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前編

長いので前後で分けました。後編は既にできているので、明日投稿予定です。


「お前のような売国奴を王妃にすることも、その咎を許すことも出来ない。シルヴィア、貴様との婚約は破棄させてもらう」


 ウォルテシア王国の王太子、エドワード・ルツ・ウォルテシアに婚約破棄を言い渡された、彼が幼い頃からのの婚約者であった公爵令嬢、シルヴィア・レゾナンスが処刑されたのは、彼女がたった18歳の時の事だった。

 為政者側……それも高位貴族の人間が処刑される事など、エドワードが言うように敵国に与した時などが主ではあるが、シルヴィアに関して言えばそれには当てはまらない。


「…………それは、どういう事でございましょうか……? 突然そのような事を……それも、このような場で……」

「口を出すな!! 薄汚い亜人どもに腰を振った売女(ばいた)め!! 殿下とリリアの耳が穢れるわ!!」

「っ!!」


 ここはシルヴィアとエドワードが主役でもある、王立学園の卒業パーティ。今日を持って最上級生であったシルヴィアたちは卒業し、その中に王太子が居ることもあって、その門出を祝うために国中から招待客を集めた盛大な宴の場。

 シルヴィアからすれば今日で公爵令嬢としての暮らしを終え、明日から未来の妃として王家に嫁ぐことで公人となる。私人としての別れを告げる記念日でもあった。

 それがどういう訳か……シルヴィアはエドワード同様、幼馴染であった騎士団長子息であるテリー・カールトンに腕の関節を極められ、背後から硬い床に押さえつけられるという暴挙に身を晒されている。

 押さえつけられた拍子に頭をぶつけ、額から流れた血がシルヴィアの銀髪を濡らすが、誰も気に留める様子が無い。記念すべき祝賀の宴に、明日から王太子妃となる身に対してこの狼藉。普通ならば誰もが目を顰めるであろう出来事に、しかしパーティに参列した者たちは皆、誰も彼もが冷たい視線をテリーではなく、シルヴィアに向けている。


「無様ですね、シルヴィア嬢。貴女がリリアを虐げたばかりか、亜人どもに与するようなことをしなければこうはならなかったでしょうに」


 テリーと同じく、エドワードの未来の側近として昔から親交があった宰相子息、ロナルド・ジルベルトは眼鏡を上げながら、あからさまな侮蔑と嘲笑を冷たく表情に浮かべる。


義姉上(あねうえ)、貴女にはとことん失望しかありませんよ。くだらない嫉妬に身を任せ、国難を招きかねない事態に手を貸すようにまで堕ちるとは」


 かつては心から慕ってくれていた腹違いの義弟(おとうと)、ジーク・レゾナンスは失望と共に吐き捨てるかのように呟く。

 テリーも、ロナルドも、ジークも、かつては本当に仲の良い間柄だった。将来は共にウォルテシア国を盛り立てる立場に立つものとして、邪知策謀蔓延る社会を生き抜き、民草を導こうと約束した、戦友のような間柄だったのだ。

 そんな3人の変わりように何も言えず、ただ青い表情を浮かべることしかできないシルヴィアの目の前に、煌びやかな桃色の髪を揺らす少女と腕を組み合いながら近付いてきたエドワードは、婚約者である少女の頭を踏みにじる。


「所詮はお前も亜人エルフの血を半分受け継ぐ汚らしい存在……こうなるのは運命であったな」


 亜人とは、人間に近しい姿をしつつも動物の耳や角、尻尾などが生えた、人間ならざる種族を指す。ウォルテシア王国では、「人間は神が生み出した種族であり、亜人は悪徳を重ねた人間が魔物と交わり生まれた、穢れた種族である」という国教の宗教観によって、古くから差別された種であり、国内には数多くの亜人奴隷が貴族に飼われている。

 中でもエルフと呼ばれる、耳が長く、不老長寿であること以外は人間と大きな違いが無い、個人差問わずに美しい姿をした種族はウォルテシアの貴族にとっては、性の欲望をぶつける格好の相手。男娼、娼婦問わず、何人ものエルフが獣欲に駆られた貴族たちの慰み者となり……その風習の果てに生まれたのが、エルフと人間の子、ハーフエルフのシルヴィアである。

 ハーフエルフは寿命こそエルフより短いが、総じて20歳そこそこで老化が止まり、美しい姿に成長する。そして何より、人間の血が流れているという観点から、貴族たちの間では政略結婚の駒として重用されている、最低限の人権を認められている数少ない亜人。

 老けることのない美しい女は、妻にしろ、愛妾にしろ、求める者は多い。シルヴィアの実父であるレゾナンス公爵は、そんなハーフエルフの有用性を求め、実母であるエルフの女を奴隷として買い、シルヴィアを産ませたのだ。


「どうして……どうして貴方がそのような事を言うようになったのですか……エドワード様……っ」


 人種差別の問題化にある国家において、優遇される人間の血は流れても、差別の対象にある亜人の血が流れるハーフは、飾り同然の人権を持っただけで、普通の亜人と同様に差別対象……商品的価値を守るために衣食住だけは保証されていたが、シルヴィアは紛れもなく実父の奴隷だった。

