ルカとロアン…2
創立で百五十年の石造りの校舎は、すこし現代に寄り添い、窓ガラスが嵌められており、天井では風を送るための羽根が回っている。動力は電気というものらしい。雷と同じ力を国立研究所では百年前から当たり前のように使われていたそうだが、リディアス国内となると、百年前に夜を照らすためだけの小さな電気があったくらいだそうだ。
そして、一般に広く扱われ始めたのはこの十年くらい。リディアスは不思議な国だった。国民に知識を与えないだけなのかと思っていたら、城の中や王族で使われ始めた時期も十年程前かららしいのだ。
全てはリディア神の思し召し通りに。
祖父がリディアスとはそういうものだと言っていたことを思い出す。
きっと、だからそのすべての佇まいは荘厳とした物に見える。学校の方針も同じようにリディア神のためにあるのかもしれない。
優秀な者には機会を。
父がリディアスを嫌いではないという理由は、きっとここだろう。王族であっても人間である限り、国民と同じものしか享受しない。求められる者が求め、追求する。祖父が研究所内を『異界』という理由にも頷けるようになった。見てみたい気もする。だけど、怖い気もする。
この学校で学ぶ数パーセントにも満たない学生が、いつかその『異界』へ進む。
だから、ここでの身分は皆が同じになる。昔は本当にそんな風だったのかもしれないけれど、今の実際はそうでもなかった。きっと数パーセントの学生以外は、異界ではなく、今のこの世界を見ている。だから、地味に序列を作り、媚びへつらう者さえいる。おそらく、ルカもこちら側にいるべき人間だ。
ただ、こんなのなら、ディアトーラの学校の方が絶対に健全。ルカはそう思いながら、始業のベルを待った。
ルカの学校生活はいたって静かなものだった。静かにしていれば、誰も寄ってこないし、何もしてこない。だから、ルカは観察をするに留めている。将来もしかしたら、関わるかもしれない学友達。
そんな七ヶ月。授業を聞き、食事をし、時々気分転換に校庭や校舎裏を歩きに行く。
ルカはずっとひとりだ。入学当初は好奇心から近づいてくる子もいたが、面白くなかったのだろう。今は誰も近づいてこない。
仲間に入ろうとして、外される学友の存在は見られるが、ルディが通っていた頃に比べると、学校内は静かなものだった。同じクラスにはロアンのように急に話しかけてくる者もおらず、たまに、無視されているのかなぁと思うこともあるが、ルカ自身それもあまり気にならなかった。
どちらかと言えば、丁度良い。
また、ベルタのように無邪気な者もいない。みんな何か腹に含めて生きている。
だから、たまに密やかに囁かれる言葉だけが怖いけれど。
『ルカ・クロノプスって、魔女の子なんだよな』
『ほら、聞こえたら大変だよ。あの子リディアス城に住んでるんだから』
確かにそう聞こえる。
母ルタの子である限り、それは肯定すべきことである。しかし、だから、あの時、母は何も言えなかったのかもしれない。
別に魔女の子でも構わない。
だけど、そう言われていると母が知れば、きっと悲しむ。ルカが否定しても肯定しても悲しむ。
答えの分からないルカは、だから、積極的に友達を作らない。
『ルカもきっと魔女だから何をするか分からない』と怖がられている分には、別にどうでも良いのだ。
そして、思い出した。
ロアンが言った星のこと。
太陽に近づきすぎないように、呑み込まれないように距離を保つもの。
英雄なんかじゃない。勝てないことが分かっているから、呑まれることを怖がっているだけだ。
臆病なのだ。
そのロアンが星の話をしてからさらに一ヶ月が経った。
リディアスは冬だというのに、暖かい。雪も降らない。ロアンとルカは図書室で一緒に過ごす以外にも、話をすることが多くなっていた。
話題はもっぱら、妹についてという、相変わらずとても不思議なものだけど。
ロアンはディアトーラや魔女に興味を持つことはない。ロアンの興味はグレーシアが送りつけてくる絵を見ることだけで、それが何よりも面白いようだった。
「君の妹は、天才だね。この絵など、君そっくりじゃないか」
ロアン以外が言えば、なんとなく嫌みにも聞こえそうだが、ロアンが言うと、なぜか嫌みには聞こえない。
博愛主義って、すごいものなのだな、とルカはロアンを感心するくらいになっていた。
そして、ロアンの父リカルドが戻り、久し振りにシルビア様ご家族が揃われるということで、小さな慰労会が開催された。ルカもそこに招待され、しばし家族を思い出す。ディアトーラに残っている母と妹。筆が進まず、一度も返事が書けないふたり。これじゃあ、父との約束は守れているとは言えない。
そもそも、ルカはあのふたりの何を護れば良いのだろう……。
ロアンの話題に上がっていた妹二人は姦しくお喋りをしていた。シアもよくお喋りをする。舌っ足らずなシアも、もう少しすればこんな風に逞しく喋り始めるのだろうか。
そして、その二人によく似た雰囲気のシルビア様は、ルカに優しく声を掛けた。
「ロアンと仲良くしてくださって嬉しいわ」
「こちらこそ、仲良くしてくださり嬉しく思っております」
シルビアはやはり優しく微笑んだ。なんとなく、その微笑みはロアンのためにあるのだろうな、と思った。
彼の父、リカルドはロアンによく似た雰囲気を持っているが、どこか違うと思えた。どこが違うのか。
ロアンはふわっとしている。どこか地に足を付けたくないような。
しかし、リカルドには明確な道があるようだ。その道を踏みしめている。それはどこか、父に似ていると思えた。父、ルディは何かのために進んでいる。すべてに優しいわけではない。
「ルカ殿と言ったな」
「はい」
「父上も無事に帰ってくるよ」
「ありがたいお言葉にございます」
目を細めたリカルドは、食事の終わりにルカに言った。
『ルカとロアン』【了】














