ときわの森へ…3
こんなに大勢で森を歩くことができるだなんて。こんなことができるようになるだなんて、ルディは一度も思ったことがなかった。
ルタは、リリアが道を開けてくれているからです、と言う。
確かにそうなのだろう。
アノールにセシル、ルディにルタ。そして、ルカとグレーシア。
さらに、リディアス両陛下。
八名もいる。
「ちょっとした家族旅行だよね」
全く緊張感のないルディの声に、ルタが諫める。
「調子に乗ると、魔獣が気付きますわよ」
先頭にルディとルタがいる。そして、後部はルカとアノールだ。
この中で小型魔獣とも戦えないのは、アリサとグレーシアだけなので、その二人を囲むようにして歩いている。
「シアは、もっと剣術に励むべきだったよ」
そう言うルカに、グレーシアはむすっとして、機嫌悪そうに頬を膨らませる。
「いいのです。ほら、魔獣に見つかりますわよ」
ルカは勿体ないんだよね、と思う。実際、グレーシアは才能だけはあったのだ。血が嫌いという理由だけで、練習もしなくなったけれど。
でも、グレーシアの性格上、魔獣と戦うことは出来ないのだろうなとも思う。
ただ、生きているものが好きなのだ。庭に蜂箱まで作って、蜂蜜を取るくらいに。鳥のスケッチをして、その生態を探るくらいに。テオやクミィの実家の手伝いをして、家畜と野生を考えるくらいに。
魔獣にも親がいるんだ、と泣き叫ぶくらいに。
しかし、魔獣に親子関係はない。本当はグレーシアも知っている事柄である。
魔獣は時間の狭間のどこかから生まれて、ここで時間を遂げるのだ。
だから、時間が安定していれば、魔獣は生まれない。そこが聖獣と言われるものとの違いである。
実は、魔獣よりも聖獣の方が、よく分かっていない生き物なのだ。とても長生き、そして、時に劇的な変化をするもの。
魔獣は成り立ちとしては時の遺児と同じだと、ルディは言っていた。しかし、時の遺児と違い、魔獣は欲望だけしか残していない。
いつも腹を減らしている。満たされないのだ。だから、葬ってあげないとね……とルディが悲しそうにルカに伝えたことがある。
だけど、ルディは襲ってこない魔獣を積極的に仕留めようとしない。
本当は、グレーシアみたいなところがあるのだろうな、とルカは思っている。
アリサの一番近くを歩くセシルが気遣った。
「アリサ様、お疲れではありませんか?」
「大丈夫よ。こちらこそ、御面倒をおかけしますね」
それに続き、アノールも「お疲れになりましたら、いつでも仰って下さい」と続けた。
「大丈夫だ。アリサはそんなに弱く出来ておらぬ」
アルバートがそのやりとりに加わると、アリサが「酷い夫でしょう?」と皆に同意を求めた。
森はそんな一族を優しく導いているだけだった。
鬱蒼とした獣道を抜けきると、拓けた場所に出る。そして、それは佇んでいる。
セシルとルディ、そしてルカは苦い過去を思い出し、苦笑いを浮かべてしまう場所でもある。
ルタは、様々な出会いがあった場所に、優しい微笑みを浮かべる。
そして、アノール、アルバート、アリサがその大樹を仰ぎ見て感嘆の息を吐く。
とても立派だった。
いや、立派と言って良いのだろうか。雄大である、と表現すべきなのだろうか。天を支えるがごとく枝葉を伸ばし、生命が深まったような緑の葉が、太陽の光を大地に零している。
幹は節くれ立ち、時の重さを感じさせ、大地を掴むその根は、何ものにも揺るがないように思えた。
しばらくの間、誰も言葉を発せなかった。
「母さま、わたくし、この方を知っていますわ」
その声は、つとと歩を進めたグレーシアのものだった。
「父さま、わたくし、知っていますの。だって、小さな頃にずっと傍にいて下さっていましたから。色々なことを教えてくださっていましたから」
グレーシアがその幹に触れると、その葉がざわめいた。優しい音が聞こえる。ルタはその音を聞いて、どこか荷物を下ろしたような、緊張感が解れるような気持ちになった。そして、ルディがグレーシアに尋ねた。
「シアはリリア様に会ったことがあるの?」
「いいえ、でも……小さい頃、たぶん」
ルカがグレーシアを庇うようにして、続ける。
「たぶん、僕も。ずっと、小さい頃に、森は危険だって教えてくれていた気がするし、あの時、傍にいてくれたと思う」
そんなふたりの子どもに、ルタが微笑む。きっと、ずっと見守ってくれていたのだろう。初めは納得出来なかったのだとしても、ルタが大切にしている者を知って。
リリアもちゃんと『お母さん』になったのだろう。
「リリア、お約束を果たしに来ましたわ。わたくしの大切な者たちでございます。どうか、この御世が尽きるまで、彼らを御守りくださいませ」
その声に応えるようにして、風が森を通り抜けていった。
『ときわの森へ』【了】














