ルカとロアン…1
ロアンと知り合ったのは図書宮殿の中だった。
「君がルカ・クロノプスだね?」
彼は物腰優しく、ルカを尋ねた。
ロアンはアルバート様とアリサ様の娘シルビア様の息子であり、ルカの三年上の先輩に当る人物である。彼の父親はリカルドといい、ルディと同じく海外出張中であった。ただ、この時のルカは、アリサ様か、アルバート様の差し金か、くらいしか思えなかったのも事実だ。
「先生がね、君に伝えて欲しいって言っててさ」
「先生が?」
そう、と言いながら、ロアンはふわっとルカの隣へ座った。
「モーリシャス先生って知ってる?」
「名前は……」
天文学の先生だ。
「良かった。その先生がね、君に第二図書使用許可を出すって言っててさ」
第二図書といえば、博士号を持った者が読める文献である。それが、どうしてか分からなくて、ルカは首を傾げた。
「不思議でしょう? 僕もよく分からない」
ロアンはゆっくりとお喋りを続ける。まるで、水に揺蕩う水草のようだった。
ロアンにも二人妹がいる。彼はそんな話もルカにしはじめた。二人ともシアよりも大きいようだが、本当によく分からない、という点で話が合った。ロアンの妹は、ドレスの裾のフリルが気にくわない、と学校へ行くことを拒むのだそうだ。
「うちは、そんなことはないですね……まだ五歳ですし」
「姫君はいつかそうなるものさ。みんな、どこかよく分からない。うちの妹はふたりとも本当に小もないことで拗ねるから」
そして、グレーシアを思い浮かべた。
あの子は、変だけど、そんな拗ね方はしないかな?
ただ、ロアンにはそれは伝えず愛想笑いだけしておいた。
グレーシアはなぜかルカの頭にリボンを付けたがるのだ。この間は「おりぼんかわいいのですよ」と母に文字を添えてもらい、リボンを付けたルカを絵に描いてきたのだ。どう返事を書けばいいのか分からず、放ったままになっている。
「君の妹は変わった趣味を持っているのだね」
「リボンが好きなんです、シアは。だからみんな喜ぶと思っているみたいで」
「ふーん。あ、そうそう、第二図書の鍵は図書司書長のマーガレットさんに言えばもらえるそうだ。入る時は僕も誘ってくれたまえ」
そう言って、ロアンはまたふわっと去って行った。
何が目的かと思っていたが、そういうことか。
そんな風に思い、ルカは読んでいた途中の本に視線を戻した。
次にロアンに出会ったのは、移動教室の時だった。
ロアンは進学した上級生だから棟が違う。だから、そんなことでもない限り出会わないのだが、彼は相変わらずふわっとしながら、廊下を歩いていた。そして、歌うようにルカに声を掛けてきた。
「やぁ、元気かい?」
「えぇ、おかげさまで」
「誘ってくれという約束は忘れてしまったのかい?」
「あ、いえ」
冗談かと思っていたのだ。
「あぁ、そうか。君と僕では誘う方法がないのだね。そうだなぁ、今は思いつかない。考えておくよ」
とても不思議な人だった。
しばらくロアンとは会わなかった。だが、意外なところでロアンの名前が上がってきた。
「最近、ルカはロアンと仲良くしているそうですね」
ルカにとっては寝耳に水という気はしたが、相手がアリサ様だったため、大きく否定することはなかった。
「仲良くと言いますか……」
「一方的なのでしょう?」
アリサ様が微笑んだ。ロアンは博愛主義らしい。誰にでも優しくできるのだそうだ。
「父さまみたいな方なのですね」
ルカの言葉に、アリサ様が「ルディとは少し違うと思いますよ」と微笑んだ。
「気持ちの優しい子なので、仲良くしてやってくれると私も嬉しいのです。連絡ならば、アンを使えば良いわ」
まさか、アリサ様を使うなんて……博愛主義とはなんて図々しいのだろうと思った。
アリサの言葉に面食らってしまったルカだが、こうなると誘わないという方が失礼になる。
アンはルカがリディアスに来てから傍にいてくれる侍女である。アンはよくルカに話しかける、元気な人だった。
ディアトーラには侍女なんて存在しないので、そういうものか、と思っていたのだが、実はかなり変わった侍女らしい。
「では、ルカ様、今日は帰りに図書宮殿の第二図書室へ向かわれるのですね。ロアン様にも伝えておきます」
「……はい」
実はあまり気乗りしない。
第二図書室は殺風景な場所だった。
それこそ、本しかない。
リディアスの首都であるゴルザムの市民に開放されている第一図書室は豪華絢爛なのに比べ、本棚と木の机、椅子があるだけだった。それでも、充満する本の匂いと、そこに漂う木の鄙びた匂いは、ルカの心を落ち着かせてくれる。
過去を知る。
魔女の過去やリディアスの過去。ディアトーラの過去や、世界の過去。
大地の下にある目に見えないものが出てくる度に覆される、過去と矛盾。
最初に広げた20㎝程の厚さはあろうかと思えるものは、流石に理解できなかったけれど。
ただ、色々なもののルーツを知ることで、安心を求めた。
「やぁ、今日は、ありがとう」
幽霊のようにロアンが現れた。
この人、意外と気配がないんだよな……。父さまや母さまは意識的に気配を隠すけれど、この人は、そもそもの気配がない。そんなことを思いながら、ふわふわのロアンをルカは見上げていた。
「いいえ。ロアン様は何をお探しなのですか?」
「ロアンでいいよ。君はディアトーラの王族だろう? 僕に気を使う必要などないさ」
ロアンの言葉にルカが静かに答えた。
「ディアトーラは、王族という概念を持っていませんから……」
「そうかい、でもロアンでいいよ。僕は星に興味があってね」
そう言うと、ロアンは本棚からするりと一冊の本を取り出した。
最初はあれだけ鏤められた星がどうして落ちてこないのかが不思議で、空に縫い付けられているのかと思っていたんだ。だけど、あれらは、自分の力で同じ位置を保とうとしているそうだ。
太陽があるだろう?
あれが星を引っ張り続けている。呑み込まれれば、消滅さ。
だから、目に見える星は、全部英雄なのだよ。
「国も君も星と同じなのだろうな、と思える」
思い出したようにしゃべり出す、それこそ、流れ星のようなロアンから、ポツポツと語られたことをまとめると、こうなった。














