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大っ嫌いな上司

作者: タニマリ


やった…ついにデートに誘われたっ!



通勤時間を彼に合わせ、偶然会ったふりをして毎日挨拶をして顔を覚えてもらった。

社員食堂でもできるだけ彼に見える近い席に座り、さり気なく話しかけて会話をする仲にまでなれた。


さっきエレベーターで二人っきりになったのも、もちろん私の計画的犯行だ。


むふふっ……仕事中だというのに笑顔がこぼれてしまう。




私をデートに誘ってくれた相手は同じ会社の海外事業部に所属する、若手の中でも出世街道間違いなしの期待のホープ西条さいじょうたける、27歳。



来週の金曜日が待ちきれない。


その前にエステに行って、服も西条さん好みの綺麗め系のを新調せねば。


幸せな結婚への道が見えてきたかも……


照れながら私にデートのお誘いをしてくれた西条さん。

思い出すだけでもう幸せ気分満タンだっ。

私の今の人生に、一点の曇りナシ!



「さっきからニヤけまくってんじゃねえぞ、この盛りまくりの小娘がっ。」



ただ一人、この男だけを除いては……



「企画書は出来上がったのか小娘?」

「出来てません。何も教えてくれない上司の下ですぐに出来るわけがありません。」



私はこの会社に素敵な結婚相手を探すために入社した。

仕事なんてバリバリするつもりなんてなかったのになんでか企画部に配属された。


しかも直属の上司がサイアクだ。


セクハラ、パワハラ、モラハラ……私に対してハラスメントしまくりのとんでもない上司だった。



私も最初こそ大人しく耐えていたのだが遠慮なくズケズケと言ってくるこの上司に耐えきれずニラみつけた。

何か言いたいことがあるなら言えというのでプッツンきてしまい、それからは言い返すようになった。



くっそ……コイツのせいで今日も残業だ。



私は今年入ったばかりの新入社員だ。


企画部で他にも新人はいるがまだ上司のサポートをするぐらいで、今月末の社長も出席する会議に企画をプレゼンしろと無茶ぶりされたのは私くらいだ。



『低カロリーの材料で作るダイエットスウィーツキット』


若い子にウケそうな言葉をただ並べただけだ。

それをこの丸ハラ上司は掘り下げて煮詰めろと言いやがった。


自分で企画しといてなんですが、ダイエットとスウィーツなんて相反するもん冗談でしょ?と言ったら蹴られた。



企画部は四つのセクションに分かれている。

ファッション部門、雑貨部門、キャラクター部門、そして私のいる食品部門だ。


月に一度、各部門から一人が選ばれこの会議で社長に向かってプレゼンが出来る。

気に入られたら本格的な商品開発へと進むことが出来るのだ。

他のセクションはみんなベテランさんなのに、なんで入社たった二ヶ月の私にそんな大役任すの?



食品部門と言われた時に料理は数回しかしたことないですとはっきり伝えたのに……

スウィーツなんてチョコを溶かして固めたことくらいだ。




「来週の金曜日は定時で帰りますので。」

先手を打っておかないと別の仕事を頼まれそうだ。


「なんだ?ついにあの坊ちゃん落としたか?仕事もろくに出来てねえのにバカかおまえは。」


「バカとはなんですか!それモラハラ!羨ましいんでしょっ?田中課長デートなんてとーんとしてなさそうですもんねっ!」



この上司、田中 正博まさひろは36歳。バツイチ。

いつも無精髭を生やし、髪はくせっ毛なのかボサボサ、ガッチリとした体型だがよく見たらお腹がぽっこり出ている。


おっさんだ。私から見たらおっさんなのだ。



「おまえみたいな小娘に俺の魅力がわかってたまるか。」

「一生わかりたくないですねえっ。」


「企画書、今週中に仕上げとけよ。」

「一人じゃ無理です!お菓子作りの先生に相談させて下さい。」


「企画も通ってないのに予算なんか出せるかっクソが。」

「ちっ……お腹ぽっこりオヤジめ……」


「なんか言ったか色ボケ小娘っ?!」



毎日こんな感じで仕事をしている。

ストレスたまりまくりだ。









今日は昨日買ったばかりのヒールを履いてきた。

西条さんとのデートの日に履いていこうと、いつもより3cmもカカトの高い靴を買った。


足が長く見えてスラッとしたスタイルに見える。イイ感じ。



私はビルの柱に身を隠し、いつものように西条さんが通るのを待った。


今日はエステも予約した。

この私の健気な努力が報われる日ももうすぐだ。



「おまえその努力を仕事に向けろよ……」

なんでいるんだ田中っ。


「ほっといて下さい。シッシッ。」

「上司に向かって犬みたいに言うな。」


「もう西条さん来ちゃうからどっか行って下さい。」

「ホントおまえみたいな部下初めてだわ。口悪いったらないな。企画書は?」


「口が悪いのはお互い様です。企画書はまだ出来てません!」

「じゃあ今日秋田に出張行くからついてこい。」

はい?


