第六話:名
「さぁ、まずは魔族の言葉から覚えてもらうわよ。セーシリア、君は自分の名を書けるかしら?」
ソラの質問にセーシリアは首を横に振った。
セーシリアの周りの大人といえばアンリのみで、そのアンリは呪いに侵されセーシリアの世話すらもできない状況である。また、セーシリアと日常的な会話や基本的な挨拶は教えはすれど、字の書き方などを教えることはなかった。セーシリアが3歳という年齢もあるのだろうが……。
「まぁ、仕方ないわね。私が分かる範囲で人間の言葉も教えるわ」
ソラはセーシリアの回答を予想していたかのように肩をすくませて、小さな木の枝を用意し始めた。
「まずはセーシリアの名前から書けるようになってもらうわよ。魔法にとって、名前は大切なものだから」
「まほーにとって、なんでなまえがたいせつなの?」
「そうねー、命あるもの全て、器を持っているの。それが人間の女の子の器だったり、犬の器だったり…たくさんの器を持っているの。そこに神様が生命を吹き込むことで、私たちは生を賜るのだけれど……ここまで言ってる意味がわかるかしら?」
ソラの困ったような笑顔に、セーシリアも困ったように笑って首を傾げる。
「おにんぎょーさんに、かみさまがいのちをいれたら、わたしたちみたいなにんげんとか、わんちゃんとかになる?」
「イメージ的にはそれであってるわ。その器……人形に生命を定着させるのに『名』が必要なの。だから、その『名』がなければセーシリアという自我は芽生えることができないし、『称号』もなにもない、ただの人形になってしまうの。魔族はこの『名』を特に重要視するわ。『名』は『器と生命』を繋ぐ大切な役割を果たしている。魔族はその『名』を見ることができるから、その『名』を偽ればすぐにわかるわ。魔族は裏切らないし、そもそも嘘を嫌う。『名』を偽ればそれ相応の罰を受けるし『私たち』は未来永劫手を貸すことはないわ」
ソラは冷たくそう言い放つ。
魔族というのは人間よりも規律が厳しいのかもしれない。そういった意味では一番信じられる味方なのかもしれない。
セーシリアは『名』を偽らないことを心の中で誓った。
【救国の乙女】の物語を変えるならば、『セーシリア・エル・レインロード』という人間を『殺して』別の人間になろうとも考えたことがあったが、その考えを抹消する。
セーシリアが生き残るのに、人間を味方につけるよりかは、嘘を嫌い、裏切らない『魔族』と手を組んだ方がいいような気がしたのだ。