さらば、執事
私には、逢瀬を重ねる、愛しい人が、いる。
ずいぶん紳士で、庭の手入れが得意な、アメリカンジョークが冴え渡る…執事。
諸事情で名を明かすことはできないが、大変に著名な彼…。
アプリゲームの、主人公である!!!
起床してすぐ、寝ぼけ眼で見つめるのは、愛おしい執事。
時間を見つけては見つめる、愛おしい執事。
充電しながら見つめる、愛おしい執事。
ご飯を食べながら見つめる、愛おしい執事。
執事、執事、執事、執事!!!
おはようからお休みどころか、真夜中目が覚めた時も必ずゲームを起動し、執事の笑顔に癒されているという徹底ぶり。
もうさ、執事のアメリカンジョーク聞かないと一日が始まんないのさ!
もうね、執事のやらかしにツッコみいれないと一日が色付かないのさ!
無課金で楽しむと誓ったはずなのに、もうずいぶん…ぶっこんでしまった。
もうずいぶん…ぶっこんだアイテムがなくなってしまった。
そろそろ追課金せねばなるまいか、そんなことを考えつつ、アプリを起動する。
「・・・ん?アップデート?」
何やらダウンロードが始まった。タスクバーがやけに長いぞ、これはいったい。
ゲームをする気満々でアプリを開いたというのに、オープニング画面でにこやかに微笑み続ける執事の顔をにらみ続けることになろうとは。
・・・新ステージ解禁かな?新イベントかも?もしかして新しいアイテムが出た?ストーリー追加はあるんだろうな。
・・・やけに長いな、なんかバグってんじゃないの。
ようやくログイン画面が出たので、はりきってゲームをスタートさせると。
「・・・なにこれ。」
いわゆる、ドロップを結合させて消していくゲームなのだが、その動きが…改悪されている!!!
つるりと滑るような、溜めのあるスワイプが、とにかく鼻について仕方がない。
今までサクサクと動いていたドロップの、実に不愉快な動き。
しかもよく見ると、地味にドロップのデザインがおしゃれになっている。
今までのチープな感じのドロップが良かったのに、なんてこった…。
エフェクトもやけにきらびやかになって、正直目がチカチカする。
さらに…!
執事にボイスが実装されている、だとう?!
ゲームウィンドウには、日本語の文字が描かれているというのに、聞こえてくるのは英語!
今までは笑い声やため息程度しか発声していなかったのに、実に流暢に英語を話すとか。
落ち着いた声?いやいや、彼は焦ってあわててなんぼ、こんなの、こんなの、認めん!!!
彼は実におっちょこちょいで、こんなにきれいな発音をするイメージはないのだ!!!
英語で話す彼は、実は英語でおっちょこちょいな言葉をはいているかもしれないが、あいにく私は日本人、しかも英語能力に乏しいタイプだ、見事な英語を奏でるスマートなセリフにしか聞こえない。
やらかしがちのくせに、英語ペラペラだとう?
やつはアメリカ人、英語を操って当たり前なんだけど!
いやでも日本語で話してたじゃん、うわあなにこのねじれた感じ……。
まあ、音声切ればいいだけなんだけど、一回聞いちゃうとね、知っちゃうとね……。
この違和感、この悪ふざけ。
温度が下がるというのは、こういう事なのか。
とても続きをする気になれない。
いつかきっと元に戻る日が来る、そんなことを願って、放置を決める。
……今まで逢瀬をかさねていた時間が、地味に暇だ。
なにか、なにか、ないか。
この、ぽっかりとあいてしまった、暇な時間を埋めるなにか。
この、ぽっかりとあいてしまった、心の隙間を埋めるなにか。
……とりあえず、なんかゲームをいれるか。
話題のゲームに、売り上げのあるゲーム。
……わりとおもしろいな。
……けっこうおもしろいやんけ!
……なんやこれ!課金したろ!
あれほど執事に執着していた私であったが、次の日には新しいゲームに夢中になっていた。
いやあ、今度のゲームは、お洒落なスタジオが舞台でね、実にドラマ性が高くて…!!!
執事の顔をすっかり忘れて、しばらくたったある日。
たまたまスマホ画面を開いている時に手が滑って、アプリゲームを起動させてしまった。
久しぶりに対面する執事は、以前と変わらず陽気な表情を私に向けている。
……ああ、相変わらずのやらかし顔だな、君は今でもやらかしているのであろうか。
懐かしいな、ちょっとやってみるか、そんなことを思って、ログインボタンを押すと…げえ、またアップデート?!
やけにタスクバーが長い、どれほど更新するものがあるというんだ。
またどうせ改悪だろう、そんな気持ちでしばし画面を見つめる。
「おかえりプレゼント…?」
ログインすると、画面いっぱいにプレゼントボックスが現れて、チートアイテムが付与された。
無制限プレイ二時間分、爆弾十本、宝石200個にお金が2000?!
私がかつて課金して手に入れていたアイテムが、惜しげもなく付与されたのである。
しかも、ステージクリアできるように、30分間チートアイテムが使い放題できるとな!!!
執事の声、ドロップの動きなど違和感は相変わらずであったが、ちょっとやってみようかなという気になったので久々にプレイしてみる。
……うん?
実にサクサクと、難しいステージをクリアできてしまうではありませんか。
実に容易に、集めなければいけない宝石が溜まってゆくではありませんか。
私の知ってる執事のゲームはさ、こんなに簡単にステージクリアできるものじゃ、なかったんだけどな。
なかなかステージクリアできなくて、執事に会えなくて、焦らしに焦らされてようやく会えた時の、感動が、微塵もない。
なんというか…げっそりしてしまった。
課金して手に入れてたアイテムが、ちょっと日を置いただけでわんさかもらえちゃうところとか。
ちみちみ貯めてた宝石が、ちょっと日を置いただけでわんさかもらえちゃうところとか。
どれだけ課金しても全然進めることができなかったステージが、チートアイテムで簡単にクリアできちゃうところとか。
ぼちぼち遊んだ後、私はアプリゲームをアンインストールした。
あれほど笑顔を求めて逢瀬をかさねた、愛しの執事。
実にあっさり、切り捨ててしまった。
執事の先の物語が気になると言えば、気になった。
ネットで検索すると、執事の昔の物語も先の物語も知る事ができた。
ネットには、執事の笑顔があふれていたのである。
執事は、全世界のユーザーに向けて笑顔を振りまいていたにすぎない。
みんなに向けた笑顔を、自分一人に向けられた笑顔であるかのように感じていた、自分。
みんなが知る笑顔を求めて、時間を費やしていた、自分。
わざわざゲームなどしなくとも、執事の物語を知ることはできるのだ。
私がわざわざゲームをしなくとも、執事の物語を知らせる人はいるのだ。
執事への興味が、べりべりと剥がれていくのを感じた。
……私はつくづく、ゲームにはまり切れないな。
己の飽きっぽさを自覚した私は、スマホをひらいて。
「よーし、今日こそ入賞するぞ!」
育て上げた娘を走らせるのであった。