 母はシルヴィアが生まれると同時に儚くなり、父は眠る時と食事の時、入浴の時以外の全ては完璧な淑女としてシルヴィアを調教すべく、隙間のない教育スケジュールを物心がつくと同時にシルヴィアに課した。

 ただ一度失敗するだけで皮膚が剥がれるほどに苛烈な鞭打ちを愉しんで行う教育係たち。父もそれに同調し、使用人たちも穢れた亜人の子としかシルヴィアを見ず、庇いもしない。

 名義上の母であるレゾナンス公爵の本妻は、長子を産むのを先越されたと、逆恨みに等しい怒りを長年にかけて、暴力という形で幼子に追い打ちをかけるばかりだ。


 ――――姉さま、大丈夫ですか?


 そんな苦しいだけの日々の中でも、唯一良くしてくれた義弟のジークだけが支えとなってくれた。この時の弟は本当に心優しい純真な少年で、効果を示したことはないが、日々虐げられるシルヴィアを非力ながらも庇おうともしてくれたのだ。

 やがて時は経ち、貴族の子供が王城でお披露目する10歳になったシルヴィアが高いレベルで教養を身につけたことで、加虐心からくる謂れのない叱責以外では体罰を受けなくなり始めた頃、レゾナンス公爵にとって嬉しい誤算が起こる。

 王太子、エドワード・ルツ・ウォルテシアが、お披露目パーティでシルヴィアを見初めたのだ。

 レゾナンス公爵家は元々、王弟が興した由緒正しい家柄であり、今の代に渡るまで幾度か王家の婿入りや嫁入り先として選ばれたこともある、最も王家に近い一族だ。

 最後に王族の血が入ったのは5代ほど前……その血筋による既得権益を守るため、そろそろ王族との縁談を結ぶために動こうと思っていた矢先のこと。初めは好色な資産家にでも嫁がせようと思っていたシルヴィアが、まさか未来の王妃として選ばれるとは、思っていなかったのだ。


 ――――どうして私を選ばれたのですか……? 亜人の血を受け継ぐ私を……。


 狂喜乱舞する公爵を尻目に、シルヴィアは自分を見初めたエドワードに問いかける。彼女の疑問は尤もだろう、王族とて亜人を下等種族の奴隷としてしか見ていないということを、シルヴィアは良く知っているから。

 

 ――――少し自分たちと違うからと言って、人が人を虐げる。そのような悪しき因習は終わらせなければならない。


 不安に揺れるシルヴィアに、当時まだ幼く、真っすぐな正義に溢れていたエドワードは堂々と言い放った。それは、シルヴィアにとってジーク以外の存在……公爵家という檻の外に初めて味方が出来た瞬間でもあった。


 ――――僕が差別の時代を終わらせてみせる。その為には人間と亜人の血、両方を受け継ぐ聡明な女性を妻にしたい。


 初めはエドワードなりに王国と、そこに住まう人々の事を考えての政略結婚。国王は渋ったが、亜人の血が混じり、建前とは言え人権が認められたハーフエルフという点に加え、家格的にも釣り合いが取れていることと、これまでの婚約者候補を手酷く袖にし続けたエドワードが希望した令嬢ということで、シルヴィアとエドワードの婚約は成立した。

 亜人との混じり物であるシルヴィアにとって、エドワードは夢にまで見た白馬の王子……彼の夢を叶えるためなら何でもできると思い、苛烈な妃教育も、その合間を縫ってエドワードと共に亜人の救済措置である法案を考えることはなんら苦にも感じない。

 やがてエドワードと同じ志を胸に抱くテリーやロナルドと知り合い、ジークも慕っている姉を追ってエドワードの親交を深めていった。そうして忙しいながらも充実した日々の中で、シルヴィアがエドワードを女として愛するようになるのも必然だろう。

 彼の為にありとあらゆる教養を身につけ、自分を疎む者たちが何も言えなくなるほどの淑女にもなって見せた。全ては王となるエドワードの一助となり、妻として彼を支えたくて。…………それなのに。


「この国で苦しむ亜人たちを救う……そう仰った貴方が、どうして……っ」

「あぁ……そう言えば、そんなことも言っていたなぁ。全く、今となってはただの黒歴史だ。下賤な亜人どもなどの為に、実に無駄な時間を過ごしてしまった。皆、どうか愚かな私を笑ってくれ」

『『『あははははははははははははははははははははははっ!!』』』


 お道化た態度をとるエドワードを中心に、周囲の貴族たちから哄笑の渦が巻き起こる。その嘲笑の矛先は笑ってくれと言ったエドワードではなく、苦しむ亜人たちの為に、そして愛するエドワードの為に日々邁進し続けたシルヴィアに対してだけ向けられていた。

 まるで無駄で無意味な努力を、健気に続けるシルヴィアの滑稽さを嘲笑うかのように。


(あぁ……貴方は……貴方たちは、本当に変わってしまわれたのですね……)


