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前編

下ネタ注意っ!!

 剣道をやったことのある人なら知っていると思うが、剣道で使用する面――稽古の際、顔に装着している防具――を付ける時に、その前に手ぬぐいと呼ばれるタオルを薄くしたようなものを、バンダナみたいにくるりと頭に巻くんだ。

 何でそうする必要があるのかは、実際に手ぬぐいを巻かずに面を被ってみると分かる。

 手ぬぐいなしの面は、どこかゴワゴワしていてうまく頭にフィットしてこない。面が頭に安定してこない感じ。そして、勿論、頭がそんな状態じゃあ集中なんかできやしない。集中できなきゃあ、敵を倒せないし、試合には負ける。ろくでもない。

 だから剣道をするにあたって、思いのほか重要なんだ手ぬぐいってのは。

 面や小手や胴に比べれば存在は地味だが、ちゃんと役に立ってる。縁の下の力持ちってのは手ぬぐいみたいな奴のことを言うんだろう。

 さて、前置きは終了だ。

 この話は、俺が手ぬぐいをなくしたところから始まる。



 八月十日。午前七時。対、源間将平先輩。


「……おかしいな」

 稽古前。道場内の部室。

 俺は引き出しに入っている手ぬぐいの枚数を数えながら、不思議そうに声を出した。

「どうした、桐原。なにか問題でもおきたのか?」

 すると、後ろからいつも耳にする快活そうな声が聞こえてきた。

 首を回して振り向くと、そこには黒髪短髪でがっちりとした体つきの青年が立っている。

 我らが築山高校剣道部主将――源間将平先輩だ。

 つねに背筋をピンと伸ばしており、自信に満ち溢れた堂々とした様子が印象的な人である。端正な顔立ちをしており、背も高いので女子部員からの人気も高い。

「いえ、たいしたことではないのですが……」

「些細なことでも構わないさ、話してみろ。小さな歪から大問題につながることもある」

 源間先輩はそう言い、俺に話すように促す。

 先輩はよくこうやって部員の悩みに首を突っ込もうとすることが多々ある。

 おそらく、主将として、自身の性質として、部員が悩んでいるのをほうってはおけないのだろう。要するに、面倒見がいいのだ。

「はい、実は、俺の手ぬぐいの枚数が一枚足りていないんです」

「手ぬぐいが?」

「はい」

 そう、手ぬぐい。

 さっきから、かっこいい主将の話ばっかしてるが、本題は手ぬぐいなのだ。そいつを忘れてもらっちゃ困る。

 俺の手ぬぐいが、何回数えてみても、一枚足りていないのだ。

 本来、俺は手ぬぐいを五枚を持っているのだが、今、部室の引き出しの中に入っている手ぬぐいの枚数は、一枚、二枚、三枚、四枚……以上。全部で四枚だ。

 これから行う稽古では一枚あれば十分なので、別に困ることはないのだが、微妙にに不思議だし不審だ。それに、こうゆうことは、俺は妙に気になるたちなんだ。

「そうか、稽古をする際には問題はないのか?」

「ええ、その点は予備があるので大丈夫です。」

「わかった。おそらく、どこかに落としたか、マネージャーが入れ忘れたんだろう。桐原の数え間違いって線もあるが、わざわざ枚数覚えているくらい几帳面ならその可能性は低いな。とりあえず、稽古終わったら、マネージャーにでも話を聞いてくるといい。何か知っているかもしれない」

「わかりました。わざわざ、ありがとうございます」

「気にするな、その感謝の分、お前も他の部員が困っていたときに優しくしてやってくれ」 

 そういい終えると、源間先輩は満足して、自分の竹刀を持って颯爽と部室を去っていった。



 八月十日。午前十一時。対、真名子真子先輩。


「はーん。盗まれちゃったんじゃないの。それ?」

 稽古を終え、部員全員の道着と手ぬぐいを回収し、カゴに入れて、道場を出て、歩いて数分。マネージャーに洗濯を頼みに持っていく。

 これは、我が築山高校剣道部において、俺たち一年生部員に任されている雑務の一つであり、これを俺たち一年生一同は、三日ごとに代表者を変えてローテーションしながら行っている。

