新しい季節
雪解けを待ち、ルディが領主に就任した。それを機に、リディアスからアイビー・リディア改め、アイビー・リディアナ一家がやってきた。 リディアを名乗って良いのは、リディアの意志を継ぐとされる国王家族直系のみだ。絶対王政であるが、それ以上に絶対神政である。その神を裏切るような次代にしてはならない。
もちろん、ディアトーラに住む者達からすれば、今のリディアの化身リリアが、リディアスの次代にそこまでの興味を持っているとは思えないのだが、アノール自身それをリディアス王家に伝えようともしない。
きっと、それで良いのだ。彼らは彼らが信じる正義でこの世界を護ろうとしているのだから。
ただ、ここに何らかの役目としてやってこられるリディアナ一家は、権威であり、力であり、束縛であるその名前から解放されてきたとも言えるのは確かだ。
今の『リディア』とは、ワインスレーでのミドルネームと同じような意味を持つ名なのだから。
だから、ルディは彼らを拒みもせず、お客様扱いもせずに、役目を言い渡した。
「ようこそいらっしゃいました。ディアトーラ領主であります、ルディ・w・クロノプスです。長旅お疲れになりましたでしょう?」
長らくリディアスでのお勤めをしていたルカにとって、その領主の歓迎も違和感と感じてしまうところもある。ただ、それと同時に、とても懐かしい気持ちにもなる。
「ルカ・クロノプスでございます。一ヶ月ほどは私がお世話、案内をさせていただくこととなりますので、よろしくお願いいたします」
ルカは、跡目でもないので、『w』は付けない。
彼らに言い渡した役目は、ディアトーラではいたって当たり前のことだった。
まず、お着替えは自分でなさること。そして、食事は家族揃って大広間で。
アイビー様は乗馬が得意だということなので、ご神木を護るという名目もある森廻りを、ルカもしくはフレドと共にする。奥方様のリリアン様はルタとセシルに付き、館内の手伝い。お子様、といってもルカよりも年上のアーモンと一つ下のディモン様はカズやテオに付く。
そんな事が述べられた。
彼らはアルバートから様々言い渡されているのだろう。大きな反発もせずに、ディアトーラ方式での生活を始めた。
そして、「グレーシアはリディアスの学校へ入学した後に、あちらに残ってらっしゃるアイナ様の様子を手紙で知らせること」と、ルタがグレーシアに言い渡した。
アイナ様だけが、リディアスの学校へ入学されており、来年卒業されるそうだ。まだ、こちらにいらっしゃるか、婚約から輿入れとなるか、解消となるか、それも決まっていないそうだ。それを言うなら、彼女の兄であるアーモン殿下は、二年前にまとまりかけていた婚約を自身で白紙に戻されている。「相手方も、私の立場あっての婚約であるからな。まだ婚約中で良かったものだ」とは、彼自身の言葉だった。
アイビー様が戴冠されないという影響は様々なところに出ており、リディアスの貴族達は大わらわだ。
「慣れれば、アーモン様とディモン様にも剣術の訓練に参加していただき、共にご神木を護る任務についていただきたいと思っております」
ルディはリディアの大樹のことを、わざわざ『ご神木』と言い換えて、彼らに伝えた。
それは、きっとアノールの言葉が関係している。
彼らが今特別な任務にあるということを強調させておきたいのだ。決して弾かれたわけではないのだと、思っていただくし、皆にも思わせておきたい。
アノールがルディに伝えた事柄はそれだけ。
そして、それを聞いた家族のうち、首を傾げたのはやはりグレーシアだけだった。
「それって、仲間はずれになったことを、分からないようにしているってことではありませんか?」
ルディもルタも、アノールもセシルもそれに対して優しく微笑む。
「シアは仲間はずれってどんなものだと思うの?」
ルディが尋ねるとグレーシアが答える。
「一緒じゃないってことですわ」
グレーシアの言葉にルタが続ける。
「一緒じゃないと仲間はずれなのですか?」
「はい」
十五歳のグレーシアは真面目に答える。しかし、グレーシアが仲間はずれに対して、敏感に反応する理由を知るルカが、一呼吸置いて続ける。
「シアの言う仲間はずれは、意地悪の仲間はずれでしょう? でも、誰も意地悪なんてしてないし、みんな彼ら家族が壊れないようにしているだけなんだよ」
あの日、グレーシアが泣いた日。ルカは自身を一生懸命考え直したのだ。ルカのせいで、悩まなくても良いグレーシアまで悩ませていたことを知った。ルカ自身はもう気にもしていなかった事柄でもある。
本当の子であれ、そうでなかれ、ルカはここで生きていくのだ、ということも分かっていた。ただ、遠慮というものがずっとつきまとっていただけで。