 婚約してから数年の間は、真っすぐな正義に輝いていたエドワードたち。しかし時が経つにつれ、亜人を奴隷から解放することに反対する多くの有力者という、ままならない現実と、下等種族は虐げられて当然であるという、周囲から押し寄せる亜人に対する価値観……そういったものに少しずつ染まっていき、その結果がこの現状である。

 要するに、エドワードたちには意志と理想を貫くだけの強さが無かった……この人の世のどこにでもある、そんな出来事だ。

 何時しかエドワードたち自身も心から亜人を蔑むようになってしまい、亜人の血を引く婚約者を、義姉を、かつて友と呼んだ相手を疎むようになった。

 それでもいつか、幼き日の真っすぐな目を取り戻すのではないか……そんなシルヴィアの期待は見当外れのまま踏み躙られたのだから、人の不幸を喜ぶ節のある貴族たちには、王妃から罪人へと転がり落ちる彼女がますます可笑しく見えるのだろう。


「……私は、売国奴などと言われても思い当たる節がございません。そしてリリア様という面識のない方を虐げたというのも……何かの間違いです」

「黙れ!! リリアが貴様に虐げられたと言っているのだぞ!? こんなにも可憐で純粋な彼女が嘘を吐くはずが無いだろう!! これだから下賤な亜人は嫌なのだ!!」


 青い顔で震えながら訴えるシルヴィアの顔を、エドワードは強かに蹴りつける。痣が出来、血が流れる顔だが……それよりも、悲しみに暮れる心の方が痛かった。


「め、面識がないなんて、酷い……! シルヴィア様は私にあんな酷いことをしたのに、そうやって誤魔化そうとする人なんですね……!」

「あぁ、悲しまないでくれ、リリア。この悪女は私自らが成敗してみせる」

「エド様……!」


 かつてはシルヴィアが口にし、今はそう呼ぶことすら許されないエドワードの愛称を呼ぶ、リリアという少女の額にエドワードが唇を落とす。

 そんな少女など知らないという、シルヴィアの言葉は事実だ。しかしそんなものを信じる気はないのか……あるいは、事実などどうでもいいのかもしれない。……ただ1つシルヴィアに伝わったのは、エドワードがリリアと隠れて逢引きをし、彼女の事を心から愛しているという事だけ。


「…………っ!」


 こうして組み敷かれ嘲笑われることよりも、冤罪を被せられそうになっていることよりも、顔を蹴られたことよりも、シルヴィアにとってはその事実が何よりも辛く、苦しい。

 彼女は無償の愛を、海よりも深い情をエドワードに対して向けてきた。たとえ疎まれたとしてもそれは変わらず、何時かもとの関係に戻れると信じてきたからこそ、自分を侮蔑する貴族たちに囲まれながらも耐え忍んできたのだ。

 だというのに、エドワードは改心するどころか、婚約者がいる身でありながら他の女に懸想し、シルヴィアを蔑ろにし続けた……そう思うと、最早嫉妬と悲しみ、そして情けなさで何も言えなくなってしまった。


「ふっ……私とリリアの真実の愛の前に何も言えなくなってしまったようだな。これも私たちに対する嫉妬に狂った末に結末だと思うと哀れにも思うが……王太子として、貴様が犯した大罪……反乱軍への情報提供は看過することは出来ん。元婚約者としてのけじめとして、貴様の首は私自らが討ち取ってやろう」


 反乱軍とは、ウォルテシア王国内で虐げられる亜人たちによって結成された、反国を旨とする武装集団……言い方を変えれば、人間たちの奴隷として囚われている亜人を武力によって解放し、国の主導権を奪おうとする革命軍、テロリストである。

 立場上の話だけをすれば、人間社会の支配階級に籍を置くシルヴィアとも敵対関係にある組織。結成されてから今までの数年間で、多くの奴隷商人や貴族たちが彼ら反乱軍によって倒されており、彼らに加担することは身分問わずに即死刑に相当する重罪だ。

 もちろんシルヴィアは反乱軍に加担するような真似などしたことが無い。リリアを虐げたという話と同様、これも完全な冤罪である。

 しかし、それを証明する手立てもなければ助ける人もいない。と言うよりも、冤罪だと分かっていても、憂き目なくシルヴィアを排除する口実がエドワードは欲しかったのだろう。後腐れなくリリアと結ばれるために。


「へ、陛下……」

「…………」


 エドワードが腰に差す剣を鞘から抜き、端正な顔を悪意に染める。そんな愛する男を視界の半分で捉えながら、シルヴィアは高い所からダンスホールを見下ろす、エドワードの実父である国王を見上げる。

 しかし国王は隣に立つ王妃共々、栄えある祝賀の宴が息子の婚約者の血で染まろうとしているのを止めようともしない。むしろ周りの貴族たちと同様に、これから起きるであろう惨劇を楽しみにしているかのような笑みを浮かべていた。