 今日はうまい具合に、俺が代表者であったため、マネージャーのところまで行き、洗濯を頼むついでに、俺が手ぬぐいをなくした話を聞いてみることにしたのだ。

 そして、マネージャーからの返答が上の奴。

「盗まれたって、手ぬぐいなんか盗んで、なんの意味があるんですか? それ」

「なに言ってるのよ、桐原くん。そりゃあ、意味はたくさんあるわよ。あなたがいぇーいと喜ぶ意味からががーんと悲しむ意味まで、たくさんあるわ」

 そう言い、マネージャーは楽しそうな顔でニヤリと笑う。

 マネージャー――真名子真子先輩。清楚な外見と中身の性悪さのギャップがどろりと煌めく高校二年生だ。

 黒くてさらさらとしたロングヘアが特徴的であり、面を被る必要性からショートカットにしている女子部員が多い中、そのしっかり手入れのされた綺麗な長い髪は空気を読んでないのでよく目立つ。

 また、見た目だけならば、今彼女が着ているのが学校指定の体操服であるにも関わらず、背が高く美しい容貌をしているので、教養が高く礼儀正しそうな雰囲気を醸し出せており、まるで俗世に塗れている変態野郎とは全く見えないほどの清廉とした様子が感じられる。

「ご丁寧な説明をどうも。肉骨粉にして米国の牛に食わせてやろか?」

「ひぃっ」

 全く、恐ろしく敵わない先輩だ。入部以来、俺は彼女にいじめられ続けている。なんとか反抗しようと頑張っているが、未だに恐ろしくてうまくいってない。

 つか、マジ怖い。

「それにしても、よく持ってる手ぬぐいの数なんて覚えてるわね。私が剣道やってた時はいちいち数えてた記憶なんてないわよ」

 真子先輩は呆れたようにつぶやく。

「はぁ。俺、どちらかというと几帳面なほうなので」

「几帳面というより、潔癖症ね。あなた、二年の竜太くんといい勝負じゃないの? 」

「俺は特殊な消臭剤を常備するほど神経過敏じゃあありませんよ」

 築山高校剣道部副部長、上條竜太先輩。すべての防具に名前を書き、部で使っている防具用の霧スプレー(消臭剤)とは別に、特別調合した防具にかけるMY消臭剤を持つ男。

「そう、まあいいわ――ああ、それはこっちにわけといて――うん、それで、私にどうして欲しいの?」

「どうして、欲しいってのはないんですが、一応何か知っているんじゃないかなって思いまして。道着や手ぬぐいの洗濯と返却は、基本的に先輩が行っているでしょ。」

 そういうと、目の前に右ストレートが飛んできた。

 世界が揺れる。

「何? 私のミスだっていいたいの」

 怒った。やべぇ。

「い、いや、そういう訳では……」

 俺は焦る。すかさず、弁解を――。しかし、先輩が手を前に出し、俺のいい訳を封じる。

「無駄よ、たとえ言葉をオブラートに包んで誤魔化そうとしていても、私には目を見れば判るわ。あなたはこう思っている『ああこいつ、やっちまったんだろ』って」

「いえ、別に」

 目の前に左ストレートが飛んでくる。

 世界が揺れる。

「先輩の言うことには素直に肯きなさい。肯定しなさい。先輩が青だって言ったら、パンダだって青なのよ。今日の青空のように青なのよ」

「パンダって青いですよね」

 目の前にハイキックが飛んでくる。

 世界が傾く。身体が揺れ動き、倒れこむ。

「何よ、そのパンダ。気持ち悪いじゃない」

「横暴だ! 横暴ですよ!!」

 倒れこんだ目の前にローキックが飛んでくる。

 今日も世界は揺れる。

「何、倒れこんでるのよ。私のパンツを覗き見たいっていうの? とんだ変態ね」

「これは、蹴られたからですよ! つか、先輩おもいっきり体操服じゃないですか!!」

 少し前の行を参照。

