勝ち鬨は誰の手に…3
やはり、食えぬ男に育っているではないか。まるでアノールのようではないか。腹の底を隠そうとするではないか。
ルディの報告を聞いてアルバートは思った。
確かにこちらが求めていた万事は、すべて滞りなく進んだ、という報告で間違いない。しかし、聞き及んでいる限りの報告すらしないのだ。
色々あっただろう?
どうせ、こちらからの質問の答えを準備して待っているだけなのだろう? 口を滑らせないために、構えておるではないか。
アルバートは隣に座るアリサをちらりと見遣る。しかし、彼女はどうあってもアルバートと目を合わす気がないらしい。まるで、よく見てみなさい、と言っているようにも思える。
可愛い甥っ子は片膝を付き、頭を垂れたままアルバートの言葉を待っている。
「ご苦労であった」
しかし、言っておくが、まだお前に言いくるめられるほど耄碌しておらぬからな。そんな意味を言葉に込めて放り投げたかったのだ。だけど、だから、当たり障りのない部分で、アルバートは彼を試す。
「使者服はどうしたのだ? 皆、返しておるのだがな」
「あぁ、あれは……」
思いもよらなかった質問に、僅かに視線を泳がせたルディは静かに言葉を探していた。
「あれは、海賊にくれてやったのです。命乞いのために……」
その事実が違う。もし、ここにルタがいれば、おそらくルディの頭をそのままその床に押しつけていただろう。
あれだけ、嘘はいけませんと言いましたでしょう?
「違うであろう? 友好の証としてその賊に与えたのであろう?」
実はそれも違う。最近沖で出没する変な海賊について心当たりはないかと尋ねられ、ズッカという商人が笑いながら、真実を語っていたのだ。心の広い方ですよね、と笑い事にされていたのだが、あれは、ルディが好みに合わないからという理由で惜しげもなく、賊に与えたのだそうだ。
おそらく、本当のことだろう。海賊に襲われて、命乞いするまでもなく頭を追詰めた。追詰めた後に、頭が羨ましがった使者服をやったらしい。ルディは『こんなの欲しいの?』と言ったそうだ。
ルディ個人に対して言いたいことはあるが、一番不可解なことは一つだ。
なぜ仲良くなるのだ?
アルバートは不思議で仕方がなかった。
「えっと……友好というか、同じ使者服を着ている者がいれば、助けてやって欲しいと、命乞いを……」
おそらく、それも言ったことではあるのだろう。これは、信頼されていないと考えても良いのだろうか。どれだけ伯父を信頼していないというのだろう。
「その賊が、沖でお前の船は『蛇』か『波』かと訊いておるらしい」
どうして、海賊のことばかり聞くのだろうと、ルディがたじろぐが、アルバートは構わずに続けた。
「いったいどういうことか?」
「……善意……かと…少なくとも、悪意は無いと……」
本当にルディはあの魔女といい、この賊といい、……そこまで思い、アルバートは少し怒気を鎮めた。力を付け始めているから警戒はしていたが、アリサの言うとおり、ルディはまだまだ可愛い甥っ子ではあるようだ。
報告内容だけであれば、ルディが言った通りで構わない。引っかかりが一つあるくらいだが、別にそれでルディを責め立てようとは思っていない。
そもそも、今回の海の外への外交は、どの者も成功を収めなくても良いと思っていたのだ。取り返しの付かない失敗さえなければ、いい。どのような国なのか、それを実感として感じ、それを報告してくれるだけで良かった。
言ってみれば、無事に帰ってくることが最大の任務だ。
だが、ルディの持ち帰ったそれは、アルバートが思っていた以上であり、今後ディアトーラがリディアスに対して交渉するために必要な石でもあるのだ。それなのに、ルディがそれを使ってこない。
今だって、この程度のことなら、その頭を使えばいい。わざわざ、気付かせようとしているのに。
アノールの言葉を真に受ければ『馬鹿だから』に繋がるが、アルバートはその真実も掴んでおきたいのだ。
アルバートは馬鹿ではない。何も知らない国へ、これからも使えるだろう彼らを使者として送ったわけでもない。
フローロア元首はあちらの大陸で言えば、アルバートと同じくらいの影響を持つ者であるということも知っていた。外交を担う彼の兄がその鍵を握っていることも知っていた。
だが、今のリディアスには、そのキーマンを落とせる者がいなかったのだ。
その扉をルディは開いた。
どうして、そこをもっと前面に出さないのか。なぜ、求めないのか。今のリディアスでは落とせなかったのだろう?くらい言えぬのか。
ルディを見ていると歯がゆくなるのは確かだ。そして、アルバートは次代を見つめ、その考えに至らないで欲しいと思ってもいるし、気付いていて欲しいとも思う。実際矛盾しているのだ。