 古来より権力者たちは、剣闘士が魔物との戦いによって流れる血を好むのと同様に、悪人の処刑は憂さを晴らすための娯楽の一種だ。冤罪によって嵌められたシルヴィアの死刑を、この卒業パーティの余興にでもするつもりなのだろう。

 それに加えて、切り落とされたシルヴィアの首を使って民衆に……果てには反乱軍に対して見せしめをするつもりなのだ。ありもしない罪をさも事実であるかのように民衆に謳いあげ、亜人に与する者はこうなる運命を辿るのだと、警鐘を鳴らす道具にしようとしているのだと、聡いシルヴィアは国王の目を見て分かってしまった。


「ではな、元婚約者殿。せめて最後は、私の役に立つためにその首を差し出してくれ」


 自分などよりもずっと力も体重もあるテリーに押さえつけられ、救けなど望むべくもない。もはやどうなっても愛する男に殺される未来を変えることは出来ず、シルヴィアは絶望と悲しみに、宝石のような碧い瞳をそっと瞼で隠し、一筋の涙が白い頬を伝う。

 その瞬間、首に食い込む白刃の冷たい感触が骨にまで伝い……ドシュリという、血肉でくぐもった音と共に、シルヴィアの首はエドワードの手によって宙を舞い、血を撒き散らしながら床に転がる。

 末期に彼女が聞いたのは、愚かな亜人の血を引く、夢見がちで馬鹿な小娘が死んだと、処刑と言う余興を楽しむ貴族たちの悍ましい笑い声だけだった。


   ===== 

  

 死んでしまった……そう感じた次の瞬間、シルヴィアはいつの間にかダンスホールの扉の前に立っていた。

 困惑しながらも、先ほどの光景は夢だったのかと考えたが、首に食い込む刃の感触は鮮明過ぎたし、周囲の人間関係を鑑みれば、本当にあり得そうだと考えたシルヴィアは、怖くなってその場を逃げ出した。

 とにかくこの場から離れなくてはと学院の外を目指したが、正面の門も裏門も、高い塀で囲まれた敷地内から外に出る場所には全てエドワードが根回しした兵士が配置されていた。


「ところでよぉ、変な命令が下ったもんだよなぁ。貴族の皮を被った亜人女が学院から出ないようにしろだなんて」

「王太子様直々のご命令だからな。一応敷地内に入っていくとこは確認したし、後は裏門の連中と俺らが逃がさないようにすればいいんだろ?」

「あぁ。もし敷地の外に出ようとすれば、無理矢理にでも捕まえちまえば良いんだとよ。普通の令嬢様相手には、絶対あり得ない対応だな」

「ま、いいんじゃね? 相手は薄汚い亜人の血が混じった女だ。王太子様の許可もあるし、乱暴に扱っても誰も文句は言わないだろ」

「違いない」


 兵士たちが気付かない背後で偶然聞いた会話である。それを聞いたシルヴィは、エドワードが何が何でも自分を排除しようとしていると確信しつつも、逃げ場のない状況に落胆し、中庭の花壇に隠れる形で時をやり過ごすことしかできない。


「どうして……エドワード様ぁ……!」


 理想を実現するには過酷過ぎる現実に信念が折れてしまったのは分かっていた……だからこそシルヴィアは必死に彼を支え、励まそうとしたが、それすらもエドワードからすれば煩わしいだけだったらしく、エドワードはシルヴィアに強く当たるようになった。

 最初は気に入らないことがあれば手を上げ、暴言を吐き散らし……次第に頻度は上がって何も無くても暴力を翳す。それを止める者など1人もいない。

 やがて荒れた様子は鳴りを潜め、エドワードがシルヴィアに手を上げることはなくなったが……代わりに、まるで路傍に転がる汚物でも見るかのような冷たい目を向けるようになった。

 それでもシルヴィアはエドワードに歩み寄ろうと努力を重ねたが、彼はただ冷たくあしらうだけ……そんな日々が続いた先にあったのが、あの目も覆いたくなるような人間の醜悪さを煮詰めたような処刑劇だ。


「どうして……どうして……!」


 ただ婚約破棄するだけでは飽き足らず、自らの手で討たねば気が済まないほど、エドワードがシルヴィアを疎んでいたのかと思うと、胸が張り裂けそうなほどに苦しい。

 このままではエドワードに嘲笑われながら殺される。だというのに、これまで大切に育んできたエドワードへの愛情を消すことができない。それが出来るほど、シルヴィアは冷静沈着ではなく、割り切るにも情が深すぎた。だからこそ、余計に苦しいのだ。

 長年を費やした愛の末に起こった裏切り。だからこそシルヴィアは何も考えることが出来ずに、ただ哀しみに心身を任せるしかできない。

 私を幸せにしてくれるというのは嘘だったのか。全ての亜人を救い、誰もが睦まじく暮らす国を作る……その誓いも嘘であったのかと、心の中だけでも彼を詰らなければ気が済まない。 

 