 けれども、さらなる追撃が飛んでくる。

「何、倒れこんでるのよ。私のマ○スジを覗き見たいっていうの? とんだ変態ね」

「最低だ! この人、最低だ! せめて、少しはぼかしてっ」

 目の前につま先が飛んでくる。

 ああ、揺れっぱなしだなぁ。

「何、倒れこんでるのよ。私のだぁいじな女の子のところ、きゅっとくっきり出たその跡を、そんなべたべた覗き見たいっていうの? とんだ変態ね」

「だめだ! ぼかしてるけど、それはだめだ! すっごいだめだ!」

 蹴りに耐えながら、俺はなんとか起き上がる。

「あら、もう起き上がるの? Mで短パン萌えの桐原くんには極上のシチュエーションだったと思うのだけれど」

「ぜっっんぜん、ちゃいますよ。俺、Mで短パン萌えじゃないです」

「あら、そう? この前、言ってたじゃない『世の中の人々は、いつも目に見えないいらいらに押し潰されそうになっている。だから俺は、そんな彼らの豚となり、つもりつもった彼らのうっぷんを晴らしてやりたいんだ』って」

「言ってないすよ!」

 何か、かっこいいけど。

「あら、そう? こうも言ってたじゃない『現代社会においてブルマはすでに絶滅の域に達している。だから、俺は、いつまでも過去の幻想にとらわれるのではなく、前向きに、短パンを愛でていこうと考えているんだ』って」

「言ってないすよ!!」

 これはなんかヤダ。

「あら、そう? そしてこう言ったじゃない『さあ、この俺を、ぐるぐるに縛った後、その脱ぎたてほかほかの短パンでパシンパシンと叩いてくれ』って」

「言ってないすよ!!」

「言ったじゃない『できるかぎり、下の方を重点的に叩いてくれよ』って」

「なんか、最高に最悪ですね、そいつ」

 ちなみにさっきから全然描写してないけど、真子先輩はずっと俺のことを蹴りつづけています。

「ダメよ、桐原くん。自己嫌悪は気遣ってくれる人が近くにいればこそ効を奏すものなのよ。私なんかの傍で、そんなことをやった日にゃあ、あ、お天道様はおがめねえぜぇ」

「なんで、後半、歌舞伎っぽいんですか?」

「ノリよ」

 厳しいけれど、愉快な人だった。

 俺はMじゃないけれども、真子先輩と話しているのは、俺はMじゃないけれども、悪い気はしなく、むしろ、俺はMじゃないけれども、楽しかった。俺はMじゃないけれ……いや、ホント違うよ。

「それで結局、俺の手ぬぐいがどうなったのか、先輩は知っているのですか?」

「さあ? 知らないわ。でも、私は、落としたり入れ忘れたりするようなミスはしていないつもりよ。だから、誰かに盗まれたんじゃないかって考えたわけ」

 



 八月十日。午前十一時半。対、佐藤由佳さん。 


「手ぬぐいをなくしちゃったって話ですよね。確か」

 その後、真子先輩となんだかんだいっていろいろ話し込んでいたら、突然横から透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。

 声のほうに顔を向けると美少女が佇んでいる。

「佐藤さん……」

「ゆかちゃん、やほー。洗濯物ごくろうさま」

「こんにちは、桐原くん。やほーです、真名子真子先輩」

 そう言い、美少女は丁寧に頭を下げる。合いも変わらず礼儀正しい人だ。

 『佐藤さん』及び『ゆかちゃん』と呼ばれた美少女は佐藤由佳さん――築山高校剣道部女子部員。高校一年生。俺のいとしの恋人……にしたい人だ。

 我が剣道部員特有のショートヘア、高校生になりたての中学生のような幼い顔立ち、真珠みたいな大きな黒い目が特徴的であり、スタイルがよくて大人びている真子先輩とはまた違った独特の可愛らしさや良さが彼女には表れている。

