ハンディキャップ トライアスロン
ここで出てくるトライアスロンのルールは公式ルールと違います
この物語の中だけで通用するスーパーローカルルールです
公式ルールについてはリンクを張ったりサイトに誘導したり引用という許可を得て
いないので、公式ルールを知りたい方は車椅子トライアスロン ルールで検索してみて
ください
なおここで出てくる人物.団体.組織は実在の人物.団体.組織とは一切関係ありません
僕は頭を抱えていた
「なんでこんなことに...」
発端は【あなたの夢と挑戦を応援します! The Challenge and dreams】
というTV番組に興味本位で
『私は谷川義一です
トライアスロンに挑戦したいと思っていたのですが怪我により首の脊椎
である頸椎の5、6番を痛めていて傷病名は頸椎損傷による四肢麻痺です
トライアスロンには多分最低三台の車椅子とその他諸々の準備が必要で
私一人では無理と諦めておりましたが今回の企画を知り私の夢が実現
するかもしれないと思い応募する事にいたしました宜しくお願い致します。』
てなことを冷やかし半分メールしたのが間違いだった。
だって日に何千と応募が来るだろうに絶対ボツだと思ったのにー
まあ、駅の階段から落ちて頚損になったのは間違いないし、障害も事実だから
嘘は書いてないが..だけど自分には自覚している致命的欠点がある。
それは...トレーニングが嫌いで苦手!トレーニングが嫌いで苦手!
大事なことなので二度言った。
そしたらこれだよ!
絶体選考対象外になると思ったのに電話が掛かってきた。
たった今、メールじゃなくて電話。
メールに電話番号かきましたよ、確かに書きましたよ
メールなら開いてませんでしたってすっ呆けられるのに
電話だよ、居留守使わずに思わずつい出ちゃったよ。
「まったくなんでこんなことに...」
とはいえこっちが申し込んだ手前、嘘でしたすみませんとは言えない
他の真剣に応募した人にも申し訳ないしな
今はそんな事考えてる場合じゃねー
自分で蒔いたとはいえ会話中なんとかやる気はあるが出来ないという
上手い口実を見つけねば
「すみません、突然のことで驚いてしまって気持ち落ち着けてました」
「それは驚かして申し訳ありません、早速なんですけど打ち合わせ
したいと思っています、ご都合の良い日時を教えて頂けませんか」
「打ち合わせですか?場所は?」
「局の会議室を押さえます」
「そちらの会議室ですか残念ですが私は車も免許もないのでタクシーは
結構高くつきますから、いやー残念ですね」
打ち合わせが出来なきゃさすがにこれで中止になるだろうな
「ああ心配いりませんよ、こちらで車出しますから」
中止にならなかった
「わかりました」
ということで日時を決めて打ち合わせという名の会議が始まった訳だが..
ここで最後のささやかな抵抗を試みる
「車椅子三台は無理でしょう、オーダーメイドになりますし」
「それは協賛メーカーに車椅子の会社があるので作成してくれるそうですよ」
「でもコーチなり指導してくれる先生の知り合はいませんし」
「それはこちらでお願いしたら快く受けて頂いた方がおりますから大丈夫です」
「いやでもトレーニング場まで遠いし..」
「こちらで近くの宿を押さえてますから心配いりませんよ」
「で、でもそもそも泳げないのですけど」
「優秀な方ですから一から教えてくれるそうですよ
安心して身も心も委ねて欲しいと仰ってましたよ」
何か一瞬背筋に冷たいものが走った気がしたが気のせいだよな
にしても外堀完全に埋められたか...
