第七話:特別な名
「だからこそ、まずは『名』を紡げるようにならないと」
そう言ってソラは先ほどと同じように指を動かす。動かした後にはキラキラと光る文字が空中に浮かんでいた。そこには『セーシリア・エル・レインロード』と書かれていた。
このキラキラと光る粉は何だろうかと考えていたら、目の前にソラがにゅっとキラキラとして目をして顔を近づけてきた。
「しかも!セーシリアの名は特別な名なのよ」
「特別?」
自分のことのようにふわふわと嬉しそうに楽しそうにソラは笑う。
「セーシリアの名には『君たち』の言葉以外に『私たち』の言葉も入っているのよ!」
「ほかのひととはちがう?」
「そう!近頃めっきりなかったのに、セーシリアには『私たち』の言葉が入ってるの!『私たち』の言葉が入っているだけで『私たち』はセーシリアに力を貸したくなるの!…その代わり、セーシリアの文字をしっかり読める側の人間は極端に少なくなるけれどもね」
たしかに【救国の乙女】の物語内でもセリアとしか呼ばれていなかった。本編終了後の設定集に本名が『セーシリア』であることが明かされたのだ。てっきり『セーシリア』の愛称が『セリア』なのだと思っていたのだが、違ったようだ。そもそも登場人物たちが『セーシリア』の名前が読めていなかったのだ。
なぜ魔族たちの言葉を読める人が少ないのだろうか。魔族たちの存在が認識できていないから、魔族たちの言葉を使うことがなくなったからか。それとも意図的に『魔族』について学ぶ場がなくなったからか。
セーシリアにはまだこの世界のことはよく分からないが、たしかに【救国の乙女】では魔法使いや魔女の存在は極端に少なかったような気がする。もう少し、この世界について学ばなければならない。ゆっくり生きていくためにはある程度の常識は必須である。
そうセーシリアが改めて自分の身の振り方について考えていたら、ソラの小さくて泣きそうな声が聞こえてきた。
「『私たち』がいるのに『私たち』のことを忘れて、自分たちで魔術なんて作る。そうしたら、もっと『私たち』の存在なんて忘れ去られる。忘れることは罪ではないけれどやっぱり寂しいものよ。だから、セーシリア、君は私たちのことを忘れないでね」
ふふ、話が逸れたわね。と寂しそうに笑うソラにセーシリアはソラに手を伸ばす。消えてしまいそうなソラにそっと触れる。
「わすれないよ!そらはわたしのたいせつなおねえさんだもん!わすれない!ぜったいに!」
所詮3歳児の戯言だが、セーシリアにとって誓いのようなものだった。
この世界で唯一、セーシリアに生きる術を教え、セーシリアの命を救った。忘れるなんてそんなことできない。
できれば後世に伝えていこうとも考えているのにだ。
「だから、そんなふあんにならないで。ずっといっしょにいよう。ずっといっしょにいたら……ううん、いっしょにいれなくても、ぜったいにわすれないよ」
そう笑えば、ソラは優しそうに、そして変わらず寂しそうに「ありがとう」と笑った。