 真子先輩を美女と形容するなら、佐藤さんは美少女っていう感じ。

 しかし、未成熟に見える外見とは裏腹に、案外中身はしっかりしており、多少子供っぽい一面も有るが、基本的に周囲への心くばりを欠かすことなく行え、自己規制ができるちゃんとした人だ。

「真名子先輩。洗濯物を持ってきましたので、私はこれで」

「はい、確かに受け取ったわ、わざわざ持ってきてくれてありがとね。雑用っていうのは大変かもしれないけれど、その分二年生以降になったら楽ができるから、それまで頑張ってね」 

「わかりました。励ましありがとうございます」 

 真子先輩の言葉に対して、佐藤さんはもう一度丁寧に頭を下げて、いそいそと部室に戻ろうとする。

 どうせなら佐藤さんと一緒に戻ろうと思い、俺は真子先輩に言葉をかけた。

「あ、それじゃあ俺も戻ります」

「……あら、そう。ふーん、一緒に戻るの? へぇ、じゃあね」

 真子先輩がイラついたような声を俺に向かって出す。

 見ると、恨みがましそうな目で俺を睨んできている。

 …………何だ? これは世で言うところの嫉妬って奴なのか。しかし、何か違う気もするな。

 俺は、疑問を浮かべながら、先輩の下を去り、佐藤さんを追いかけていった。

「それで、二人は、手ぬぐいをなくしちゃったって話をしてたんだよね」

 俺が追いつくと、短い髪を軽く揺らしながら、佐藤さんが話しかけてきた。

 そして、そのおかげで、俺は真子先輩と話していた目的を思い出した。

 そうだ、そうだよ。

 俺は、手ぬぐいなくしたことを聞きにきたんだった。つい、うっかり真子先輩との会話が楽しくて、忘れてた。

 でも――

「でも、なんで佐藤さんがそのこと知っているんだ?」

 当然の疑問を俺は佐藤さんに投げつける。

「うん、さっき、女子の先輩の洗濯物を集めている時に、主将からその話を聞いたんだ」

「へぇ、源間先輩から……」

 意外だな。俺は思った。

 あの誠実そうな源間先輩が、大したことではないにしても、勝手に他人の心配事を違う部員に話したのだ。

 源間先輩は、他人の悩みごとを簡単に話すような人ではなく、聞いた秘密は最後まで守り通すようなイメージだったため、この事実は俺にとって予想外であった。

 いや、案外ああ見えて、口が軽かったりするのかな。

 俺は思い直す。

 一応、俺と同じ部活ということでしか、かかわりがない人だから、そういう一面があったとしても軽々しく非難はできない。

 深いところまで入り込まないと、他人ってのはなかなか見えてこないし、たとえ長年付き合った相手でも知らない一面ってのは持ってたりするものだ。

 源間先輩の本質は源間先輩しか、理解できる可能性はない。

 それに、うわべだけで、勝手に判断してたってのも、やっぱり、悪いことだ。

 ただ、敢えて言うならば、少し、ほんの少し、源間先輩にはがっかりさせてもらった。ちょっと悲しい気持ちになった。それだけだ。

「実は、他の人の手ぬぐいが、間違って私たちのほうの部室に紛れ込んでいないか確かめてくれって、源間先輩に頼まれたんだよ。名前は隠してたみたいなんだけど、詳しく聞いてみたら、なんとか桐原くんのことだって推測できてさ」

