プロローグ
佐藤 拓斗
これが俺の名前だ。
現代の日本で暮らして今年で35歳。
そこそこいい大学へ行って、就職先もそこそこいい建設会社に入った。
だが、一人暮らしの彼女無しの結婚歴皆無の普通の会社員だ。
最近は、忙しく帰るのが遅かった。
そんな折に、通り魔に合う。
そんな皮肉な運命を迎え、俺の人生は終わりを告げた。
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「ここは…」
目の前には、現代の日本ではみる事のできない広大な草原と、その奥に見えるのは大きな森だった。
「兄さーん、お父様が呼んでいます」
後ろから、高身長の中世的な顔立ちをしたイケメンが声をかけてきた。
「えっと、兄さんって、俺の事?」
俺は立とうと手を突き、すべる。
そのまま頭を勢いよく偶然そこにあった石にぶつける。
「っぐ」
そして、自分のことを思い出す。
俺は前世で通り魔に刺され気を失った後、この世界で俺は辺境の貴族の長男の、アルフレット・フォン・ビンラットととして生を受けたのだった。
切れ者であり、頭がよく体が弱い長男。
父は元冒険者のレギアスと言う大柄の男で、王国で最も大きく、最も貧相な貴族であった。
母は、弟の生まれたときに他界してしまい、残るは俺とチャールズ、レギアスの三人であり、俺は領地を継ぐだけで結婚はしない。代わりに、頭脳明晰、容姿端麗、文武両道な弟がどこぞのお嬢様と結婚することになっている。
力のない家に嫁いでくれるお嬢さんは居らず、今回も父が無理をして取り付けた婚約であったため、相手方の要望に合う、弟が結婚をすることになった。
ちなみに、俺は十七だが、弟は十三だ。
「兄さん!大丈夫!」
横から弟のチャールズの声が聞こえる。
「ああ、大丈夫だ」
ポケットには、今まで肌身離さず手にしていた、訳の分からなかった薄い四角い、前世でのスマートフォンだった。
チャールズに連れられて、屋敷に戻りながら死の直後のことを思い出す。
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『異世界転生?』
『そうです。今なら一つ好きな能力を持っていける特典付きです』
目の前で銀髪の自称女神から話を聞いていた。
『それって、頭が悪くなったり、体が悪かったりしないんですか?』
『それは問題ありません。もともとある体に、赤子からその魂を入れるので、ある程度歳をとると記憶が戻るようになっています』
なるほど。
でもぶっちゃけ、転生とかしたくないんだが。
『いえ、このまま成仏しますんで、他の人をあたってください』
『さらに今なら!転生できる環境もそこそこ整えることが出来ます!どうですか!』
何故か必死に勧誘してくる自称女神。
って、近い近い!
半ば強引に納得させられ、俺は異世界に行くことになった。
そして、転生した先は、王国で最もでかく最も乏しい領地を持つ辺境の貴族であった。
「あの自称女神」
この分では一生働かないで生活するのは無理そうだな。
とりあえず、この異世界と現代の知識を見ることが出来る、スマホで領地開拓だな。
この領地は、海こそ持っているが、ほとんど宝の持ち腐れであった。
近衛兵は、父さんに異常なほど忠誠を誓っている二個師団ほどの兵士。
彼らがそのまま領民と言ってもいいだろう。
領地のわりに数こそ少ないが、王国でも一二を争う強さを持っていた。
まあ、そうでないと広大な領地の一部とはいえ、守ることはできない。
「はあ、俺のスローライフ」
悠々自適な生活ができないと分かった今、なんとしても領地を発展させて、裕福にする必要がある。
「まあ、後々考えるか」
俺がぶつぶつ独り言を話していると、チャールズから声を掛けられる。
「さっきから、一人でぶつぶつと、どうしたの兄さん?疲れがたまってるの?」
ああ、チャールズはなんて良い弟なのだろう。
この十三年、一緒に過ごしてきたが、チャールズは本当に性格がよく、まぶしいほどに優しい弟だ。
「いや、婚約者とはうまくいってるのかなと思って」
「ああ、うん。相手方の家はともかく、彼女は優しくて人の良い女の子だったよ」
嬉しそうに婚約者の話をするチャールズ。
「そうか。それは良かった。これからも幸せにやってくれ」
「いきなりなんだい兄さん?こないだも似たようなこと言って」
まあ、こいつは人が良すぎだから少し心配になるのだが。
こうしている間に、かなりの大きさを誇る我が家の門前に着く。
「アルフレット様、中でお父様がお待ちです。いよいよですね」
気のいい門番に陽気な声で言う。
「そうだな。頑張るよ。」
そう言って門に入っていく。
今日は、父から領地を譲渡される日だった。
父レギアスは今日をもって領地を離れる。
弟のチャールズと一緒に王都の方に住むのだ。
今、家の力は兵力だけで保っているような物なので、王都での立ち回りでは見下されやすい。
そのための父なのだ。
父は、曲がりなりにも貴族であり、友人も貴族の中に何人かいるため、チャールズを紹介して、いざとなった時の助けにしえ貰うのだろう。
夕方、領主交代の儀を終え、家族と領民、父の友人とでのささやかな宴を開き、終了となった。
うん、もうお分かりかもしれないが、家は他の貴族からは相当見下されている。挨拶に来ないほどに。
そんな中で、俺は若くして領主となった。