「…………?」


 この中庭に逃げてどれだけの時間が経っただろうか……すでに卒業パーティが始まり、音楽が遠くから聞こえてくるようになった時、ジャラリという太い鎖が鳴る音が聞こえた。それに続いて男の怒鳴り声。

 一体何があったのか、まさか自分を捕えに誰かが現れたのか……シルヴィアは花が咲く植木に隠れながら、恐る恐る音が鳴った方角の様子を窺う。中庭には至る所に明かりが設置されており、何が起こっているのかがよく見えた。


「おら、早くしろ!!」

「あぐぅっ!?」


 そこには下働き風の男が、幾人もの半人半鳥の亜人……ハーピィの子供たちに鉄の首輪を嵌め、鎖を引っ張る姿があったのだ。

 恐らく、来賓したどこぞの貴族の奴隷だろうとシルヴィアは推察する。ハーピィは孔雀のような翼模様の美しさから、愛玩用としてだけではなく、鑑賞用としても人気のある奴隷であると知識で知っていた。

 よくよく見てみれば、ハーピィの子供たちに嵌められた鉄の首輪には値札のようなものが付けられている。どうやらこの卒業パーティの場で売りつけようと目論んでいる輩がいるようだ。


(なんて悪趣味で常識外れな……)


 国王すら招かれる宴の席でやることでは無い……しかし、そんな事すら寛容に許されてしまうだろう。この国の人間は、亜人が苦しむ姿を見るのを好む傾向にすらあるから。平民も、貴族も、王族も、皆。

 昔は貴族の集まりがあれば奴隷の売買や交換にかこつけた貴族間の交流はよくあった事らしく、以前までは亜人の味方をしていたエドワードの手前自粛していたようだが、当のエドワードが完全に亜人排斥派に回ったこともあって、その悪習が再発したようだ。

 これがこの国の人間の業かと思うと、エドワードと共に国を良くしようとしていたシルヴィアからすれば心底やるせない。余りに救いようがない話である。

  

(……だけど……)


 こうして虐げられる亜人たちを、それを当然だと思う人間たちを見て、シルヴィアは何か出来ていただろうか?

 ただ理想ばかりが先行して、その実何も出来ていなかったのはシルヴィアも同じ。ただ、エドワードよりも諦めが悪かったというだけで、何の力にもなれていない。人間と亜人の共存を夢見る婚約者の実質的な助けになることもしなかった……だからこそ、エドワードは心が折れて変わり果ててしまったのではないのかと、そう思うようになった。

 その証拠に、亜人の救済を掲げた身でありながら、周りの目や、反乱軍が持つ貴族への恨みの感情を恐れて、本来1番にどうにかすべき反乱軍に干渉しなかったではないか。


(結局私は、エドワード様に嫌われたくなかったからそれらしく振舞っていただけで、信念も何も無い空っぽの存在だったのですね……)


 こんな滑稽な生き様が自分の生涯かと思うと、自嘲の笑みすら浮かんでくる。自分は本当に夢見がちなだけだったのだと、シルヴィアは思い知らされてしまった。


(それでも)


 それでも、立ち位置も程度も大きく違えど、同じく人間に苦しめられている者としての同情心と、それをどうにか出来るならしたいというちっぽけな良心くらいはある。

 どうせシルヴィアは学院に閉じ込められ、隠れても見つけ出されるのは時間の問題。どうせ死ぬのなら最後の最後は悔いが残らぬよう、心のままにしようと思う。

 反乱軍に……ひいては亜人に与するのが罪だというのなら罰せればいい。シルヴィアはハーピィの子供たちを引きずる男が鎖を柱に巻き付け、その場を離れた隙に子供たちに駆け寄る。


「ひっ……!?」


 子供たちは皆、一見して貴族に見えるドレス姿のシルヴィアを見てあからさまに怯えたが、それに意を介することなくシルヴィアは魔法を使う。

 王妃教育を中心に受けてきたシルヴィアにとって、魔法は嗜み程度に覚えるもので大したことはできないが、小さな鉱物の形を、時間を掛けて変えることくらいは出来る。

 硬い粘土を引き千切るようにゆっくりと、しかし確実に全員分の鉄の首輪を外すと、呆然とする子供たちを叱咤すようにシルヴィアは低い声で告げる。


「……逃げなさい」

「……え? で、でも……」

「いいから、逃げるのっ! もう捕まってはいけない……逃げて、自由になるのっ!!」


 そう叫んだ瞬間、ハーピィの子供たちは両腕の翼を羽ばたかせ、月夜の空へと向かって一斉に舞い上がる。舞い落ちる羽を残して、軽々と塀を飛び越えていくその姿を見て、シルヴィアは心の底から羨ましいと思った。

 こんな塀を飛び越えて自由になれる力が、自分にもあればいいのに……と。こんなちっぽけな魔法では、広く分厚い塀の壁に穴を空けることも出来ない。


「何時まで経っても会場に現れないと思えば……やってくれたみたいだな、シルヴィア」


 泣きそうな表情で何時までも子供たちが飛び去った空を眺めるシルヴィアの背中に、加虐心に溢れる陰湿で聞き覚えのある声が掛けられる。


「……エドワード様」


 振り返るとそこには、リリアの肩を抱くエドワードが、テリーやジークにロナルド、そして騎士団長を始めとする十数人の護衛騎士を率いて(わら)っていた。

 