 ごめんなさい。

 先輩ごめんなさい、疑ってしまってごめんなさい。

 やっぱ、あんたいい人だよ。なんで、俺のためにそこまでしてくれるんだよ。

 しかも、たいしたことじゃないのに、俺の名前まで伏せて行動してくれるなんて。

 そりゃあ、女子にもモテるさ。

 俺は久々に感動していた。

 いい人だ。

「桐原くん。それで、結局見つかったの?」

 佐藤さんがクイズ番組で正解発表を待つかのような目で、俺に尋ねてきた。

 頼まれたってことは、彼女も俺のことを手伝ってくれてたのだろう。ありがたいことだ。

 しかし、俺は首を横に振り、答える。

「……残念ながら、見つかってないね。もしかしたら、真子先輩の言うとおり、本当に盗まれたのかもしれない」

 もし、もしも、仮に盗まれたとしたら。俺は想像する。

 目的。その目的は一体なんだろうか。

 洗濯前に盗まれたとすれば、その時、手ぬぐいは俺の汗でびっしょり濡れていたはずだし、洗濯後だとしても、その手ぬぐいは俺が何回も練習で装備したものである。

 つまり、どちらにしろ俺の汗が繊維そのものに染み込んでいるような手ぬぐいである。

 そして、そこから導き出せる意味は………………まあ、あんまり、よろしくないことに使用するのが順当だろう。

 人前で言うのが躊躇われるようなことに使うのが当然だろう。

 それにしても、多かれ少なかれその方向性で俺が考えてしまうのは、少々恥ずかしいことではあるが、これおそらく年齢のせいでもあるのだ、しかたないことなのだ、と考えたいし、考えてもらいたい。

