チュートリアルクエストが始まる(2)
コンソールにコボルドの巣の抽象化されたマップが表示された。
『これは自然洞窟だ、石灰岩の岩盤が侵食された小規模な洞窟をコボルド共が多少手を入れたものだ、大規模なギミックは存在しえない』
そのマップの隣に周辺の地域マップが表示される。
『マップはマスターの意思で、回転、縮小、拡大できる、また立体的な地図などにも変更できる』
地図には三箇所の入り口がある、大きな正面の口の他に、丘の斜面に出る人一人が通ることができるような出入り口が二箇所ある。
洞窟は単純なもので、正面の大きな出口の奥は洞窟が幅が12メートル程に広がり50メートルほど続きそこで洞窟は狭くなり、直系20メートル程の歪な円形の部屋に繋がる。
その部屋から東西北の3方向に細いトンネルが伸び、東側は大きな洞窟に繋がりコボルドの巣になっている、部屋は複数の洞窟の集合体で、南北80メートル東西30メートル程だ、そこから出口へ繋がる通路がある。
西側には直系30メートル程の洞窟がありそこが兵の控え部屋になっている、その部屋から細い通路が出口に伸びている。
北側の細い通路の先が直系20メートル程の円形の洞窟になっていてそこが王の部屋になっていた。
地図にはコボルド達の基本配置が記されている、総勢41匹で外部の見張りが8匹で12匹は子供で戦闘力はない。
詳細を見るとそれぞれに名前があり、ステイタスに差があり役割や個性が設定されていた、これには驚いた、人間のマスターには不可能な緻密さだった。
グゥザック
種族:コボルド
力 :3
体力:3
知性:2
賢さ:2
速さ:6
器用:8
魅力:2
運 :5
HP :4
AC :7
Chaos
Exp 5
種族特性
小柄で邪悪な犬の様な外観の亜人で、基本的に地下に住む、鱗を持ち、土色の皮膚に頭髪を持たない。
30メートルの赤外線ビジョンを持つが、力が弱いために力に-1の種族補正を持つ。
備考には、こいつの性格や好みや人間関係、いやコボルド関係まで妙に詳細に記されている。
「これは自動的に生成されるのですね」
『そうだ、曖昧では現実に干渉できない、だがマスターを煩雑な作業から開放し重要な作業に集中させなければならない、そのため本筋とは無関係な部分は自動的に処理する』
『ギルドの受付を指定しアバターモードに移行してみたまえ』
「そんな事が可能なのですか?」
『可能だ、当然の事だが君は干渉できない、その人物の視点を借りる事ができるだけだ』
俺は冒険者達の対応をしているギルドの怠惰な受付の男を指定しアバターモードに移行した。
視点が受付の視点に移行する、周囲の音も匂いも感じる事ができるようになったが、体はまったく自由に動かす事ができない。
コンソールにはマスターモードへの移行スイッチだけがアクティブ状態だ。
受付のやる気の無い対応に、冒険者達が僅かに苛立ちを感じているのが見て取れた。
そしてカビー=クルージェと言う若い女魔法使いに視線が良く流れる。
カビーは容姿こそ平凡だが、利発そうな瞳を持ち俊敏な身のこなしの娘だ、いかにも出来る女のオーラーを放っている。
その受付の男の視線はカビーの胸や腰に集中している。
「この野郎どこ見ている?」
とはいえこいつには聞こえない。
どうやらギルドとのクエストの引受手続きは終ったようだ。
このパーティのリーダー格のセアド=フリッチュがコボルドの巣に向かう事を宣言しギルドの外に出ていく。
受付の視線は執拗にカビーの後ろ姿を追っていた。
「エレーネ出してこいつを首にする工作した方がいいのか?」
そんな事を考えている内に。
『そろそろマスターモードに戻り給え』
「そうだった、パーティーを追わないと」
だがマスターモードに戻るが先程のパーティが見えない!?
『コンソールのキャラリストを出し給え』
そうか!!直感的にリストの中のキャラの一人を意識する。
やはり視点がそのキャラの真上直近に移動した、彼らはどうやら道具屋の中にいたようだ。
彼らは松明を数本買い増ししていた。
下等なクリエィチャー程基本的に火を嫌うのだ、昆虫や動物系は火をあまり好まない。
そしてランプに頼りすぎると、トラブルに巻き込まれ全滅を招く。
松明は単純で壊れにくいのだ。
高レベルプレイヤーなら魔法アイテムや魔法で照明をカバーできるが、松明は照明以外にも小細工に利用できるので数本持っていても良い。
夜に松明に火を付けて、棒の先に付けて地面に立てておくだけで欺瞞に使える。
ダンジョンの壁に取り付けて遠くからは誰かがそこにいると警戒させたり、弓士を暗闇に潜ませ松明で照らされた敵を射る事もできる。
そして火付け放火などにも大活躍だ。
彼らは頑丈なロープを数本買い増ししている、ロープは危険な段差を乗り越えたり、トラップを回避したり、捕虜を縛るなど使いみちは無限。
更に短いロープを数本追加している。
他に鉤縄の爪、木の楔に、糸巻きに鳴子、木槌、白墨数本を追加した。
かなり気を使った準備をしているな。
おおげさな準備だが、彼らはコボルドの巣の内部を知らないのだ、初めての攻略なので慎重になっているのだろう。
実際、あれが今あればと後悔する事がこれから何度も起きる、そして冒険にある程度なれた頃に大事故が起きるものだ。
彼らは装備を手分けして分担しコボルドの巣のある小山を目指しはじめた。
マスターモードでリーダを自動追尾しパーティを観察する。
