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チュートリアルクエストが始まる(3)

 セアドが片手で待てのサインをだす、前方の洞窟に異様な気配を感じたからだ、ステッラが松明の灯りができるだけ前を遠くまで照らすように動く。


マスターの視点は狭い通路を進むパーティを斜め上から見下ろす形になっていた。

「岩の中から見ているとしか思えない、いったいどうなってるんだ?」


『神の視点と思えば良い、この世界の人々にとってマスターとは神のような理不尽な存在なのだ』


いろいろ言いたかったが、その時パーティに動きが出た、ふたたびパーティに注視する。


「うっ!!」

セアドが(ウメ)いた、前方の部屋の内部が臨戦態勢のコボルドで満たされていたからだ。

「撤退!!」


セアドが大声で命令を下した。

俺の判断では強行突破でも勝算が無いわけでもない、だが彼らはコボルドの総数を知らないのだから妥当な判断だろう。

セアドの号令と共にコボルドが狭い通路に攻め込んできた。


『プレイヤーの心理状態は色とテキストによる説明でレポートされる、詳しい説明は後でマニュアルを参照したまえ』

パーティメンバーのリストに付随して心理状態が刻々とモニターされていく。

ルーラーの説明にしたがい、マスターコンソール上のキャラクター状態をモニターしているが、このセアドは未熟であるが冷静な判断が下せるようだ、心理状態もポジティブな状態である。



「ヘルベルト下がってくれ、カビー部屋のど真ん中に適当にスリープを頼む」

「わかったわ、セアド、ステッラ、コスタス低く」

セアドは目の前のコボルドを突き殺し、セアドとカビーの前にいる二人が姿勢を落とした。


暫くの間を置いて、前方のコボルドの集団が音を立てて崩れ落ちた。

カビーのスリープが一定範囲内のコボルドをまとめて睡眠状態に陥いれたのだ。

部屋の中が混乱状態になっているかのように騒がしくなった。


「今のうちに下がるんだ!!」


通路に侵入していたコボルドの残党を片付けながら彼らは徐々に後退していく、通路は狭く完全装備の彼らは動きにくかった。


敵は怖れたのか追撃をしかけて来ない。

「コボルド共が外を回って通路の入り口に回り込む前に外に出よう」

若いクレリックのコスタスが焦った様に警告を発する。

「確かにそのとおりだ」

今は先頭を進むヘルベルトが賛同する。


マスターコンソール上では知能の低いコボルドは混乱状態に陥っていて適切な命令を出すものが居ない事を示していた。

それでもコボルドキングが眠ったコボルドを叩き起こす様に命令を下し、10匹ほどに侵入者が入ってきた通路の入口を塞ぎに行くように命令を出した。

だが思いつき行動するまでに時間がかかりすぎたな。


セアド達にとってどのくらい時間がかかっただろうか?焦っていたため長く感じただけで、実際のところすぐに外に出る事ができた。


「まだ奴らが来ていない、今のうちに引き上げよう」

セアドは安堵した様に一息つき、パーティは足早に街に逃げるように引き揚げて行く。



マスターコンソールのマップを確認すると、コボルドの巣の状況を把握できる。

見張り二匹と追撃時に倒された計五匹の損失で残り24匹にまで減少している、クエストの期限は7日以内なのでじわじわ削っていけば負けは無いだろう、いわゆる初心者向けのクエストだ。


仮想マスターが引き揚げていくパーティを自動追尾視点にした、俺はそれをただ眺めているだけだ。

彼らはコボルドの種族特性について語り合っていた、敵に気づかれずに潜入するのは不可能と結論づけた様だ、本の上の知識としてはあったが実践と結び付いて居なかったのだ。

また新しく生まれた巣である以上、過去の記録からも敵の総数はそう多くはないと観たようだ。



「しかし明日になるまで暇だな」

『その心配はいらない、時間を早める事ができるぞ』

「な、なんだってー!!!!」

俺は思わず叫んでしまった。


『あくまでもマスターの体感時間を変えるだけだ、これも慎重に使う事を薦める、取り返しの付かない惨事が起きる事があるからな、今から仮想マスターがその操作を行う良くみていたまえ』

