特別な日…1
朝は太陽の光をその水面に滲ませて、昼はその光を反射させる。煌めく光は碧い海に閉じ込められて、輝きを増していた。
海は様々な色を含みながら、その色を地上へと流し続ける。波が寄せては返り、何度も何かを置いていき、何かを引きずり戻していく。碧に青、そして、深い蒼。
延々と、何かを吐き出し、何かを呑み込み、波音を立てて寄せては返す波。
ルディ家族はそんな海を見ながら今日一日を、ただゆったりと過ごした。
グレーシアは砂浜で貝殻をたくさん拾い集め「みてみて」と家族に見せては、自分の持つ巾着の中に無造作に入れていく。大切な宝物は残しておくことよりも、集めることが楽しいらしい。
ルカはどちらかと言えば、波打ち際に現れる見たことのない生き物に興味があるようだった。兄がそうやって未知の生き物を見つける度に、グレーシアもしゃがみ込み、一緒に見ている。
お陰でスカートの裾は水に濡れて、砂まみれだ。
港付近では、船が入れるように陸地が整備されている。波打ち際では見られなかった、色の鮮やかな小さな魚が、その水路に紛れ込んでしまうようで、ちろちろ泳いでいる。
その海に住む魚の色に驚いて、ルディを見上げたルカは「この魚も食べられるの?」と思わず尋ねるほどだった。ルディはその言葉が嬉しくて「小さすぎるんじゃないかな」と笑った。
市場には、川魚しか入ってこないディアトーラでは考えられないくらい色鮮やかな魚や、果物、野菜が並べられており、ルカとグレーシアで目を丸くしては、両親を呼ぶ。もちろん、騒がしいのはグレーシア。グレーシアはまだ好奇心が抑えられない。
「かあさま、たいへんですの。しましまなのです」
「こっちは、とげとげなのです」
「にいさま、へんなかおですわ。これもおさかな?」
そう言いながら、グレーシアがその魚と同じように頬をぷぅっと膨らましている。ルカは「兄さまの方が大きいよ」と、そんなグレーシアの傍で同じように頬を膨らませて見せて、妹が喜ぶ顔を見て喜んでいた。
ルディはルタと並び、その二人の背中を見て微笑み合った。
「面白い国ですわね」
「うん、タミルそっくりだ」
ルディ達は今、タミルの故郷、アイアイアに来ていた。ここで、タミルとミルタスに落ち合い、隣国としての話を少ししておこうとルディとルタは思っているのだ。
しかし、本当に様々な色に満ちている。ディアトーラともリディアスとも全く違う豊かな国だ。
「アリサには伝えています」
子ども達の遠い背中を見つめながら、ルタがルディに言葉を渡す。
「その方がいい」
やはりルディも子ども達を眺めながら、言葉を返した。
「密談って訳でもないしね」
ルタがクスリと笑った。
「わたくしは大役をもらいましたけど」
話の内容は本当に大したものではないのだ。ルディは久し振りにタミルと話したいと思っているだけのところもあるし、明日の午後からは、ルタもミルタスと一緒にアリサへのお土産を探すのだそうだ。置いていくのなら、と言いつけられたお使いのようなものだ。しかし、また、ややこしいお題をもらったものだ。
「綺麗で、南の海を感じられるものだっけ?」
「シアなら、これで良いのでしょうけど」
さっきグレーシアが魚屋の前で拾った魚の鱗をつまみ、ルタが太陽に透かせると、小さな虹を映す光が生まれた。
「本当に」
ルディが笑った。そして、遠くに現れた羽帽子を被った男の前で、踵を返す子ども達に手を振った。
「かーさまぁっ」
タミルのことをあまり知らないグレーシアが叫ぶ。知らない人に声を掛けられたと驚いたのだろう。そして、ルカが「シア、待って」とそれに追従する。転びそうなくらいにグレーシアは一生懸命だ。だから、ルディが思わず声を上げる。
「ゆっくりおいで」