ふとこの世界の魔法システムを確認したくなった、D&Eでは魔法毎にレベルが設定され、キャラクターのレベルが必要なレベルまで上がらないと使用できない、それだけならば普通だが、魔法はその日に瞑想で指定した魔法を覚え、その日はそれしか使用できないと言う非常に縛りの厳しいシステムだった。
これがオンライン版で変更されているか確認したくなったのだ。
『魔力消費型に変更された、この世界では魔法学の進歩として時間をかけて変化してきたのだがね』
オンラインマニュアルを参照すると、知力とレベルに種族補正を加えた式により最大MPが決められ、魔法の使用により減っていく、非常によくある仕様に変更されていた。
だがMPと消費量を見ると低レベルでは一日1~2回しか魔法を使えない、ここらへんの厳しさは変わっていないようだ。
小さな丘は鬱蒼とした自然林に覆われていた。
「皆んな姿勢を低くして、あの丘に開いた口がコボルドの巣だ」
セアドが警告した。
ハーフリングの少女がセアドに近寄る。
「地図に記入するわね、あの口以外に出入り口はあるかしら?」
彼らは知らないが、コボルドの見張りがパーティを発見する判定が自動的に行われている、マスターのコンソールのログにそれが表示され流されていくのだ、現時点では恐ろしく低いようだ。
「正面から近づくのは愚かだ、丘の反対側から近付こう」
パーティは森の中を大きく迂回し正面の出入り口の反対側に廻り込み丘を昇り始めた。
「どこかに入り口があるかもしれない、入り口の近くには敵が見張りに出ている可能性が高い、慎重に行こう」
セアドがパーティに指示をだした。
右側にハーフリングのステッラ、左側にエルフのヘルベルトが展開し偵察しながら前進していく、
ヘルベルトが戻り警告を発した。
「10時の方向に入り口がある、外にコボルドが二匹」
リーダーの合図でステッラが戻ってきた。
ログを見るとコボルドの見張りがパーティを発見する確率がかなり高くなっていたようだ。
「これも地図に記入するわね、ほかにあると思う?」
彼らが見つけたのはコボルドの巣のある大洞窟への抜け道だ。
「入り口の周囲が開けていて奇襲は不可能だぞ」
「スリープを使う?」
「西側をまず探索しよう」
「わかったわ」
パーティは西側の森の調査を行うために移動を開始する。
丘を大きく迂回する事約10分ほどで前方偵察のステッラが戻ってきた。
「前方の森の中にコボルドが1匹いる、他にいるかはわからないわ」
この入口は森の中の岩場に開いていて、入り口の周囲は樹木に囲まれていて発見しにくい、その上通路が他の入り口より狭い、ここにも見張りのコボルドが2匹いるがかなり油断している。
ただし外に出ているのは一匹だけで、実は入り口から少し入った処にもう一匹いるのだ。
これはマスターだけが知っている情報だ、そしてここが西の部屋に繋がる通路でもある。
「スリープを使う?」
「一匹だけなら奇襲で倒せるかもしれないぞ」
「他にいるかもしれないし、ミスると発見されてしまう、ヘルベルト、あいつを中心にスリープを頼む」
「了解」
リーダーのセアドは安全策を選択した。
パーティはギリギリまで静かに接近すると、ヘルベルトがスリープを行使する。
この時、スリープの有効範囲にいるコボルドに大して対魔法セービング判定が行われた、マスターパネルの表示がそれを告知する、それは種族毎に決められたテーブルに従い判定が行われる、これもまた神のサイコロに支配されている。
そしてあっけなくコボルドは眠りについた。
パーティが入り口に接近すると見張りが一匹と入り口の奥にコボルドがもう一匹倒れていた。
「危なかった中にいたようだ、ヘルベルト、トドメを刺してくれ」
眠りこけたコボルドは永遠の眠りに就いたのだ。
「全部で入り口は三箇所かしらね?」
「位置的にはこれで全てではないか?」
僧侶のコスタス=プレトリウスが意見を述べた、それにセアドが頷く、そしてセアドを先頭にコボルドの巣の内部に侵入を開始した。
後にステッラが続いた、そして彼女が松明を掲げる。セアドが持つより後ろから照らされた方が前が見やすいのだ。
ステッラが壁に白墨で数字を書き記した、地図作成の為でも有るが安全を確保する意味もある。
その後にコスタス、カビーと続いて入っていく、カビーも松明を掲げる、武器を持つ必要がないのと万が一の予備の光源の役割を果たすためだ。
最後尾は魔法剣士のエルフのヘルベルトだ、彼は先程のスリープでもう魔法は使えない、だが剣士として重装備が可能である程度まで戦うことが出来る、そして赤外線ビジョンを持つためダンジョン探索時に後方の警戒に向いている。
全員が沈黙を守っていた、彼らは音を立てないように慎重に進んでいく、セアドはやがて前方が開けてるのを確認しつつあった。
彼らは洞窟内が全くの暗闇なのを訝しみはじめていた、そして何者かの気配に満ちていた。
だがマスターには内部のコボルド達が迎撃の準備を始めてるのが解る、赤外線ビジョンを持つ彼らには松明の灯りは太陽のように明るい、反面人間は灯りがなければ何も見えない、奇襲は初めから失敗していた、救いはコボルドは非力で脆弱な事だろう。
セアド達は探知されずに侵入する事が不可能な事を初めから理解すべきだった。
コボルドを密集させスリープで眠らせて一気に戦力を削る戦術が正解だった、そしてパーティが使えるスリープは残り一回となった、彼らは見張り二匹を排除する為に使ってしまっていた。
正面から殴り込み、広い通路で敵をせき止めて一気に纏めて眠らせ殲滅する、脳筋が正解な時も偶にはあるのだった。
マスターコンソールのマップ上をコボルド達が移動しつつある、それは西側の部屋に集結しつつあった。