とくべつな日…4
その日の夕食は早い時間に、簡単に済まされた。食卓には、野菜の冷製スープと白身魚のムニエル、柔らかいパンがある。
マグアート一家とクロノプス一家は、和やかにその時間を楽しみ、他愛のない会話を楽しむ。一番のお喋りはグレーシアだった。すっかり打ち解けたグレーシアは、嬉しそうに大きな声でお話を始める。
「ヤドカリをみましたの」
「もしょもしょでしたの」
「手にのせましたの」
「かわいかったのです」
お喋りしながら、白身の魚をフォークで突き刺そうとして、ルタに手伝われる。
「グレーシア、お喋りしながらではなく、このナイフを使って小さく切ってから食べるのですよ」
「はーい」
それでもグレーシアは機嫌を損なわずに、にこにこしていた。
タンジーはそんなグレーシアを見ながら、忙しい子だなと思って、次にルカを眺めた。ルカはひとり静かに過ごしている。
ルカは大きなお兄さんだ。とってもかっこいいと思う。ずっと遊んでくれた。とても優しいとも思う。でも、あんまり笑わない。タンジーはミルタスから、いつもちゃんと周りを見て、ひとり寂しい子がいないか探すように言われている。
もし、見つければ声を掛けてあげなさいと、教えられている。
それは、ミルタスが各国代表会議で感じている孤独感からきているのだが、もちろん、タンジーは知らない。
タンジーの母であるソレルは、こう言う。
「他人を馬鹿にするような言葉は、ぜったいに言ってはだめよ」
それは、ソレルが慣れない社交界で、色々と言われることからきている。
ディアトーラは隣国であり、今は友好的な関係であるが、それは、タミルがいるからであるということを、タンジーは彼女たちから常々聞かされているのだ。
タンジーの祖父にもなるタミルがいなければ、今の平穏な現状はないと。
難しい話はよく分からない。
友達になったのに、その友達と言えるのは、祖父のお陰だというところもよく分からなかった。むかし、大げんかをしたということは、聞いているが、その内容はもう少し大きくなってから、と言われているのだ。
もし、大きなお兄さんのルカが、その喧嘩の内容を知っていて、だから、仲良くお喋りが出来ないのであれば、なんだか嫌だな、と思った。
こんなにも不思議で、楽しい一日だったのに。お魚も美味しいのに。
デザートが運ばれてくる。
檸檬のシャーベットだ。
シアが「かーさまぁっ」と悲鳴を上げた。どうやら、添えてあった檸檬の実を囓ってしまったようだ。
「だから、申しましたのに。その果実は酸っぱいと」
ルタの困った声が聞こえてきた。そして、泣き声とともに同じ言葉が叫ばれる。
「かーさまっ、お口がすっぱいのですっ。すっぱいのですっ。いやです。だって、そっちもきっと、すっぱいのです」
そして、シャーベットの方でお口直しをさせようとするルタを、全身で拒否している。そして、父親を呼ぶ。
「とーさまっ。あーん、すっぱいのです」
大きく口を開けたままのグレーシアを見ても、慣れた様子で「そりゃあ、酸っぱいよ。檸檬だもの」とルディも笑う。
「にーさまぁっ」
ルカは「水でも飲んでみれば?」と静かに笑っていた。
答えを求めていたグレーシアが、素直に水を飲み始める。小さな顔はそのコップに覆われて見えないが、コップの中の水がたぷんたぷんと、やっぱり忙しく揺れている。
兄の彼に比べて、本当に忙しい子。今度は水を零しやしないかと、そわそわする。
タンジーはルカからグレーシアに視線を移して、そう思った。しかし、祖母のミルタスも、祖父のタミルも誰もそれを咎めないし、むしろ、微笑ましくその様子を見ているのだ。それが、とても不思議だった。
「おばあさま」
「どうしましたの?」
あの子はどうして叱られないの? 小さいから? 僕があれだけ騒いだら、お母さまは「静かになさい。皆さまにご迷惑でしょう」と叱るのに。
そんな言葉を頭の中で浮かべながら、視線をグレーシアに向けると、ミルタスが答えた。
「不思議?」
子どもを叱る親に、料理長を呼び出し叱る親。ひたすらに謝り続ける親。無視し続ける親もいたし、大声で笑う親もいた。彼らはどれにも当てはまらない。
「はい」
ミルタスはにっこり笑いながら、タンジーにその答えを伝えた。
「タンジーはとても素直で立派です。マナーもしっかり学んでおりますね。タンジーはそのままでいいのですよ。でも、お祖母さまは、あの親子のやりとりを見ていると、とても安心するのです。とても」
もちろん、タンジーはその言葉に隠された意味には気付いてはいない。ただ、そのままで良いこと、褒められたことだけを嬉しく思うだけで。
だけど、ミルタスは安心するのだ。いつも完璧な存在であるルタが、あぁやって振り回されていると、昼間のように少し不思議なことをする姿を見ていると。
あぁ、完璧じゃないのだなと、思える。
もちろん、裏を返せば、ルタはそんなことなんとも思っていないし、そんな些末なことで足元を掬われるようなこともないのだろうけれど。
ただ、心が落ち着いてくるのだ。ちょうど、今やっと射し込みを落ち着かせてきた太陽のように。柔らかな光だと感じられるようになる。
窓の外にある太陽はずいぶんと傾いてきていた。














