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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
終章

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《幕間劇》「まったく誰に似たのだか」…1


 グレーシアがリディアスの学校へ行って一年目の秋。ちょうど収穫祭があるためにルカとグレーシアがお里帰りをしていた。

 そして、クロノプス家では、再び親子におけるお家騒動が繰り広げられていた。


「絶対に認めない」

そう言うのは、ルディである。


「どうして分かって下さらないの」

そうやって、対抗しているのがグレーシアである。ただ、騒いでいるのはグレーシアだけで、口調は厳しいがルディは至って落ち着いている。ルディが凪なら、グレーシアは時化の状態だ。


「分かるも何も、絶対に許さないから」

そのやりとりを見ながら、ルタは昔を思い出していた。


 ルタがここに入る前にもこんなやりとりがあったのだろうか?

 そして、絶対に譲らない二人を、血は争えないものだな、とぼんやり眺めているのだ。

 二人とも強情ですものね……。


「だから、彼は昔の出来事とは全く関係ないでしょう?」

「その『彼』の祖父に当たる人物に問題があるんだろう?」

ルディは、紛うなき事実を述べ、嘘は言わない。確かにグレーシアの言う『彼』ことタンジーは、エリツェリのソレルの息子で、ルディにとってもルタにとってもあまり良い背景とは言い難い人物なのだ。

 ただ、……。


 良くも悪くも、グレーシアは過去に拘らない。それに、小さい頃に一度会ったこともあり、ルタもルディも、彼自身に『何か』と思っていないのは、確かだ。


「ほら、彼は関係ないのでしょう?」

「そういう問題じゃない」

もちろん、ルディは許せないのだ。いくらタミルがルディの親友であろうと、ミルタスがルタと仲良くしてようと、それとこれとは話が違う。国同士、友達同士としてくらいの距離があれば、付き合いくらいできる。彼らは奴とは違うし、仲良くしていても問題ない。

 しかし、家族としてとなれば、『好き』だからという理由だけで許すわけにはいかないのだ。


 そして、いつまで経っても同じ繰り返ししかしないグレーシアを、見限ったルディはその家族の居間から出て行ってしまった。

 グレーシアが「だったら、こんな家棄てて、駆け落ちするんだから」と、精一杯の反抗をしたが、ルディは振り向かなかった。


「母さまぁ。父さまがわたくしをいじめるのです」

ルタは困ったように、わがまま娘に微笑んだ。


「困ったものですね」

ルタも過去を思えば、もちろん、諸手を挙げて応援する気にはなれないのだが、駆け落ちも辞さないというのであれば、考えものである。グレーシアは、それを決行するだけの突拍子のなさを持っているのだから。


「兄さまは何か仰ってましたか?」

「兄さまは、何にも仰いません。だって、そもそも兄さまは恋に興味がないじゃありませんか」

ルタはグレーシアの頓珍漢な答えに、首を傾げた。そもそも、恋とは別の次元の話のはずなのだ。


「だから、きっと分からないのだと思うのです。だって、あんなにたくさんお姫様がいらっしゃるのに、どなたにも心が動かないのですよ」

「シア、兄さまに失礼ですよ。それに、ルカは優しいのです。シアに付き添って帰ってきてくれるのですから」

ルタはグレーシアを窘めながら、ルカならもっと別のことを考えているはずだろう、とルカを考えた。


 グレーシア一人で帰らせて、チョウチョを追いかけていなくなっては困る、と思っているのは、少し考えすぎのようにも思えるけれど。それはなぜかルディも同じようなことを言っていたのだけど。

 ルディの場合、『グレーシア一人で帰らせるなんて、何が起きるか分からないし、危ないよ。列車に乗って、船に乗って、また列車だよ。絶対にルカに連れて帰ってきてもらわなくちゃ』となぜかとても悲愴な顔をしていたのだけれど。


 ルカのことは、『大丈夫。ルカは帰りたいと思ったら、勝手に帰ってくるから』しか言わなかったのに、人間でしかないグレーシアの何が危ないのか、いったい何が起きるのか、ルタには今でもよく分からない。

 結局、ルカは学生の間、一度も帰ってこなかったけれど。


「……ごめんなさい……だけど、タンジー様は良いお方なのです」

「シアがそう言うのなら、良いお方なのかもしれませんけれど……」


 小さな頃の『きちんと挨拶の出来る賢そうな子』というイメージしかないルタには、判断しかねるのだ。

 それに、ルタが煮え切らない言葉を発するのは、この結婚自身にマイナスばかりが付きまとうわけではない、ということでもあるのだ。


 リディアスに取られていたエリツェリという駒を再びディアトーラの手に戻す機会だとも言える。いくら、アリサが隠居となったとしても、その繋がりは消えないだろうし、ミルタスがリディアスとの繋がりを手放すわけがないのだ。

 さらにはエリツェリにとってみても、過去を払拭できる機会となる。

 しかも、このわがまま娘が、わがままも言わずに喜んで嫁いでくれるのだから。

 要するに、ルタの問題なのだ。


 ルタがエリツェリの用意した毒を飲んだことがあるから。ルディはきっとルタのことを思っているのだろうし、国同士と考えても、嫁いだ後、グレーシアが他国からどのように思われるか分からない。

 立場としてはアノールに近いかもしれない。そこに気付かないと、……。


「母さまぁ。わたくしどうしたら良いのでしょう。このままだったら、神に身を捧げる尼さまになるしか……」

ほら、また言っていることが変わって……。しかし、グレーシアはいったいどの神様に身を捧げるつもりなのだろう。トーラがこのくらいの願いになびくとも思えないし、リディアがグレーシアを取り込んで、……良くも悪くも、食あたりくらいにしかならない気がする。

