ルディの学友…1
リディアスのカナリア通り。五爵と呼ばれる、そんな位の高い貴族が仮住まいする場所としての昔の名残りで、老舗と呼ばれる貴族御用達の高級志向の店舗が並んでいることが特徴だ。要するに、庶民の味方はスパロウ通り、カナリア通りは勝負をかけて奮発したい時。
彼の名前はモーリシャス。学生の頃は「モーリー」と呼ばれていた。
そう呼び始めたのが、ディアトーラの跡継ぎ、ルディだった。
「だってさ、魔獣と戦っててモーリシャスって呼びにくいでしょ?」
説得力があるのかないのか分からないが、大型魔獣が潜んでいるときわの森を抱く国であるディアトーラにおいて、長い名前に指示を出すことは命に関わるのかもしれない、とは思った。
しかし、名前はご大層だが、彼はごく普通の一般市民だった。
そう、庶民と言われる者で、お偉い方々からすれば、平民とも呼ばれるごくありふれた人間だ。その彼が小型の魔獣よりもさらに遭遇率の低い大型魔獣に出くわす確率は、本当に天文学的な数字が出てくるはずだ。
さて、話を戻さねばならぬ。
では、どうして一般庶民の彼、モーリシャスがこの“奮発したい”通りにいるのか。
プロポーズしたい彼女とのデート、ではない。
待ち合わせしている友人が、ワインスレー地域の東部奥地にあるサダラムの王子様だからだ。
そして、王子様と言っても、かわいい子どもでもない。いいおっさんである。
「あ、やぁ」
そう言って、走ってくる男がモーリシャスの待ち人、サダラム第五王子、ヴァイサル殿下である。そして、こちらはサルと呼ばれることとなった男である。
モーリシャスは一応、深くお辞儀をして、彼を待つ。
「お待たせ」
顔を上げたモーリシャスに、相変わらず自信なげな笑顔を向けてくる。自信がないのなら、一人で歩いてくるな、とモーリーは言いたい。
「また迷子か?」
「はは、カナリア通りまでは道案内してくれる従者がいたんだけど、モーリーは嫌だろう?」
ヴァイサルは今リディアス城での様々な資料を纏める仕事をしている。もちろん、ヴァイサルが信用されているからである。
「まぁなぁ、お気遣い有り難う」
誰かにつきまとわれているようで、嫌な気しかしないのだ。それに、ヴァイサルは一応変装しているようで、シャツに作業ズボンである。最早、モーリシャスよりも粗末な服装である。
「いや、それよりも、そんな格好で入れるのか? この辺りの店?」
「入れるよ。だって、顔は知ってくれてるし。意外と入れる」
「なら、いいけど」
まぁ、ご贔屓にしている客の顔くらい、覚えているのだろう。モーリシャスはそう思いながら、ヴァイサルに素直に付いていった。
ヴァイサルは、カナリア通りでもさらに高級と言われる場所まで歩き、当たり前のように店の中に入った。
「ここ、ドレスコードはないから」
なくても……。
モーリシャスの戸惑いも当たり前だった。
正面に幅の広い階段。天井にはシャンデリア。小さな貴族邸宅のような入り口に、「ようこそお越しくださいました」と頭を下げる給仕がいるのだから。
「奥の個室空いてる?」
作業服の男が尋ねるが、給仕はその態度を変えない。
「ヴァイサル様、もちろんでございます」
奥に通され、給仕が椅子を引いてくれるという、慣れない形式で着座する。緊張するために作られたような、繊細な持ち手を付けられたカップがちゃんとお皿に載って、二人の前に置かれる。そして、モーリシャスはやはり後悔していた。
密談でもするわけではないのだから、個室でなくても良かった。
「久し振りに会って話そうってだけだよな」
密談なんて器用なことが出来ないだろう、そんなヴァイサルには分からないのだろうけど、変装して密談するような場所だったらどうしよう、そんな不安がモーリシャスを取り巻く。
一応、研究所職員は国家機密も知り得る立場上、秘密厳守の中で生きているのだ。リディア家に狙われたらどうしてくれるのだ? 明日、この世のどこにも存在しなかったらどうしてくれるんだよ。
というものだ。
「もちろん。だって、ルディの息子が学校に入ったんだろう?」
露骨に嫌な顔をしたモーリシャスに、ヴァイサルが「あ。気を悪くさせたのかなぁ……?」と気遣うが、もう既に遅かった。
「だから、王族とか付き合いたくないんだよ」
「王族っていっても、目茶苦茶小さいから、モーリーの方が威張っていいんじゃない? 研究所職員なんて、そうそう成れるもんじゃないんだし……」
そして、急に萎んでいくヴァイサルをモーリシャスは眺めて、変わらんな、と鼻から息を吐いた。
とにかく、彼らは昔話をしたいだけなのだ。ルディが海の外へ出たと聞いて、心配してもいるし、その息子があの学校へ入学したと耳にすれば、気にもなる。
今度はどんな噂が立ち上るのか、実はそんな興味すら覚えるくらいに、ルディは本当に噂に事欠かない男だった。そして、彼をよく知らない者達の噂は本当に面白かった。
縁談を断り続けて、男色の噂が上がり、魔女と結婚した時は、人間に興味がなかったと噂され、領主代理として動き始めた頃は変人扱い。
春分祭の後からは、血も涙もない男がやってくる、と噂された。
実際ルディは柔らかそうでいて、鋼のように頑固であるから、警戒するのであれば、真綿を着た悪魔と評されるくらいが丁度良いのかもしれない。
しかし、言い得て妙だが、それは違うと彼らは思っている。
縁談を断っていたのは、彼が一途だったからだ。
男色なんていうのも、いつも付いている従者に優しかったからだ。
魔女と結婚したのは、もちろん人間に興味がないわけでもなんでもない。想いを遂げただけで。
変人にだけは肯く二人だったが、『血も涙もない』に対しては、首を横にする他にない。
もし、そう見えているのであれば、誰よりも彼が自国を護っているからに過ぎない。
ルディは、優しいのだ。そして、それを隠している。仲良くしていれば、そんな風に見えてくる。
「ルディは強いからね……」
ヴァイサルはいつも言う。
ルディは強かった。それは、ヴァイサルがいじめられていた頃から変わらない。