息を切らすグレーシアがルタの背に隠れると、息を落ち着けたルカが、ルディに報告する。
「タミル様がいらっしゃってます」
「うん、ありがとう」
そして、その背後にいる者へ先に挨拶をする。
「お会いできて嬉しく思います、ミルタス様。ご主人様にはいつもお世話になっております」
そう言いながら、彼女の背後にいる小さな子に目が行く。
グレーシアと同じくらいの男の子だ。おそらく、ソレルの息子だろう。関係上はミルタスの孫にもなる。
「そちらは?」
「ほら、タンジー」
促されたタンジーが手を胸に当て、可愛らしいお辞儀をした。
「クロノプスさま、おはつにお目にかかります。タンジー・マグアートともうします」
たくさん練習したのだろう。そう思うと微笑ましい。だから、ルディは身丈を屈め、彼を見つめた。
「タンジー様、私はルディ・クロノプスと申します。どうぞよろしく」
その言葉に目を細めるミルタスに、彼を可愛がっていることが分かる。
「クロノプス様は変わらずですね」
「えぇ、ルディは、いつまでもルディのままです。さぁ、ルカもシアもご挨拶できますわよね」
ミルタスの言葉が終わり、今度はルタが子ども達を促すと、ルカが同じように手を胸に当て、角度良くお辞儀をした。
「タンジー様、私はルカです。どうぞよろしくお願いします。ミルタス様、タミル様、お久しぶりでございます」
しかし、グレーシアはルタにしがみついたまま、だんまりを続けていた。
「シア、ほら、大丈夫だから」
苦笑いのルディは、「申し訳ありません、少し待っていただきたく……」と失礼を謝り、ルタがグレーシアに身丈を合わせて説得する。
「ミルタス様もタミル様も、父様と母様の大切なお友達なのですよ」
「シア、しらない」
赤ちゃんの頃から人見知りの強い子ではあったが、今も目を潤ませているところを見ると、本当に怖いのだろう。
まったく、誰に似たのだか……。
ルディとルタの溜息が重なると、タミルの笑い声が響いた。
「これでは、ずっとお友達になれないですな。まずは、私から自己紹介しましょう。ルディ殿よろしいな」
「申し訳ない……」
「私は、タミルと言います。覚えておいてくださいね」
続いてミルタス、そして、ルタと続ける。
「私はミルタスでございます。ルカ様、シア様よろしくお願いしますね」
「わたくしは、ルタと申します。タンジー様、よろしくお願いします」
タンジーが皆に、元気に「はいっ」と返事をしたあと、シアがルタの手を握った。タンジーが不思議そうにグレーシアを見つめていたのだ。まるで、「変な子」と言っているようだ。だから、グレーシアは、頬を膨らませ、ぽつりと言った。
「シアはぁ、グレーシァなのです……よろしくおねがい……しますのですわ」
シアの声はどんどん小さく、か細く消えていく。しかし、頑張ったのだ。だから、ルタはグレーシアの手を両手で包み、伝える。「シア、良くできました。偉いわね」そして、タンジーに向き合い、続けた。
「お時間をありがとうございました。タンジー様、仲良くしてあげてくださいね」
年齢も近いタンジーにルタが伝えると、タンジーはやはり「はいっ」と元気に答えた。
シアはもじもじしたままルタのスカートを握りしめているのに、全く違う。ルタが困ったようにシアを見つめていると、ミルタスがグレーシアに身丈を合わせた。
「仲良くしてあげてね」
グレーシアに微笑みかけると、「うん」と小さく肯いた。
「お二人の珍しい姿を拝見できました。シア殿に感謝ですな」
そして豪快な笑い声を上げたタミルに、グレーシアがまたルタの後ろへ完全に隠れてしまった。
「おやおや、驚かせましたな、シア殿、これは申し訳ありませんでした」
タミルは目を細めて笑っていた。