「くくく……見てしまったぞ。まさか我が婚約者殿が、仮にも貴族籍に身を置いておきながら、亜人に与して商品を逃がすようなことをするとは」


 まるで失態を犯した同級生を見て、教師に言いつけてやろうとする子供のような態度で近づいてくるエドワードに、シルヴィアは僅かに後退る。

 

「皆、今のシルヴィアの行いを見たな? 奴隷を逃がしただけでも罪だが、どうやら貴様が反乱軍に与しているというのも本当らしい」

「大人しい態度をとっておきながら、やはり薄汚い亜人どもに腰を振った売女(ばいた)だったか!! こんな女と婚約していたとは、殿下があまりに不憫だ!!」

「義姉上、貴女にはとことん失望しかありませんよ。くだらない嫉妬に身を任せ、国難を招きかねない事態に手を貸すようにまで堕ちるとは」

「遂に化けの皮が剥がれましたね、シルヴィア嬢。貴女がリリアを虐げたばかりか、亜人どもに与するようなことをするとは」


 どこか聞き覚えのある台詞を吐くテリーたち。やはり首を刎ねられた体験は夢ではなく、本当に時を遡ったことをシルヴィアが実感していると、エドワードに腕に抱き着いていたリリアが、眼に涙を浮かべる。


「シルヴィア様……まさか貴女が本当に恐ろしい亜人たちに手を貸していたなんて……信じられませんっ。例え貴女の婚約者であったエド様と愛し合ってしまった女性を虐げることはあっても、まさか国の安寧を脅かす亜人に協力するなんて……!」

「リリア……お前って奴は、こんな女の為に涙を流せるんだな」

「国の在り方を案じ、罪を犯した者の為に涙する聖女の如き高潔な精神……やはり君こそ、我が妃に相応しき女性だ」

「こんな素晴らしい女性を傷付け……義姉上、貴女には半分とは言え人間の血が流れているというのに、良心と言うものが無いのですか!?」

「もう半分流れる薄汚い亜人の血が、彼女に悪の道を走らせるのでしょう。やはり亜人など、人間に劣る下等生物。ハーフエルフもまた然り、と言ったところですか」


 友人らしい友人が居ないシルヴィアと言えども、1人の女。リリアが流す涙が演技によるものであるというのは、勘で見分けていた。

 そんな典型的な女の演技に簡単に騙される4人は、貴族教育の一環としてハニートラップの恐ろしさを学んでいたはずの高位貴族の子息たち。

 そして……数年前まではシルヴィアと最も親しかった者たちでもある。


「…………」


 シルヴィアからすれば1度体験し、今回で2度目となる、4人が挙ってリリアを庇い、シルヴィアを罵る様子は、冷静になれる分客観的に見ることができ……その姿はハッキリ言って滑稽だった。

 酷い茶番劇を見せられている気分だ。道徳的に彼らがしていることは何1つ筋が通っていない。何時から彼らはこんなにも愚かしくなったのだろうと呆れ……そして、悲しくなった。


(人間相手なら通す筋を、亜人の血が流れる私になら通さなくても良いと……?)


 ではこれまでエドワードたちと積み重ねてきた時間はなんだったのだ?

 彼らにとっては思い出も、その中で生まれた情も、何もかもが国の情勢に流され消える程度のものでしかなかったのか……シルヴィアは自分とエドワードたちとの間にある温度差に気付き、悔しさのあまりに俯く。


「最早貴様を捨ておくことは出来ん。せめて最後は、私自らの手で(ちゅう)してやろう」


 エドワードが腰に差した剣を抜く。その後ろでは、リリアが涙を流しながら……口元を歪んだ三日月のように歪めていた。

 案の定、エドワードたちは猫の皮に騙されているらしい。どうやらイジメ云々の冤罪は、彼女主導のものらしい。

 しかしそれを指摘しても意味は無いだろう……1度目と同じように、シルヴィアはエドワードの手によって殺される。この状況では、それは最早確定だ。次もあるなど……都合の良い事には到底期待できない。


「ねぇ……エドワード様」

 

 だから……シルヴィアは最後に愛した男に問いかける。少しでもいいから未練を残さないようにするために。


「私は……殺されなければならないほどの罪を犯したのでしょうか……?」

「何を言っている。現に貴様は反乱軍に与していることは調べがついて――――」

「いいえ。それはありえません。その事は……エドワード様がよくご存じのはずです。…………貴方は、心にもない嘘を吐く時ほど、笑みを浮かべる人ですから」


 ずっとエドワードだけを見てきたからこそ分かる、当の本人ですら自覚していなかったであろう癖を指摘すると、エドワードはハッとしながら頬に手を当てる。

 その仕草だけでも、エドワードがシルヴィアを排除するべく、故意に冤罪を掛けようとしていた証拠だ。

 