距離は初めてでもあるし僕の伝家の宝刀、体を二つ折りにして拝みこみ
凄く短い距離にしてもらった。
スイム 200m
バイク 5Km
ラン 2.5Km
さらに特別ルールとしてトランジションに関する制限時間等のルールはなし
スイムの練習だが最初は淵につかまって浮いたり潜ったりしながら
呼吸のタイミングを覚えさせられた
ある程度慣れてきたところでクロールの練習
クロールや平泳ぎ、背泳などは体の下に水をかき込む感じで手を回せと
指導された
不格好でもクロールが出来るようになると長い距離を時間は気にせず
1日4Km目標に泳がされた。
1ケ月程して新しい車椅子が完成したのでバイクやランのトレーニングに入る
この頃から疲労困憊が激しくなる。
何度も脱走を計画するが、必ず介護士かスタッフがいるため実行出来ない
逃げたところで金がないからすぐ捕まるけどね、きっと。
仕方ないのでなんとか練習サボったり手抜いたり出来ないかとチラチラ
スッタフやらカメラとかの隙を伺ったが見つけられなかった。
もうどれくらい経っただろうかゲストが来てくれた。
どこかの有名人らしいがだれだ?
どうせ有名人という人種はカメラ前で愛想振りまいても慇懃無礼な奴ばかりだろ
と思っているので顔も名前も覚えちゃいないし覚える気もない
しかし{コイツ}は違った。
栄養ドリンクだの軽食のような差し入れとかしてくれたが、カメラの有る無しに
関わらず非常に気持ちのいい柔らかな応対をしていた。
{この人}はスッタッフにも可愛がられるんだろうな
僕もこの人なら友人に欲しいなとおもう。
でもしかしこの人だけ特別なのだろうから、やはり有名人はキライだ。
気に入ったのでなるべく質問には答えることにする
「調子はどうですか?」
「まあ最初よりは筋力がついた気がします」
「本番までに間に合いそうですか?」
「どうでしょうかねえ(元々やる気無いから)...まあ初めてで
距離も短くして貰ったのでゴールしたら物足りねーとか言えたらいいですね
(言わないけど)」
「じゃあゴールしたら『物足りねー』って言ってくださいね」
「分かりました言えるよう頑張ります」
「絶対物足りないって言ってくださいね!」
何故念押しされるのか分からなかったが取敢えず「はい」と答えておいた。
それから一週間位たって今度はスイムの練習中パラリンピックのメダリスト
大倉清美が来て熱心に指導してくれたがコーチより厳しぞ
規定周回終わり(やれやれ休めるぞ)と思った瞬間
「はい!もう一周!次はスピードアップで..ほれ頑張れ」
戻るとこのセリフの無限ループ....
カメラの手前手抜きも出来ないし、サボれない、泣いてもいいですか?
お、鬼だ..!!と心の中で叫んだのは知られたくない秘密。
さてそんな日々を過ごしながら迎えた本番当日なんと快晴
よし!途中リタイアするいい口実が出来たと内心小躍りしながら
スタート前のインタビューを受ける。
ここで車椅子の説明をしておこう
1台目は通常の自走車椅子に錆止め塗装を施した車椅子
2台目は自転車のペダル{正確にはハンドルというべきか}
の様な物で車椅子の前輪とチェーンで繋がっていて倒すと
丁度顔の高さにハンドルが来るベースは陸上競技用車椅子
3台目はハンドリム(車椅子を手動で漕ぐための後輪に付いている輪}
の直径が小さい三輪の車椅子
スタートの時間だ。
スイムのスタート位置には滑り台のような物が設置されていて滑り台の上から
突き出している板を車椅子の円座(車椅子のシートの上にあるクッション)と
車椅子のシートの間に押し込み滑り台を滑り降りるように海中にドボン...
急ぐ旅ではないし、一人だからと泳ぎながら
「海で泳ぐのが辛くなったらウミノクルシミとでもいうのだろうか」と
面白くもない冗談を考えたりしていた
だって面白い話とか思いついたら溺れるかも知れないし、
そもそも思いつかないから良いんだけどね
そんな事考えている間にスイム終了
スイムのゴールから車椅子へはスタッフの手を借りて上げて貰い
トランジションのトランスファー台へ移動する
台に乗り移った後台の高さを下げてバイクに乗り移る
さあバイクのスタートだ!
