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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
ふたりだから

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あなたとワルツを…2


 リディアス国王より、労いの言葉が述べられる。

 静かな広間に朗々と響く声。

 金粉をまぶした空間に馴染むように、広がり続け。

 この世の栄華を謳うため。

 共にあらんと、言葉を重ね。

 喝采の後に開く花のように、弦楽団がワルツの弦を弾く。

 音が、人々を繋いでいく。



 いつまで経っても王子様は現れない。グレーシアだってちゃんとお姫様みたいなのに。お腹もいっぱい。噴水も見てきた。ほんの少し眠い。たまに金平糖の袋を覗き込む。まだ色々な色がある。色を数える。

 ももいろ、きいろ、みずいろ、しろいろ。あ、きみどり、みっけ。


 もう一度、王子様を探してみる。 

 子どものタンジーさまがいればよかったのに。きっとシアのおうじさまになってくれたのに。


 だけど、お行儀良くしておかなくちゃ。母さまも父さまも、まだお仕事中。そんな風に思うのは、「良い子ね」と褒められたいからだ。良い子にしていれば王子様もきっと。

 大人達が、クルクル踊る姿をつまらなさそうに見ていたグレーシアに、ルカが声を掛けた。


「グレーシア姫、私でよければお手をどうぞ」

グレーシアの表情がぱぁっと明るくなった。兄さま、大好き。その顔にはそんな言葉が書かれてある。

「にいさま、おうじさまね。はい、おてをあげます」

ルカに手を取られ、ぴょんと椅子から飛び降りたグレーシアが、きらきらの中へルカを連れて行く。



 リディアス両陛下より賜る労いを聴き終わり、ルディとルタが一息ついた時、会場が三拍子に満たされた。

 宴もたけなわといったところだろう。

 ルディは華やかに流れるワルツの中、ひとりうまく踊れなかった、先刻を思い出す。


 ルタが表情の暗いルディを見つめる。

 ルカやグレーシアの前で笑えていたから、もう大丈夫だと思っていたのに。

 さっきまでつつがなく挨拶もしていたから、もう気にしていないと思っていたのに。


 ルタには、思っていることを全部言って良いと言ったくせに……。


 ルディは気持ちを偽ることはない。領主跡目として、父として、夫として、単なるルディとして、彼は全てを正直に演じてしまう。分かりやすいのに、頑固である。


 だから、単なるルディをルタは護ろうと思っている。全ての始点であるところ。ルタが一番分からない彼。だけど、彼はいつもここに戻り、道を決める。歩き出す。


 その視線に気付いたルディが、力なく笑う。

「大丈夫。ちゃんと周りも見えてるから」

 彼にとってよほどのことだったのだろう、ルタが魔女扱いされたということは。とんでもない勘違いに陥るほどの。


 そして、今のルディは、自分の中に生まれてしまう不安をどうすればいいのか、分からなくなっているのもある。

 ルディのしくじりではあった。しかし、謝って終わる話でもないし、申し訳ないと言えば、許してくれるだろうルタに甘えているような気がする。それでは、いけない。


 ルディがそんなことを考えている一方で、ルタはルディが賊の頭を助けたかった理由を聞いて、まったくルディらしいな、思っていた。


 ルディはずっとルディだ。そんな彼だから、ルタは安心して、傍にいられる。

 まさか、本当に逆立ちしたような勘違いをして現れるとは思ってもみなかったけれど。


「心配していませんわ」

「うん」


 ルディの声は、ただ溜息のように落とされただけのもので、ルタの返事を期待したものではないようだった。

 だけど、人間としてのルタをずっと護ってくれているのは、ルディである。


 全体を客観的に見ていたルタにとって、あの時のルディの失態は、それほど大した物ではないのだ。

 もし、ルディがアルバートを脅迫していたとしても、アルバートは「冗談だ、真に受けるな」と矛先を下ろしたはずだから。アルバートはルディの出方を知りたかっただけに思えたのだ。


 あの時、ルタが護りたかったのは、今から未来の彼らの関係性。今ではない。

 だから、ルタは、視線を落としたままのルディに前を向くように伝えた。


「皆さま、お綺麗ですわね。とても輝いて見えます」

(あで)やかな衣装に身を包み、いつもと違うそんな時を過ごす。本日は無礼講。誰もが慰労を履き違えずに、振る舞っている。


「そうだね」

ルディの視線の先には、やはり一張羅に身を包んだ功績者がある。そして、ルディも難しい交渉先の扉を開いてきたのだ。何も卑下する必要がない。


「ルディもちゃんと輝いて見えますわよ」

そして、笑う。ルディは護らなくても良いような者を護ろうとする癖があるのだ。

 そんな者を護ろうとするから、おかしくなる。

 ルディが護らなければならないものは、ディアトーラであり、民であり、家族であり、決して魔女ではない。


「わたくしたちも踊りますか? それに、人質に取られた『魔女』のわたくしがあの中に入るのも一興でございましょう」


 だから、ルタは遠くを見ながら、おかしなことをしようと思ったのだ。限りある時間だから、自由に踊っても構わないように思えた。

 ルディを見ていると、そんな風に思える。


「ルタ?」

「いつまでも、そんな風に身を縮めておられるのであれば、わたくしは、魔女にならざるをえませんわ。いつリディアスに召し捕られるか分かりませんもの」

その言葉に焦りを感じ始めたルディに、クスリと笑ったルタが少し高圧的に言葉を扱う。


「魔女と共にでも、この世界を生きていく覚悟は、もちろんありますわよね? であれば、ワルツに誘ってはいただけませんか? 異国の扉を開けるという、偉業を果たされたルディ・クロノプス様。あなたにはその資格があるはずです」