「だ、だからどうした!? 貴様が奴隷を逃がしたことはこの目で確かに見た!! 亜人に与した証ではないか!!」

「…………貴方も、していたことではありませんか」


 またしても言葉が詰まるエドワード。実際に彼は亜人の奴隷解放と銘を打って、多くの奴隷を逃がしてきたことがある。それが絶対的な正義であると信じて。


「生きる以上、誰にも自由である権利がある……自由を縛ることこそが悪なのだと……そう仰ってくれたのは、他でもない貴方でしたね」

「そ、それは……! む、昔の事だ!! 貴様がしたことは亜人に与する重罪で……!」

「えぇ……亜人を救うべからず。それがこの国の法であり、破った者には重罪が課せられる。貴方が罰せられなかったのは、たった1人の王子であったからでしょう。他の者ならば、今の私のように罰せられる……ですが」


 シルヴィアは俯けていた顔を上げ、エドワードを滲んだ視界で捉える。宝石のような碧い瞳から流れる雫を見た彼らは、まるで魅了されたかのように固まって、ただシルヴィアの言葉に耳を傾けるしかできなかった。


「それは本当に殺されなければならないほど罪深いのでしょうか……っ? ただ近くで苦しむ者に寄り添い、手を差し伸べる事の、何が悪だというのでしょうか……っ? 何もしていない婚約者にありもしない罪を被せることは、悪ではないのですか……!?」

「だ、黙れ……!」


 シルヴィアの顔が悲観に歪み、エドワードの顔は苦渋に歪む。


「多くの亜人たちに期待させるだけさせておいて、無責任に全て捨てるのは悪ではないのですか……?」

「黙れ!!」

「どうして貴方たちは、私の邪魔をするのですか……? 富も名誉も要らない……ただ、穏やかに過ごしたいだけなのに……!」

「黙れぇええええええええええええええええっ!!」

 

 それは他の誰でもない、シルヴィアの願い。誰にも憚られず、愛する人々に囲まれる日々。いつかエドワードと共に過ごしたかった未来であった。

 その言葉にエドワードは堪えきれないと言わんばかりに叫ぶ。今しがた、シルヴィアが言った言葉は、かつてエドワードが信念と共に彼女に伝えた言葉でもあったのだ。

 まるで過去の自分が、夢破れた今の自分に語り掛けてきているような不快感と罪悪感。それを振り払うように、エドワードは剣を振り上げる。


「お前が……お前が知ったような事を言うなぁあああああああああああっ!!」

「っ!?」


 現実に敗北し、信念を捨てた哀れな男の咆哮。

 エドワードが力任せに剣を振り下ろすが、シルヴィアは咄嗟に後退ったことで致命傷を受けることは免れた……が、完全に避けることは叶わず、額の右側から左目を跨いで頬まで、大きな裂傷が美しい(かんばせ)に刻まれ、左腕を肩の根元近くから斬り飛ばした。

 吹き出る血で滲む視界。肩の断面と顔の左半分を支配する激痛に、気絶することすら出来ずに倒れるシルヴィア。そんな彼女の心臓を突き刺そうと、エドワードは切っ先を下に向けた剣を上げる。


「いずれにせよ、貴様が私の愛しいリリアを虐げた事実は変わらん!! それだけでも万死に値するのだぁあああああああ!!」


 2度目の死を与える刃がシルヴィアに迫る。どうしようも出来なかった現実……しかし、少しだけ気が晴れた最後を胸に目を閉じた瞬間、凄まじい轟音と共に塀が破砕された。


「な、何だぁあああっ!?」


 学院を囲む塀の強固さは、有力貴族の子息子女が通う場所なだけあって要塞のそれにも比肩する。そんな分厚く硬い塀が粉砕され、驚愕しながら土煙が立ち込める塀の穴を、その場にいる全員が瞠目しながら見遣る。


「ウォルテシア王国王太子、エドワード・ルツ・ウォルテシアと見受ける」


 ズシン、ズシンと地面を揺らすような足音と共に、土煙を裂いて現れたのは、白銀の(たてがみ)を風に揺らす、3メートルにも迫りそうな長身巨躯の持ち主。

 手足はシルヴィアの腰回りよりも更に太く、その指先は刃のように鋭い爪が生え、大きく裂けた口には太い牙が並んでいる。

 全身には艶やかな漆黒の鱗が並び、頭には後ろに向かって伸びる長い角が生え、まるで大蛇のそれを思わせる丸太のように太い尾をしならせる、人の形をした竜。

 魔物と人の間に生まれたとされる亜人だが、その姿は人間に近い。……が、中には先祖返りと呼ばれる、祖先である魔物の血が色濃く現れた、生まれながらにして戦士と呼ばれる亜人の特異個体が存在する。


「聞けぇ!! 愚かなるウォルテシア王国を支配する者どもよ!! 我が名はクロウ・クルワッハ!! 北の霊峰に住まう偉大なる竜の末裔にして、反乱軍の宗主より王都制圧を任じられし者である!!」