 だって、高校生なのだもの。青少年なのだもの。

 でも――でも、疑問は残る。

 なぜ俺なのか。

 俺のを欲しがる人なんて、いるのだろうか。

 佐藤さんとかのならばまだしも。

 源間先輩のものならばまだしも。

 俺のなんて。

 俺、男だし。かっこよくないし。

「盗まれた、って、わざわざ、そんなことをやる人がいるのかな? 私たちの部員の中に?」

 佐藤さんは、そんなこと信じられないという驚きと、そんなこと信じたくないという嫌悪の気持ちを含んだ調子で、声を出した。

 部員の中に盗人がいるという考えが気に入らないんだろう。だから、俺はすかさず取り繕う。

「いや、あくまでも一つの可能性としてだよ。それに盗もうと思えば、部外者でもできる。洗濯は道場の外で行っているんだから」

 その言葉に、佐藤さんはひとまずホッとしたような表情をつくる。

 俺はその顔を見てひと安心する。

「まあ、そうだよね、ゴメン。でも、本当に原因が窃盗なら、何で盗んだりしたんだろうね。

 わざわざそんなことしなくても、手ぬぐいなんて、たくさん持っているから、私のならいくらでもあげるのに」

「うん、そう――」

 ん? 今のはどうゆう意味なんだ。

 俺は一瞬固まり、思考する。

 久々に脳をフル回転させる。

 十五年間蓄えてきた知識を基に、十五年間培ってきた知性を活用し、十五年間鍛えてきた知恵を振り絞る。

 思考する。

 >ワタシノナライクラデモアゲルノニ。

 >私ノナラいくらデモあげるノニ。

 >私のならいくらでもあげるのに。

 そう彼女は《私のならいくらでもあげるのに。》といっているのだ。

 いや、しかし、これだと省略が存在しており、はっきりしない。目的語が二つ足りていない。加えよう。

 >私の手ぬぐいならいくらでもあげるのに。

 >私の手ぬぐいなら欲しい人にはいくらでもあげるのに。

 これでも完成だ。

 だが、この場合、いささか抽象的だ。

 もう一歩踏み出して、解釈してみる。

 場面状況に合わせて考えると、見えてくるものがあるのだ。

 ここは、俺こと桐原と可愛い佐藤さんの会話のシーン。

 そのことを踏まえて、解釈すると。

 >私の手ぬぐいならいくらでもあなたにあげるのに。

 >私の手ぬぐいなら、いくらでも桐原くんにあげるのに。

 こうなる。

 古来より恋愛模様を好む日本文学的見地から判断しても、かの作品が美少女ゲームシナリオに近い文体を意識していることから判断しても、正しい理解の仕方だ。

 しかし、ここでは終わらない。

 正当な解釈が、独断と偏見による独善的な妄想になることは、はなはだ抑えたい問題だが、しかし、若き血潮を抱く少年ならばさらなる追撃を許すべきだ。

 この文章にふさわしい、形容語句を加える。及び、原文にいくらかの修正を加える。

 >わたしの汗でべとべとになっちゃてる手ぬぐいなら、いくらでも桐原くんにあげるよ。

 実に、素晴らしい形容語句だ。

 さらなる、修正を加えよう。

 >わたしの汗でべっとべとになっちゃてる手ぬぐいなら、好きなことに使っていいから、いくらでも桐原くんにあげるよ。

 さらなる、修正を。

 >わたしの三時間ぶっ続けで流した汗でべっとべとになっちゃてる手ぬぐいなら、好きなことに使っちゃっていいから、いっくらでも桐原くんにあげるよ。

 さらなる、修正。

 >わたしの三時間ぶっ続けで流した汗でべっとべとになっちゃてる手ぬぐいで、私のこと想像しながら、好きなことに使っちゃっていいから、いっくらでも桐原くんにあげるよ。

 さらなる。

 >わたしの三時間ぶっ続けで流した汗でべっとべとになっちゃてるくっさい手ぬぐいで、私のこといろいろ想像しながら、あなたの大好きなことに使っちゃっていいから、いっくらでも桐原くんにあげるよ。

 さら――

「どうしたの? 桐原くん」

「はっ」

 俺の意識が元に戻った。すべてが現実に戻る。妄想から帰還する。

 すべては夢だったのだ。

 そして、吐き気がするくらい激しい自己嫌悪に陥る。

 故に、壁に向かって脳をシェイキングさせる。

「いったい俺は、いったい俺は、何んてことを、なんてことをっ、なんてひどいことをっ」

 ダダンガ、ダンと小気味いい音が鳴り響く。

「な、何しているの、桐原くん。やめなよ。壁に頭をぶつけ続けるなんて、そんなのおもしろいのを通り越して、ただの痛い人だよ」 

「もう、いいんだ、俺なんかっ、痛い人で。俺なんかのクズには、それが、ちょうどいいんんだ」

 壁に向かってさらに演奏を続ける。

「だ、駄目だよ。頑張りなよ、た、例えば、普段クズなジャイアンだって劇場版では頑張るじゃないの」

「じゃあ、俺はスネ夫だっ!」

 つーか、クズは否定しないんな。

「す、スネ夫だって、やる時はやるんだよ、彼、確かフー子の出てくる劇場版では――」

「それ、敵になる話だろっ!!」

「え、えー、えっと、と、とにかくっ、やめなさい。ストップ。ストップですよ」

 流石に、そろそろ佐藤さんが必死になって止めにはいってきたのでやめることにする。こういうのは引き際が大事なんだ。

「ありがとう、佐藤さん。自己嫌悪に陥ってる俺を助けてくれて」

 俺はしっかり、感謝の意を佐藤さんに伝える。

 彼女は源間先輩と同じくらい、本当に素晴らしくいい人だ。

 佐藤さんはあっさり戻った俺に一瞬唖然としたが、すぐにぜんぜん構わないというような表情になり、言葉を返す。

「大丈夫、私は気にしてないから、全然OKだよ。けど、ダメだよ桐原くん、壁に頭をぶつけるなんて。今度そんなことをしたら――突きに代わって抜き胴するぞ」

 佐藤さんは右手を軽く回し、人差し指を俺の目の前に突きつけてそう言った。

「…………はい、気をつけます」

 ……一応言っておくが、最後のセリフは、おそらく一昔前にやってたセーラー服を着て戦う美少女戦士のことを示唆しているのだろう。

 突きが月にかかってるらしい。

 ……あんまり、おもしろくないけど。あと、特攻する技である突きとカウンター攻撃の抜き胴は代替できるような存在じゃないけど。

(そう考えると、真子先輩といるほうが楽しかったりするんだよな)