「俺の学生の頃の知り合いが秋田でスウィーツの店やってんだ。いろいろ相談のってくれるみたいだから行くぞ。」

「今からですか?ちょっと西条さんに挨拶を……」


行こうとした私の腕を田中課長に思いっきり掴まれた。

「いいからすぐ来い。会社行って資料まとめろ。」


ズルズルと引きずられながら西条さんがいつも来る方を見たら綺麗な女の人と楽しそうに談笑していた……









あれは秘書課の超美人と噂の長尾さんだ。

西条さんより一個上……

気配り上手で才女で私にはない色気まである。

まさか彼女も西条さんを狙っているのだろうか……


秋田に向かう新幹線の中で私の気分は沈みまくっていた。


「おまえ露骨にプライベートを仕事に持ち込みすぎだ。だからすぐ来いって引っ張ったのに……」

田中課長が横でブツブツ文句を言う。


「今日エステ予約してたのに!デート失敗したら田中課長のせいですから!」

「なんじゃそりゃ?!肌ツルツルなんだからする必要ねえだろ!」


「ツっ…ツルツル、おうツルツル……ありがとうございます…」

「別にほめてねえわガキが!一丁前に照れんな!」


ムッか〜ホントムカつく田中め。







田中課長のお友達のスウィーツ職人の男性はとても優しい方だった。

今日はお店の定休日らしい。

お話もいっぱい聞けたし、実際にお店の厨房で作り方も教わった。

これならなんとか社長を前に立派なプレゼンが出来そうだ。



「新幹線の時間までまだ余裕あるし、なんか食うか。」

そう言って田中課長が入った店は見た目はボロいがなかなか美味しそうなお品書きがズラっと書かれた居酒屋だった。

田中課長らしいチョイスだ。


「とりあえず生でいいか?」

「日本酒でお願いします。」

私は酒豪だ。


「いきなり酒かよ。普通おまえくらいの年齢だったら可愛いカクテルとか頼まねえ?」

「狙ってる男の前ならそうしますけど……私は日本酒が好きなんです。」


「おまえさらっとひどいこと言うよな…まあ裏表なくてむしろ清々しいからいっけど。」

田中課長は私に付き合って日本酒を飲み始めた。



「美味しいこの日本酒!」

「うん、美味いな。さすが秋田だ。」


私よりすごいピッチで飲んでいく……

私の周りにいる同年代の男共は日本酒なんてまず飲まない。

チューハイしか飲めないってやつもざらだ。


「おい、これ食ってみろ。」


なんか揚げ物を口に放り込まれた。

淡白な風味……白身魚だろうか。


「ウーパールーパーの唐揚げだってよ。」

ウっ……

思わず飲み込んでしまった。


「なんてもん食べさすんですか!」

「ちなみにさっきからおまえが美味い美味いって食べてる肉はラクダの特上ロースな。」

ラっ……


「なんでこんなにいっぱいメニューあるのにわざわざゲテモノ頼むんですか!!」

「ゲテモノって言うな。俺達は食べるのが仕事だ。なんでも試してみるのは大事だ。」

ウソだ…顔が笑っている。

明らかに私の反応を楽しでいるようにしか見えない。


「いずれは地球は食糧難になる。となると人類は虫を食べなければ生きていけない。虫をどう調理すれば美味しく頂けるのか……」

「もう、食事中にやめてください!」

その後も永遠と蜂の子はこんな味だとかイナゴはとか言ってくるので参った。


まあでもお酒は美味しく頂けた。




新幹線の発車時刻が近づいてきた。

お金を払おうとレジに向かうと田中課長がもう払っておいたからいいと言って店を出た。

いつのまに支払いを済ませていたのだろう……


同年代の男性とのデートで割り勘が当たり前だった私はそのスマートなおごりっぷりに、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけグッときた。






「タクシーが全然通らないな。さすが田舎だ。仕方ない、駅まで走るぞ。」

えっ……なんだって?