 人間寄りではなく、魔物寄りの外見をした亜人……竜人の先祖返り、クロウは学院どころか、王都中に響き渡りそうな咆哮を上げる。


「王族並び、貴族たちが集まったこの場所は、既に我ら反乱軍が包囲し、間もなく制圧が完了するだろう!! お前たちはもはや逃げることは能わぬ!! 降伏するのならば命と尊厳は保障しよう……だが、抵抗する者は1人残らず(みなごろし)だ!!」

「な……なぁ!?」

「で、殿下!? 学院中から悲鳴が……!?」


 クロウが塀を突き破って現れるとほぼ同時に、学院中から破砕音や悲鳴、爆発音や怒声に剣戟の音が響き渡るのが聞こえる。

 王族を含めたウォルテシア王国の主要貴族たちが大勢集まる学院の卒業パーティの日、それを狙って反乱軍が攻めてきて、この地はまさに戦場と化したのだ。


「さぁ、選ぶがいい……降伏か、死か!!」

「だ、黙れ黙れ!! 誰が薄汚い亜人などに降るものか!! 兵士!! 騎士団長!! 何をしている!? 早くこの蛮族を殺せぇえ!!」

「「「はっ!!」」」


 エドワードの号令を受け、騎士団長を始めとする兵士たちが、剣や槍を手にして一斉にクロウに襲い掛かる。

 少し話は変わるが、クロウは向う脛まで隠す裾の長い腰布と、指先とアキレス腱が露出した靴以外は何も身に纏っていない、手薄な状態だ。故に兵士たちは特に何も考えずにクロウに切りかかったのだが――――


「なっ!? け、剣が……!?」


 クロウを傷付けるどころか、逆に剣は砕け、槍は折れる結果に終わった。全身に並ぶ漆黒の鱗と、その下に秘められた筋肉の塊……それらが鋼よりも強固な鎧としての役割を果たし、敵の攻撃を跳ね返したのだ。


「ふんっ!!」

「ぎゃああああああああああっ!?」


 逆に反撃としてクロウが鋭い爪が生える腕を薙ぎ払えば、兵士の胴体は鎧ごと引き千切れ、人間を遥かに上回る長身に任せて踏みつければ、鎧はひしゃげて肉体がトマトの様に弾ける。

 振り回した尾に吹き飛ばされた兵士の全身の骨は砕け、竜の顎そのものと言える口から吐き出された炎は多数の兵士を纏めて焼き払う。


「うわぁあ!? うわあああああああああああああっ!?」

「いやああああああああああああああああっ!?」

「おのれぇ! この化け物めぇええええっ!! 亜人ごときが人間様に逆らうとは何事だぁあああっ!!」


 ジークとリリアの悲鳴が響き渡る中、騎士団長は剣を片手にクロウに切りかかる。王国随一の剣士と謳われた腕前でなます斬りにしてやろう……そんな思いも束の間、騎士団長の鎧と剣はクロウの爪一閃によって断ち切られ、騎士団長が怯んだ隙を逃さず、クロウは鋭い牙が並ぶ顎で騎士団長の首に食らいついた。


「が……ぶっ……ぎゃ……!? だ……だずげで……!」


 大量の血を傷口と口から噴き出しながら必死に命乞いをする騎士団長。しかしそれをクロウは聞き入れることはせず、そのまま騎士団長の足を大きな(てのひら)で鷲掴みにすると……腕と顎と首の筋力任せに、騎士団長の首を胴体ごと噛み千切った。


「っ!?」


 血の雨が中庭に降り注ぐ。豪快に飛び散った血の塊はシルヴィアの髪と顔を赤く染め、エドワードたちは全身に血飛沫を浴びる。


「ひ……ひぃいいいいいいいいいいいっ!?」


 一体どんな力で噛み潰されたのか、首と胴体と下半身の3つに分かれた父親の遺体が目の前に転がり、テリーは腰を抜かして地面に尻もちを付き、股座を黄色い汚水で汚した。


「あ……あ……あぁ……!?」


 テリー同様、股座を温かく濡らしながら呆然と立ち尽くすエドワード。これまで散々見下してきた亜人の絶対的な暴力……それが生み出した、兵士たちの死体で彩られた地獄絵図に放心する中、クロウは重く響く足音を鳴らしながらエドワードの前まで歩み寄り、無様な姿を晒す王子を見下ろしながら再び問いかける。


「王太子として再び選ぶがいい。降伏し、己と臣の命を助けるか……このまま死ぬか」

「こ、降伏する……だ、だから……私の命だけは……!」


 最初の威勢はどこへやら。とても一国の王太子とは思えない、自分の命を最優先にした、あまりにみっともない命乞い。それを聞いて、あまりに凄惨過ぎる虐殺劇に気を失うことすら出来なかったシルヴィアは、エドワードへの失望に力が抜けて、そのままようやく意識を失った。


後編投稿後は、後書きにちょっとした設定を書く予定です

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