もし、父が望まないのなら、もし、母が望まないのなら……。
シアが望むなら……。
すべての基準がそこにあっただけで。
ルカを心配される度、優しい両親は血の繋がりのないルカだから、心配しているのだというように繋げていた。
「シアは、彼らの家族を壊したいのかい?」
アノールが優しく問うと、グレーシアが頭を振る。
「わたくしは、一緒に仲良くしていたいと思っています」
その答えを聞いたアノールが微笑み、「それでよろしく頼む」と言った。
一ヶ月経たずに、ルカの役目はほとんどなくなった。
さすが、リディアスを背負って立とうとされていただけはある。
アイビー様に至っては、ルディの補佐のようにして動けるようになっておられるし、アーモン、ディモン兄弟も朝の剣術の稽古に精を出されるようになった。
リリアン様だけが、まだ悲鳴を上げている。
「どうしましょう……お皿が勝手に手から逃げて……」
そして、割れてしまった皿を素手で拾い集めようとし、ルタとセシルに止められる。
「きゃあ、どうしましょう、お鍋が怒ってらっしゃいます」
火の番をしていたリリアンの悲鳴だ。
熱いお鍋を素手で持とうとし、やはり止められる日々。最終的にはルタとセシルが諦めた。
「お洗濯と、縫い物をしていただきたいのです。リリアン様はとても綺麗に洗濯物を干されますし、縫い目も丁寧にまっすぐ整列しておりますから」
「えぇ、分かりましたわ。お役に立てますのね」
リリアンが嬉しそうに答えられたのは、ルタもセシルも、彼女に呆れていなかったからだろう。
リリアンは人生史上初めてすることばかりで、驚いていただけなのだ。だから、彼女の立ち居振る舞い、学ぼうとする姿勢は、どれも賞賛に値した。
賞賛と言えば、彼らは一度も卑屈にならなかった。もちろん、アルバートの言は絶対で、大きかったのだろう。アイビーには新たな目標として「ご神木に会いに行く」を持っているし、リリアンは、リディアの化身の名前がリリアだと知り、ただそれだけで喜んでいるし、アーモンはここでの暮らしが気に入ったらしく、リディアスでは出来なかった町へ降りて町の人達と会話をするということ楽しんでいる。
おそらく、気持ちの向かう先を何かで紛らわせているのだ。
向かえばどうなるのか、自分たちでよく分かっているのだ。
しかし、ディモンはリディアス城へ戻ることを全く諦めていない。
「ルカはリディアス城へ戻るのか?」
ルカはディモンによく尋ねられるのだ。確かにルカはまだリディアスに戻れる席がある。ここで彼らのお世話をすることもリディアスに与えられている任務の一つなのだ。しかし、そんな時のディモンはやはり寂しそうだった。
「いや、ここで力を付けて、アキル様の元へ行く。そうだな……イワン様に認められれば、父の面目も立つのだろうな。悪いな、零してしまった」
「いえ、お役に立てて光栄です」
ルカは、静かにお辞儀をする。
そして、とうとうグレーシアがリディアスの学校へ旅立つ日が迫ってきていた。
執務室の扉の前では、ルカが戒めの懐刀を見つめている。そこに、お揃いのリボンも巻き付け、深く息を吸う。グレーシアには、一応、これも体の一部みたいなものだから、と納得してもらった。彼女にとってもこの懐刀は、思い出にあるのだろう、渋々ながら、了承してくれている。それを懐に、姿勢を正す。
扉をノックする。
「父さま」
ルカは執務室にいたルディに声を掛けた。傍にはアイビーがいたが、ルディが「少し外していただけますか?」と声を掛けてくれた。
「どうした?」
「リディアスへ戻ろうと思います」
ルディは驚かずに、「うん」と答えた。
「その後、戻ってきても構いませんか? あと三年だけあちらで国というものの勉強をしてきたいのです」
「三年で良いの?」
穏やかな微笑みすら浮かべるルディは、領主の顔だった。
「はい」
本当は、寂しいと言ったグレーシアの傍にいてあげたいという気持ちが、先行していた。だから三年。だけど、今は少し違う気もする。
「ルカ、シアのことも、ここのことも」
「違います。もし、三年経って……」
ルカは大きく息を吸い込んだ。
「帰ってきた時に認めていただけるのであれば、僕をここの跡目にしていただきたいのです」
一気に吐き出した言葉の後に、ルディがどんな言葉をルカに掛けてくれたのかは、あまり覚えていない。だけど、ルディが泣きそうな声で「ありがとう」と言ったことだけが、ルカの記憶に染みついて、ずっと離れなかった。
こちらに出てきましたリディアナ家長男アーモンに関する番外編はこちらへ
「恋する乙女は大志を抱きて歩み出す」
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