 佐藤さんに恋心をよせているはずの俺としては、複雑な心境であった。

 そして、複雑すぎて、手ぬぐいのことを忘れかけていた。




 八月十二日。午前七時。対、上條竜太先輩。


「やられた……」

 俺は自分の引き出しを見て呟く。

 また、手ぬぐいがなくなっていた。これで、残りは三枚だ。

「……何でだ?」

 何故なくなるのか? 何故消えてしまうのか?

 俺の中にいまいちはっきりとしない、もやもやとした疑問が渦まいていた。

「どうしたんだい、桐原くん。そんなに難しそうな顔をして、何か悩みでもあるのかい?」

 隣で着替えている長身の男性が心配そうな口調で質問してくる。

「竜太先輩……」

 長身の男性は上條竜太先輩という人であった。

 問いに対し、俺は、竜太先輩に手ぬぐいが消失していることを言うべきかどうか、悩む。

 手ぬぐいが二度も消えているということは、やはり真子先輩の言うとおり盗まれているという可能性が高そうなのだ。

 そのため、あまりこの問題はこれ以上大ごとにしたくない。こんなこと盗んだ本人には実際は大したことではないかもしれないし、無闇に盗んだと決め付けてしまっては、部内の空気を悪くしてしまうだけであろう。

 竜太先輩は無駄に丁寧に脱いだ服を折りたたみながら、俺に話しかける。

「ふーむ、君の表情から察するに、何か問題が起きたのは確かみたいだね。ただ、君は僕と同じで、いろいろと他愛ないことをやけに気にする人間だから、正直、普通の人にとってそれほど大したことが起きている訳ではない可能性が高い。だから、言い出しにくい。違うかね」

 竜太先輩の弁は半分当たっている、俺は否定することもできるが、一応肯いておく。

「うん、別に他にも理由があって、言いたくないのなら、言わなくてもいい。だけど、もし言葉に出して共感してもらいたいならば、僕は適任だと思うよ。僕は神経質なことで通っている人間だからね」

 言い終え、竜太先輩は微笑する。

 その様子に、俺はどうやら話してみる価値はありそうだと考える。

 竜太先輩ならば、問題に対して慎重に取り扱ってくれるだろうし、何か俺が見落としているものを発見してくれるのではないかと期待できるからだ。

 神経質であるということは、思慮深く洞察力に優れているということでもある。

「実は……」

 俺は竜太先輩に、今までの出来事を一部始終話した。

 話し終えると、竜太先輩は右手をあごに当てながら、うんうんと頷く。

「なるほど、なるほど。確かに微々たることだ。しかし、それ故にひどく気になることでもあるね。指の爪を割ってしまうことよりも、指に小さなとげが刺さっているほうが気になる、それに近い感情かな」

「それで、何かわかったことや気づいたことが、ありますか?」

 俺は竜太先輩に客観的に今の話を聞いてもらい、何か思うところがないか尋ねてみる。

「ん、そうだな、君が佐藤さんにいけない妄想をしていたってことはわかったね」

「ぎゃー!!」

 しまった。本当に全部話してしまった。馬鹿か俺? バカカオレ?