マスターコンソールのトップメニューの下側にある横長のスライドバーが動き始めた、60分を1分に高速化している。

『これは放置するとマスターの体感時間で10分後に強制的に元に戻る仕様になっている』

スライドバーを観察していた俺はルーラーに語るともなく呟いた。

「最高速度で1日が1分ですか」

『それが最高速度だ、また逆に遅らせる事ができる、慎重に考える時間が欲しい時に利用するのだ』

そちらは1秒を1分に引き伸ばす事ができるようだ。


すでに高速の早回し動画の様に世界が動き始めていた、雲の流れも人の動きも飛ぶように早い。

10時間を10分に短縮しているが、これはマスターの体感時間が加速しているにすぎないとルーラーは言う。


「ルーラー疑問を感じたんだが、俺たちマスターには寿命はあるのか?」

『永遠だ』

俺は呆れて何も考える事ができなくなった。


『アバターに溺れる者の中には永遠に飽きた者も多い、やがてアバターの人生が終わり再びここに戻ってくる、そしてまたマスターの使命を果たす者もいる』

「・・・・」

『さあ、そろそろ終わるぞ』

世界が再び戻った時にはすでに深夜となっていた、パーティのメンバーは街の安宿屋で眠りについていた。


だが明け方にはまだ早い、その時マスタービューの片隅に小さなアラートが点滅した。

『これはプレイヤーへの一定レベル以上の干渉が発生した事を意味している』

「一定レベル以上の干渉?」

『この世界の総ての存在はマスターの関知しない動きをする、すべてが自由意思を持っているからだ、プレイヤーが蚊に刺された程度なら無視するが、プレイに影響がでる干渉には警告が出る』

「マスターのクエストが妨害されると?」

『そうだ、例えば戦争が起きてシナリオごと破壊された事例など幾らでもあるのだ』


とりあえずさてこの警告はなんだ?コンソールに注目する。

仮想マスターが警告を確認する、するとカビー=クルージェに危険が迫っている事を示していた。

それはカビーの寝室にあの冒険者ギルドの受付の男が忍び込もうとしていたのだ。

もちろんどう対応するかはマスターの裁量でどうなろうともマスターにペナルティはない。


だが仮想マスターは介入を決断した、アバターリストから膨大な筋肉を蓄えたスキンヘッドの半裸の大柄な壮年の親父を選び出し世界に顕現させる。


親父は見事に鍛え抜かれた膨大な筋肉で体を鎧っている、それでいて(サワ)やかな笑みを絶やさない紳士だった、上半身裸なのになぜかネクタイだけは閉めている。


すでにアバター視点に切り替わった、見るとロールプレイ再現率20で行動中。

その親父は音もなく部屋に侵入しようとしているギルドの受付に忍び寄り、口を塞ぎ抱きかかえる。

受付は手足をジタバタさせるが抵抗は無意味だった。


そのまま宿屋から出ていくと森に向って歩いていった、そこで仮想マスターはロールプレイ再現率100パーセントに切り替えた、その瞬間再びマスターモードに戻った。

この親父はいったい何者なのか?興味が湧いた。


『知りたいのか?世の中には知らない方が良いこともあるぞ?』

どこかルーラーの声から面白がるような響きを感じる。


「そんな事言われると知りたくなるじゃないですか?」


仮想マスターがあの親父のアバターリストを開いた、その名前も『正義のおしおきおじさん』俺は頭を抱える。

引退した高レベルの戦士で並のNPCが対抗できる男ではない、アバターの属性はChaos、Goodであり、世の中の常識や秩序には反するが本質的に善性を持ったアバターだった、ロビン・フッドや義賊ネズミ小僧などが例として上げられるそんな属性だ。

そして備考欄を見た時俺は総てを悟った。


あの受付の男が処女を散らす運命を祝、いや哀れんだのであった。

すでにコンソールからはアラートも消えている。


俺はふと思ったのだ、このシナリオがチュートリアルならば何度も再現されて来たのではないかと。

ならばあのギルドの受付は何度も何度も繰り返し同じ運命の中にいるのでは?

プレイヤー達はチュートリアルを終えると記憶を失い現実に旅立っていく、だがあのギルドの受付の男は出口の無い世界で永遠に同じ事を繰り返しているのではなかろうか・・・


『さあ彼らが起きるまで時間を進めるぞ』

その思いを断ち切るようにルーラーがガイダンスを進行させる。


「時間を加速させていると今の様な事態に対応できないですね」

『その通りだ』






翌朝セアドのパーティは、7日間の契約期間を活用してコボルドに消耗戦を仕掛ける戦術に変更していた、無理せず数を減らして契約期間中に潰す。

ただし巣を放棄されて移住されても困るのでその兼ね合いが難しいのだ。


「今日はあの嫌な感じのするギルドの受付がいなかったわね」

カビーがふと誰に話しかけるでも無く独り言のようにつぶやいた。

「たしかにな、奴のカビーを見る目が気に食わなかった」

セアドがそれに応じた。


「おい、あれを見ろ」

視力の優れたヘルベルトが指を指す。


どうやらコボルドの巣が見える地点まで来たようだ、あえて正面の大きな入口のある斜面に回り込む、そして隠れながら入り口に向って移動を開始した。

彼らは正面通路の入り口付近で中から出てくるコボルドを迎撃する作戦だった、発見されたら一気に入り口まで走るのだ。






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