っ直ぐな青色じゃなかったのだろう。
ずっとそう思い続けてきた。
だけど、今度ルディ様が結婚される相手は魔女だったらしい。しかし、その瞳の色は夜の闇の色。
「魔女って緑色の目じゃなかったのかよ……」
ぼそっと牛に呟いてみる。
牛は草を食み続ける。なんだかからかわれ損のように思ってしまう。
雨が降れば帰れるのに……。
ふと視線を遠くへ向けた。それは、別に手を振られているのに気付いたわけではなく、ただ本当にふと、気付いただけだった。
「ルディ…さま?」
ルディの横には黒髪の女の人がいる。多分、それが元魔女のルディの奥さんになる人だ。テオは牛の首に付いているロープを木に引っかけて、そのままルディに駆け寄った。
「ルディさまは……お散歩ですか?」
いつもここを通る時よりもルディが気楽な感じがした。
「うん。テオは?」
振り返り牛の様子を見る。
「牛に草を食べさせてました」
「いつもお手伝い偉いね」
青い瞳が細められる。しかし、テオはその横にいる奥様が気になる。やっぱり黒い瞳……
「あ、彼女はルタで、この子はテオ。牛飼いの子で、本当に良い子なんだ」
紹介された奥様が微笑んだ。元魔女なのに、まるで教会の女神さまのよう……。
「こんにちは。テオ」
奥様は身をかがめ、テオに視線を合わせる。あんまりにも綺麗な瞳に顔が赤くなるのを感じた。
「こ、こんにち、あ」
うわずった声にさらに恥ずかしくなる。だけど、本当は訊きたいことがあって……。
「テオの瞳の色は綺麗な青色なのですね」
優しく響く声に、その言葉に、尋ねて良いのかな、と思ってしまった。
「あの、奥様、あの……魔女の目って緑色じゃないんですか?」
ほんの一瞬目を丸くした奥様が、すぐにクスリと笑った。
「えぇ、魔女の瞳は緑色をしていますわ。わたくしも以前は緑色でしたもの。だけど、テオの瞳の色は魔女のものではありません。その色はご両親から頂いた唯一の色ですもの」
魔女の瞳はときわの森の色。
森を深める千歳緑の色。森を生み出す木々の葉のように、色を深めていくもの。
牛が草を食んでいた。
「テオーっ」
声の方を見遣ると卵拾いを終えたクミィが三つ編みを飛ばしながら走ってきていた。そんなに走らなくても、テオはまだしばらくここで牛に草を食べさせているのに。
「聞いて〜。あたしルディ様と奥様に手を振ってもらったの。頑張ってるのねって言ってもらったのっ。あのね、あたしも奥様みたいなお嫁さんになりたい」
――きれいだったなぁ……
クミィはテオの隣に腰を下ろしながら、両手を合わせて空を見上げていた。何を見つめているのかは分からない。だけど、テオもその空を見上げた。
散歩が終わるまで、雨が降らないように祈りたくなる。
「ねぇ、なれると思う?」
キラキラ輝く茶色の瞳でクミィはテオを見つめた。
「……頑張れば?」
そんな風に言いながら、一度もテオの瞳をからかったことのないクミィならなれるんじゃないかと本気で思った。