風を切って走るのが気持ちいい..自動二輪じゃ無いのが残念だ、乗れないが
海岸線がきれいだなあとか周りの景色を堪能しつつバイクのゴールに着いた
だがこの時頚損という障害は体温調節がぶっ壊れていることをすっかり失念
していた
そのままランに行こうとしてトランジションに向かうとき、軽い眩暈を
覚えた
そこでハッとなり慌ててスポーツドリンクを口にした
スタッフさん曰く
「落ち着いたらいくからね」
リタイヤさせてくれないらしい
そしてなんとかランも息を切らしながらも満面の笑顔でゴール
「やったあーこれで練習しなくて済む」と呟いた後心の底から
喜びが沸き上がってきた
やがてレポーターがやってきて
「お疲れさまでした..どうですかゴールした感想は」
「そうですね距離も短くはして頂きましたがゴールに辿り着けるとは
正直思っていませんでした」
「これも偏にコーチの皆さんとスッタフ皆さんのおかげだと思っています
有難うございました」
そうだ、もう練習しなくてもいいし最後だから少し見栄張とこう
「でも距離無理いって短くして貰っておきながら、こんなこと言うのは
失礼だとはおもいますが」
「何でしょう?」
あれ今ニヤッとしなかったか
「ちょっと物足りなかったかなと」
「はい!その言葉頂きました!!」
「えっ..」
「ということで、来年は距離を倍にして挑戦して頂きましょう」
「A...じゃないえー!!」
驚きすぎて字間違えた
初ゴールした日の翌日は休みで、その翌日から練習再開
翌年の本番でも同じパターンで「物足りなかったですね」「では来年も
頑張って貰いましょう」がワンセットとなった
仕舞には締の言葉として台本に載る始末
最初に車椅子トライアスロンでゴールしてから4年後、僕は何故か大会に
出ている
スイムとバイクは何事も無く終わりランに入って暫く走ると前を走っている
選手が突然スピードダウンして僕との距離が縮まり危うくルール違反
に成りかけたので追い越そうと横を見ると車椅子が並走していた
追い越しも無理かとスピードを落とすと連中もスピードを落とす
これはひょっとするとあれか、と思い独り言を呟く
「これは走行妨害しようとしてるのかな立場が逆なら僕もやると思う
いや絶体やる自信と確信がある」
そして一度言葉を区切り
「でもさ、もしこのレースを捨てているならそれは凄く勿体ないと思う
どんな試合でも今の自分の力や悪いところを見つける良い機会だと
思うんだよね」
また少し間を開けて
「だから、こんな時間内にゴール出来ればいいやと思っている奴と
絡むよりは今の力を試す為にレースに戻るべきだと思うけどね」
その呟きが聞こえたのか二台の車椅子は離れていった
随分前の集団から引き離されたみたいだけど、この距離が連中にとって
丁度いいハンデキャップなのかな
ふと時計を見るとそろそろ速度上げないと時間内ゴールは難しそうだ
ということでペースアップを図る
暫く長い下り坂が続くので少しはペースアップ出来るかも知れない
調子よく坂を下っていると目の前に左カーブが迫ってきた
そこで手で左タイヤにブレーキかけようとしたとき右の車輪が浮き上がり
横倒しになった車椅子から放り出された
そのまま地面を転がっているとき心の中では
「やったあ、これで練習から解放される」
次の瞬間目の前が闇に覆われ意識が家出した
実は主人公目線で書いてるため、書いていませんが番組制作サイドが
準備段階でかなり予算を使ってしまい番組としてどうしても成立
させる必要がありました
そして大会出場までがスケジュールとして組まれていました
つまりゴールの如何を問わず夢を実現したとして企画は終了
の予定だったのです