 良いところ、リリアの遊び相手ね……。

ルタは忙しく表情を変えるグレーシアの顔を見ながら、走り疲れてくたくたの娘の顔をぼんやりと想像してしまう。


「分かっていますわ。母さまが昔に酷い目に遭ったことも。だけど、どうしようもないんですもの」

「そうね。どうしようもない様子は、シアを見ているだけでよく分かりますわ」

グレーシアが涙を溜めた蒼い瞳で、ルタを見上げる。グレーシアの容姿はルディによく似ている。そして、性格も泣き虫も似ているように感じる。変わった人間であり、言い出したら聞かない。


「どうすれば良いのか分かりません……父さまが許してくれないのですもの……」

しかし、勢いに任せて家を棄ててしまう可能性はあるが、グレーシアは家族のことが好きなのだ。本当にどうすればいいのか、分からないのだろう。


「そうですわね。気持ちをぶつけてばかりで、父さまを説得できると思っていては、嫁ぎ先にも失礼ではありませんか? あなたは、そのタンジー様と共に生きるのでしょう? であれば、誰かを自分の思う方向へ説得するのも大切な仕事のうちになりましょう。話を進めるとしても、まずはそれから、ちゃんと考えてみなさい」


 ★


 こんなことになるんだったら、リディアスの学校になんてやらなければよかったと、ルディは本気で思った。そして、グレーシアの年齢を考えて、単に浮かれてるだけなんじゃないかと、その考えから逃げだそうとしていた。


「学校へ行かせてまだ一年経ってないわけだし。それにまだ十六になったばかりだし」

 本気だろうけれど、本気ではないかもしれない。

 呟いてみて、自分を落ち着かせる。


 しかし、そう思うすぐ傍で、ルディは過去の自分を思い出し、グレーシアと重ねてしまうのだ。

 ルディがルタを妻にしたいと家族を説得した時のことを。


 たとえば、この土地の弱点も歴史もすべてを知るルタがこの土地から離れて、万が一リディアスに付いた場合だとか。それこそ、世界を滅ぼす決断をした国だと知られれば、逃げ切れない。

 たとえば、魔女をすべて失った場合のディアトーラの未来だとか。ルタがこの土地においてどれだけ必要な人なのかには、リディアスも羨む程の薬のことも入っていたし、森のすべてを知る者が必要だとかも入っていた。


 今から思えば、まったく説得力のないものばかりをよく並べて恥ずかしくなかったなと思えるものばかりだ。

 もちろん、不利なことも伝えた。

 そこは、絶対にカバーするからと押し切った時は完全に呆れられていた。


 だから、ここに入った場合に起きるディアトーラへの不利を、ルタが改めて並べ始めた時には、本当にどうしようかと思ったのだ。

 そう、やっぱりルタがあの時に言ったように、あの頃のルディは血迷っていたのかもしれない。

 ただ、もしかしたら、それが功を奏していたのかもしれない。ただ、がむしゃらに欲しい未来を望んだということが、今のルディを支えているのも確かなのだから。


 だから、本当はグレーシアのことをどうこう言えるはずもないのだ。

 だけど、年若いグレーシアを思えば、ルタがどうしても嫌なら及第点じゃ、合格は出さないつもりでもある。

 ディアトーラとしての及第点は、国同士のことに気付くかどうか。


 夫婦としての合格点は、何を条件として出してくるかによる。

 もちろん、捨て台詞のように背中に浴びせられた『駆け落ち』なんてものでは、合格とは言えない。家を棄てる、そんな安易なもので、この問題は解決しない。

 そして、もし、お互いがそんな答えを強行してしまうのであれば、国を背負う者として落第なのだ。二度とディアトーラという国の名を自分のものとして使うな、くらいはグレーシアには言おうと思っている。


 大それた条件を求めているわけではないのだから。何が危険なのかを知っていれば良いだけなのだから。その危険に対して、自分がどう動くのかを定めていれば、いいのだから。


 ルディはルタが魔女として認識されないようにする、と家族に条件として出していた。

 ルタが魔女として認識されなければ、何も問題ない。簡単なようで無謀な約束だった。よくアノールも許したものだと、今なら思える。

さて、どうしたものか。


 ルタは構わないと言うのだろうけど、一応ディアトーラとしての体面っていうのもあるしな。ディアトーラはリディアスではない。目的のために、娘を嫁がせたなんて、そんな周りの勝手な空想を背負わせてエリツェリにやるわけにもいかない。かと言って、ディアトーラが簡単になんでも許す国だとも思われたくない。


 やっと『リディアス』も『魔女』もないディアトーラの基礎が固まってきたのだから、今さらリディアスを彷彿させるようなことはできない。


 だけど、シアはルタに似ているからなぁ……。

 とんでもないところから、正解を持ってきて、説得しに来そうだな。


 そう思って、うっすら笑ってしまったルディはひとり考えた。


 グレーシアはルタに似て、不器用に真面目で、真っ直ぐしか歩けない。


 そんな娘を思い、どこか楽しみにしてしまうルディがいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] グレーシアも恋するお年頃なんですね。(万感胸に迫りますね) まあ、父親によく似た爆弾娘。(笑) 父親といい娘といい、どーして無難な相手を選べないのか? 表題の「まったく誰に似たのか?」を口…
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