第一話:夢は夢だからいいと言うのに
「あら?起きた?いい夢は見れたかしら?」
眠気眼を擦りながら意識を覚醒していくと、見慣れた古ぼけた木の家具と窓から注ぐ太陽の光、そして、
「おはよう、アンリしゃん」
一番日の光を浴びることのできる窓のそばのベッドに上半身だけ起き上がらせ、 優しく微笑むのはアンリ・ラ・エルフォード。
私、セーシリア・エル・レインロードを育ててくれる【樹の呪】を受けた魔術師である。
「魔法が使える人生だったならなー」
前世でよく考えて口癖のように吐露していた願望である。
前世での名前は今ではよく覚えていない。今世では不必要なものであると認識してしまったのだろう。まさか本当に【魔法が使える世界】へ転生してしまったとは夢にも思わなかったのだ。
更にこの世界が【救国の乙女】という前世で見知った小説の話であるなんて…夢は夢だからいいと言うのに、全く困った話だ。
セーシリアがこの剣と魔法と魔術の世界である『クロスリア』に転生したと認識したのは齢3歳のことであった。きっかけはよく覚えてはいないが、確か転んだ拍子にふと思い出したのだ。そして、この【救国の乙女】の世界でのセーシリアの立ち位置は『魔王』である。主人公たちの前に立ち塞がり、罪のないものを虐殺し、立ち塞がるものを嬲り殺し、世界の頂点へと君臨する悪役キャラ。
ありきたりで、最悪な立ち位置であることははっきりとしていた。
だが、有り難いことに前世の記憶はあるし、今のところ自我はあるので自分の立ち回り次第ではそんな得のない立ち位置のキャラにならなくてもいいはずである。のんびりゆっくりある程度自由に生きることができたらそれでいい。自分の持っている力でたまに誰かを助けることができたらそれでいい。
そもそも物語の始まりは13歳、学園に入学するところから始まるのだが、セーシリアはまだ3歳である。時間はまだまだたくさんあるのだから、自由気ままに生きることができるはずだ。
「アンリしゃん、おからだのちょーしは?」
「今日は日光もたくさん出てるから元気よ」
セーシリアの育ての親であるアンリは樹の呪が身体を蝕んでいる。今では体の半分が呪いに蝕まわれ、樹に変化したところが家に根付いてしまった。即ち、アンリは樹になったところを切らなければ動けないのだ。
そもそも樹の呪とは、簡単に言えば体が少しずむ樹になってしまう呪いのことだ。手足から始まり少しずつ体を蝕み、最終的に樹へと変わってしまう。呪い自体珍しいものではないのだが、少なくとも一般の生活を営むものが呪いを受けることは少なく、『何かをやらかした』もの、罪人が呪いを受けることが多い。だからアンリはその呪いをうけてしまうようなことをしたのだ。更に厄介なことに呪いは解呪は『種族』が『魔女』のものにしかできない。呪いを解くことができないのだ。