第五話:魔族の言葉
「さて、人間であるセーシリアが魔法を使うには『私たち』の言葉を覚えてもらわないといけないわ」
「せいれいしゃんたちのことば?」
ソラはにこりと笑うと空中にキラキラと光る何かで文字を書き始めた。
3歳の、しかもこの世界の文字も分かるはずもない転生してきた異世界の人間が読めるはずもない。…が、その不思議な文字をなぜかセーシリアは読むことができた。読むというよりは認識できる感じに近いのだが、何を意味しているかは理解できる。
「ははなるひのかみよ?」
「……!セーシリア読めるの?この文字が」
「うん!」
驚いた様な顔をするソラに頷いてみせれば、さすがね、と小さくこぼした。
「セーシリアが読んだこの文字が私たち精霊や魔物の…『魔族の言葉』よ」
「まぞく?」
「そう、魔族。魔素を糧に生きて、魔法を使うものたちのことを、人間はそう言うわ。呼び方なんて『私たち』にとってはどうでもいいことだけれど」
人間ってめんどうね。と呆れたように笑うソラ。
確かに人間は何にでも名前をつけたがる傾向がある。その現象や物に対して名前をつけて差別化を図っているのだろうけれど、魔族たちにとっては知らぬ事だろう。
「仕切り直すわよ。…そもそも魔素は人間には見えも、感じることさえできないものなの。その魔素を操るためにはどうしたらいいと思う?」
フフと優しく笑うソラのその質問はなかなかに難しい。魔法という言葉は【救国の乙女】にあれど、その仕組みに関しての記載はほとんどないに等しかった。
精霊の言葉と人間には見えない魔素、それをどう操るか。
「せいれいしゃんたちに、たすけてもらう?」
「…!そうよ!正解!もうセーシリアはなんで賢いのー!!」
ソラはふわりとセーシリアの周りを飛び頭をぎゅっと小さな手で抱きしめて頬擦りをする。
「『私たち』の言葉で周りにいる妖精や魔物にお願いをして、魔素を魔法に変えるの」
「でも、みんなそんなにかんたんにたすけてくれるの?」
何の見返りもなしに。
人間の世界で無償のもの等ほとんどない。優しさや、愛しさや、同情でさえも、裏では何かしらの思惑が絡んでくる。自己満足や、今後の未来への期待や、罪滅ぼし…そんなものを勝手に押し付けて、いざ蓋を開けてみれば裏切った等と曰う。……まぁ、ここまでは【救国の乙女】に出てくる物語の流れで、『セーシリア』の行く末なのだが。
「そうねー、人間が紡いだ魔素って美味しいのよ。それのお返しってところが大きいかしら」
「しょれだけなの?」
セーシリアの大きな瞳でソラを捉えると、ソラは少し小馬鹿にしたように笑ってセーシリアの頭の上に座った。
「だって『私たち』は人間じゃないもの。『私たち』には『私たち』のルールがある。人間みたいに愚かではないわ」
まぁ、気まぐれではあるけれども。とソラの口からこぼれた言葉は少し寂しそうだった。