第四話:人間じゃないもの
セーシリアがソラと出会ったのはつい最近であり、アンリが根付いてしまってしばらくしてからだった。しばらくは家の備蓄で飢えを凌いでいたのだが、食べ物が無限に出てくるわけもなく、子どもの体の構造ではろくに火を使うこともご飯を作ることもままならないため、調理せずとも口にできる果物などはすぐに尽きてしまった。
体を動かすことさえできないほどの飢えと、「何もできない」と嘆くアンリを横目に『セーシリア・エル・レインロード』の命がここで尽きることになれば【救国の乙女】は始まらず、平和な世の中になるのではとぼんやり考え目を閉じようとした、その時だった。
「君はそれでいいの?満足なの?」
横たわっていたセーシリアの顔を覗く様にソラが現れたのだ。愛らしい姿はそのままに、ただただ不思議そうにこちらを見るソラの姿に小さな期待が生まれるが、もう声を出す気力さえなかった。ぼんやりとソラの姿を見続けることしか出来なかった。
「人間の子どもはこんな容易く騙されるのね…生きるために他人に依存せざるを得なく、知識もなく……愛されることもない」
ソラは悲しそうにそう言うと、そっとセーシリアの頬を撫でる。感覚というものはもうほとんど感じなかったが、撫でられたところが温かい。
「貴女がいればそんなこともなかったでしょうに…。この子ももっと……」
その後はよく聞き取れなかった。いつの間にかアンリの声も聞こえなくなっていたから、頭で音を処理することさえ出来なくなったのだろう。
最後にこんなに可愛らしい妖精を見ることができて幸運だった。わがままを言うなら、もう少し、前世の私が知っている物語の世界を見てみたかった。
生きるための力を使い果たし、目を閉じて、世界までも閉じようとした時だった。
「もー…ルーミア、貴女を恨むわよ」
最後に聞こえたソラの歌声は、優しく温かいものであった。
しばらくして目を覚ました時、ニッコリと微笑んだソラが「おはよう」と笑いかけてくれたこと、アンリの驚いた顔、そしてセーシリアの見ていた『世界』が少しだけ変わったことが、セーシリアはまだ生きているのだと理解させた。
「ねぇ、ソラ」
「なーに?」
「ソラはわたしをうらぎらない?」
先程、魔術と魔法の違いをおさらいをし、魔法を発現させる練習を始めようと準備をしている時に、ふと尋ねてみた。
ソラはくすくすと鈴を転がすように笑う。
「精霊は裏切らないわ。だって人間じゃないもの」
その答えに安堵して、魔法の練習を開始した。