不敵な笑みを浮かべたまま、ルタが手を取れと、その手を差し出す。


「魔女とは踊れませんか? 力を持つことが怖いのですか? 全てをその手に収められるのですよ」

ラルーが人間に与える言葉は、いつも未来だ。過去に何があったのかなど、考えない。なぜなら、人間は過去を変えることなど、出来ないのだから。そして、そんな過去など、トーラを持つ魔女にとっては、何も意味をなさない。

 しかし、ルタは過去を考え、今を進める。ルディの過去を未来へ進める。


「そして、望みなさい。過ぎ去った過去など、全部なかったことにしてあげましょう」

冗談だと分かっていても、言葉に出せば、風の子がその言葉を魔女に届けてしまうかもしれない。現実のものになってしまうかもしれない。ルタの望みなら、トーラ(ワカバ)が叶えるかもしれない。


「取り乱したのは、反省してる。もう少しでルタを魔女にしてたかもしれないことも分かってる。でも、分かったから、自分のことを魔女だなんて言わないで。何が起きても魔女の力なんか望まないから。それに、……表に立つのは、僕だからね」


少しだけ表情を緩めたルタが、ゆっくりと瞬きをした。まるで、夢から醒めるような、そんな仕草だ。しかし、ルディはそれに気付かず、言葉を続ける。

 続けなければならないことだった。


「求めても仕方のないことは、求めるなってことでしょう? 分かってるよ」


 失敗したことも。いつまでも落ち込んでいても仕方ないことも。もっと、力が欲しいと願っても、もっと頑張らなければと、奮起しても。

 人間であれば、今を受け止め、前を向いて歩くしかできない。


「分かってるから……だから、魔女に戻るなんて、許さない。何があっても、僕はルタの手しか取らない」

ルディが真っ直ぐにルタを見つめる。澱みのない、とても綺麗な蒼。太陽すら呑み込んでしまう、海のように深い蒼い瞳が、ルタに注がれていた。

 進む道が見えたルディは、頑固だ。ルタがクスリと笑った。


「だったら、ラルーではなく、ルタに戻してくださいませ。そして、奪い返してくださいませ。お約束でしたでしょう?」


 無邪気な顔でルタの口から落とされたその言葉に、「ルタはずるいよ」と言葉を返し、ルディが、胸に手を当てた。そして、ルタにはっきりと申し込む。


「ディアトーラ領主跡目代理を務めあげられましたルタ・クロノプス様、誠にお疲れ様でございます。後は、私めにお任せくださり、一曲お付き合いお願いできますでしょうか?」

そして、ルディはルタに手を差し伸べ、綺麗にお辞儀する。そして、ドレスを広げ、その身を低くしたルタが優雅にルディの申し入れを受け入れる。


「謹んでお受け致します。功績を挙げられ、無事にディアトーラ領主跡目に戻られるルディ・クロノプス様。お疲れ様でございました。どうぞ、これからもディアトーラのためにお努めください」

ルディの手を取ったルタに、ルディはやっと胸を撫で下ろすと、ふたりは自然と微笑み合っていた。


「ルタ、いつもありがとう」

「わたくしがルディに感謝しているのですよ。あなたがわたくしを護ってくださっているから、ルタでいられるのですから」

譲らない二人が手を取り合い、ワルツに入る。


 体を寄せ合い、拍を取る。相手に合わせて、リードして。

 気遣いながら、ワルツに揺れる。

 黄金(こがね)の花片は水面(みなも)に揺蕩う


 風を受ければ、その()を進め

 三拍子の波に黄金がはためく。

 笑顔を受けて漕ぎ出す船は、海を割って道をつくる。


 音に合わせて、世界に揺られ。

 信じたその手を、離さずに。


「見て、ルタ」

「あら」


視線の先に、微笑ましい未来(ふたり)が見えた。



 会場の上から広間を見下ろせば、ドレスが開いたり閉じたりするその様子は、花のように見える。煌びやかな花が音に合わせて、開く。花を支えるのは、支柱である。


 大きな花が倒れぬように、支柱もまた力を付けて歩んでいく。

 自由に踊っているようで、音に合わせて足並みを揃える。


「アリサよ、私達も踊りたいものだな」

「もう少し我慢致しましょう。大役を果たされた皆さまが楽しまれておりますから」


アルバートとアリサが、再会を祝う彼らの嬉しそうな笑顔を見つめ、肩の荷を降ろすように微笑んだ。



「ふたりだから」【了】

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