「ははっ、まあ、大丈夫、別に言いふらしたりはしないさ。……そうだな、すまないが、他に特にはわかったことはないな。」

「そうですか……」

 俺は、期待があった分。僅かに落胆した表情を浮かべ、顔を下に向ける。

「だが、対策はとれなくはない」

「? どういうことですか?」

 竜太先輩のセリフに俺はふたたび顔を上げる。

 すると、竜太先輩は自分のカバンの中から、いくつかスプレーのようなものを取り出す。

「これだよ」

 そして、そのスプレーのようなものを俺の目の前につきだす。

「これは?」

「これは、僕が竹炭を利用して特別調合した消臭剤の試作品第一号――クリーンクリーンだ」

「はぁ」

 俺はその消臭剤を受けとり、少ししらけた顔で返答する。

「そして、これが今、僕が使っている消臭剤の試作品第五号――キラキラだ」

「はぁ」

 俺はその消臭剤も受け取る。

「クリーンクリーンは、第一号にしてはよくできたほうでね。第三号や第五号についでよくできた作品の一つだ。しかし、ものによって匂いがひどく残る場合があってね。そこで、改良していろいろ新しいのを作っていったんだ。その中でも、今つかっているキラキラと第三号のクリーンクリーン3――嫌な匂いハローグッバイ――はとてもできがよくてね、第五号のキラキラは使用後自然な仕上がりになり、第三号は多少綺麗になりすぎるきらいがあるがさっぱりとした仕上がりになったのでとても気に入っていたんだけれど、残念ながらどちらも、原料として使っていたものが手に入らなくなってしまってね。現在は残っているキラキラを活用しながら複製品を作っている最中なんだよ。それから――」

「あ、すんません。そろそろ本題のほうにいってください」

「悪いが、全部話さしてくれないか。途中で止めるのって何かすっきりしないというか、気持ちが悪いんだ」

「はぁ」

 そして、俺は稽古が始まるまで、ずっと竜太先輩の話を聞いていた。



 八月十三日。午前七時二十分。対、???


「やはり、また盗まれているな」

 俺は、残り二枚になった手ぬぐいを見ながら呟く。

 しかし、今回の俺はそれほど焦らない。

 この状況に慣れてきたというのもあるし、それに、竜太先輩から貰った消臭剤の試作品第二号があるからだ。

 試作品第二号。先輩曰く、この消臭剤のくわしい原理はわからないが、手ぬぐいに吹きかけると、一定時間が経った後、吹きかけた部分に真っ黒い色が発生するらしい。

 おそらく、消臭剤というよりも洗浄剤みたいなものになっており、汚れが浮き上がってくるのが原因だと聞く。

「これなら、稽古の後、みんなの手ぬぐいを集めてみれば、誰が盗んだのかわかるな」

 最初は、すべての手ぬぐいに名前を書くという考えもあったのだが、後で名前を落とせなくなることを俺が嫌がるのではないかという竜太先輩の気遣いによって、その案は知らぬ間に却下されていた。

「よし、後は稽古後に俺が真子先輩の元に行き、チェックすればいいだけだ」

 俺は、そう思い、ひと安心する。

 そして、源間先輩のかけ声が聞こえる。稽古を開始するらしい。

 俺を含めた部員たちは部室を出て、稽古場に集合し、お互いにそして神殿に一礼、後に準備運動、そして軽く素振りを行い、面をつけ、本格的な稽古に入る。

 切返し、基本の打ち方の確認、掛かり稽古。そして、一時間半くらい経過した所で小休憩となる。

「……ん?」

 その小休憩に入る時。

 俺が、一番最初の冒頭に述べたとおり、手ぬぐいは面を装着する前に頭に巻いて使用する。

 そのため、面をつけるたり外す際に、他の人が巻いている手ぬぐいが見える。

 みんな疲れ果て、面を外しているその中で、どうも黒く落書きのようなものがされた手ぬぐいが目に入った。

「……ん?」

 俺は、目線を微妙に下げて、その手ぬぐいを装備した人を見る。すると。

「佐藤さん……」

 汗をかきながらも、可憐な顔を崩さない美少女、佐藤由佳が俺の手ぬぐいを装着しながらそこに存在していた。





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