例え気付いていても、それをディアトーラのために使おうとして欲しくない。
ルタなら、これを次手の材料として、上手く使うのだろう。ルディが使われることもあるかもしれない。ルディが染まることもあるだろう。
アルバートの心中を全く知らない当の本人ルディは、今も賊を庇おうとする。
「……これからリディアスという、恐ろしい国が海に出てくるから、リディアスが掲げる『蛇』の模様が描かれていれば、その服を着て逃げた方が良いことを、伝えました……アイアイアの掲げる『波』はそのまま逃がしてあげて欲しいとも伝えています」
アルバートは、アリサの言葉を思い浮かべた。そのアリサは鬼の首を取ったかのように、笑いを堪えるのに必死のようだ。
あのふたりは、確かにふたりであるから恐ろしい者たちでございます。しかし、陛下。あのふたりの求めるものと我らが求めるものは、全く違うようですわ。
恐るるに足りない、が今の印象でございましょう。
「だから、あの賊というか、彼は良い人なのです。使者服も喜んで着ておりましたし、リディアスの航海に邪魔にはならないかと……僕が着るよりもずっと服も喜んでいると……奪われたわけではないので」
今回の交易の件とは関係ないことなので、今回は討ち取らないであげてください。その顔にはそう書いてあった。
「ルディ、お前は本当に馬鹿だな。アノールが『馬鹿息子』と言い続ける気持ちが分かったよ」
賊を言いくるめて、こちらに味方させたくらい言えよ。実際、お前がその賊の頭に勝利して勝ち取った信頼だ。少しくらい大きく出ても、誰も何も言わないんだからな。
自分の言うことなら聞くはずだくらい、大きく出てみろ。
使者服くらいでケチは付けぬわ。
『嘘』と『はったり』は違うのだから。
急に伯父然としたアルバートにきょとんとしたルディが、今度はアリサの言葉に耳を傾ける。
「ルディ、皆あなたの噂が風に流れる度に、心配しておりましたのよ。そして、あなたは私達の期待に応えたのです。それを踏まえて、アルバートの最後のお尋ねにお答えなさい」
アリサの言葉の後、アルバートが咳払いをした。
「最後に尋ねよう。フローロアの外交官が出した条件である『ルディ・w・クロノプスが関わっている間のみ、交易を許可する』の一文についてだが」
僅かに納得いかない表情を見せたルディではあったが、待っていたかのように答えた。
「それは、彼の国の意志でございます。会って話したこともない者は信用できぬと」
「では、お前の意見を述べてみよ」
アルバートがルディを見下ろす。ルディは頭を垂れたまま、答えた。
「最大の譲歩であると私は考えておりますが、本質は『裏切りを許さぬ』というところにあるのでしょう。信頼を大切にされておりました故に。ですので、こちらが信頼を尽くせば、相手は必ずリディアスに門を開いてくださいましょう」
「そうか。では、しばらくはお前にも手伝ってもらうが、扉さえ開くことが出来れば、後はこちらで対応していく。それで良いな」
「承知致しました」
頭を下げたままのルディには、もちろん見えていないが、アルバートの表情はとても柔らかい。むしろ呆れているとも言える。アリサが持ち上げても乗ってこず、驕ろうとしない甥。
「恐れながら陛下」
話を終えようとしたアルバートにルディが食い下がったのだ。そして、伸ばされた掌の上には紙包みがある。
『銀の剣の意味をはき違えるな。
彼女を『魔女』として扱うこと許すまじ。魔女としての彼女は『化け物』である。彼女を決して化け物に戻してはならぬ』
ルディの声に、ふと、先王アサカナの言葉が甦った。どうしてかは分からない。
「檸檬の種です。この花を咲かせることが、フローロア国王の印象を大きく変えるものと存じます。どうぞお納めください」
その言葉に、アルバートが「お前は本当に馬鹿だ」と心の内で笑っていたことに、ルディは気付くはずもない。
「聞き留めておこう。今宵はこの戴冠記念に関わった者を労る慰労会である。ルディ、お前も存分に楽しむと良い」
その言葉に、ルディがぽかんとアルバートを眺めた。
「えっ、だから、こんなに格式張った服なの……でしたか?」
慌てて取り繕うが、アルバート自身が既に伯父の顔になっていたため、ルディの気持ちも緩んでしまったのだろう。アルバートを眺めるルディの表情から緊張が抜けている。
「そうだ。だから、帰りが一番遅いお前を拉致して、真っ直ぐここに連れてきたのだ。タミルなど、半年も前に帰っておったのに、仲良くなるのも良いが、たいがいにしておけよ」
アルバートがにやりと笑い、手を打った。
衛兵の声が扉の外から聞こえた。