駅まではどう少なくみても1km以上はありそうだった。


「俺達が乗る新幹線は最終便だ。この辺泊まれるとこっていったらラブホくらいしかないぞ。」

げっ……それはイヤだ。


私は田中課長を振り切るように駅に向かって全力疾走した。




「おい小娘っ……はぁ…俺の体力も考えろ……」

半分くらい走ったところで田中課長がゼェゼェ言いながら追いついてきた。

私はというと、買ったばかりのヒールで靴ずれをおこし、痛くて歩くこともできないでいた。


「おまえなんでそんな靴履いてんの?」

「私だって出張ってわかってたらこんなカカトの高いヒールなんて履きませんでした!」


田中課長は座る私の前に背中を向けてしゃがみ込んだ。


「なんのマネですかこれは……?」

「おぶってやるから乗れ。」


「イヤですよ!田中課長と体密着させるなんて!」

「おんぶかラブホかどっちか選べ。」


「なんですかその二択は?!それセクハラです!」

「ハラハラ、ハラハラうるせぇなあ小娘が!乗れっ!」


私は仕方なく田中課長の背中に体重をかけた。


「もっと前かがみになれ。後ろにこけんぞ。」

「イヤですよ!胸が当たりますっ。」


「当たるほどねえだろおまえはっ!」

「…………」


「……すまん。今のはちょっと言いすぎた。」




駅に着くと新幹線はもう行ったあとだった。

田中課長の腕時計が10分遅れていたようだ……

どうすんだ……帰れないじゃん。


「さっきのスウィーツ職人さんの家は?」

「あいつの家は嫁さんの両親と同居中だ。とても頼めない。」


駅前なのにもうほとんどの店がシャッターを閉めていた。

朝まで営業してそうな店はない。

ただ、ラブホの安っぽいネオンだけがチカチカと夜空に光っているのが見えた。



田中課長とラブホなんて冗談じゃない。


頭がクラクラしてきた。

つい日本酒が美味しくて大量に飲んでしまった。

さっき田中課長におんぶされながら走る度にずっと頭を揺らされていたので急激に酔いが回ってきてしまった。


うっヤバい……吐きそう。



「どした小娘?大丈夫か?」




そこで記憶が途切れてしまった。











起きたらベッドの上だった。

自分の寝姿が天井の鏡に写っている……



なんだここは……って…



ラブホか?!




驚いて飛び起きた。

頭イタっ……!

ガンガンする頭を抑えながら部屋の中を見渡した。

田中課長の姿はない。

私の服も乱れてはいない……


お風呂にもトイレにも田中課長の姿はなかった。

まさかと思い部屋のドアを開けたら廊下に田中課長が座りながら寝ていた。



「……田中課長。起きて下さい。風邪引きますよ。」




「……おう、もう朝か?」

「いえ、まだ夜中の2時です。」


「起こすなよ。おまえもベットで寝ろ。」

そう言ってまた廊下で寝ようとした。


「田中課長も部屋で寝ればいいじゃないですか。」

「嫁入り前の小娘と一緒の部屋でなんか寝れるかっ。」


「ソファもあるし。別に私のことなんて何とも思ってないでしょ?」

「…………」


「田中課長なんか臭くありません?」

「……おまえにゲロぶっかけられた。」



「入ってシャワーあびてください!!」




遠慮しまくりの田中課長を無理やり部屋に引きづり込んだ。

一応上司の人になんてことをしてしまったんだ私は…

反省しまくりである。



私のゲロのかかった田中課長の服を洗面所で洗い、バスタオルの上に広げてドライヤーで乾かす。

朝までに乾くのかなコレ……


「おい小娘。」


田中課長がシャワーを終えて出てきたのだが、裸で腰にフェイスタオルを巻いただけで全身ビチョビチョの状態で出てきた。


「なっ!なんて格好で出てきてるんですかっ?!セクハラ!!」

「おまえがバスタオルもドライヤーも使ってるからだろーが!!」


びびった……襲われるかと思った。

まだ胸がドキドキしている。



バスタオルを腰に巻き直し、ソファに座りながらドライヤーをしている田中課長を横目で見た。


思った以上に筋肉質だ。

いつものくせっ毛が濡れてストレートになり、顔半分くらいに垂れてる感じが妙に色っぽかった。



はっ……なにおっさんの裸盗み見てるの?!

あんなお腹ぽっこりなやつ!

いや…そんなぽっこりもしてなかったかな……


「おい小娘。」

もう一度お腹を盗み見ようとした時に声をかけられビクっとしてしまった。

「な、なんですか田中課長?」


「おまえも風呂入ったら?」

「入りません!」


化粧品も替えの下着もないのに……

それに私まで入ったらまるでなんか…そんな風になっちゃわない?

やだよ、田中課長とそんな雰囲気になるの。


しかしこの沈黙の状態はイヤでも意識してしまう。

なにか話をせねば……




「田中課長の奥さんてどんな方だったんですか?」


思わず別れた奥さんのことを聞いてしまった。

入社一年目で結婚し、10年前に離婚したとは聞いていた。

「おまえ今それ聞く?どうせなら酒の席で聞いてこいよ。」

だってそれしか思い浮かばなかったんだもん。


「あー…学生の頃に知り合ってな。可愛かったよ。俺の一目惚れってやつだ。口説き落として大恋愛の末結婚した。」

「なのに離婚するんですね?結婚生活3年ですか?」

なんで好きあって結婚したのに離婚してしまうんだろう……


「おまえホントに遠慮がねえな。いろいろあんだよ、男と女には。」

「田中課長の浮気ですか?」


「なんで俺確定なんだよ?!しねぇわ!俺は一途だっ!」

「だって大恋愛なんでしょ?普通3年で冷めます?」


「あーもうっ……俺達は子供が出来なくて別れたんだよ。」

「子供?」


不妊というやつだろうか……

でもそれなら二人で生活していったらいいんじゃないのだろうか……

私が理解できない顔をしてるのを見て田中課長は話を続けた。


「原因は奥さんの方だった。俺がすげぇ子供好きなの知ってたからすっかり塞ぎ込んじまって……俺に悪いから別れようって毎日言われた。」


「……すいません。込み入ったこと聞いてしまいました。」

「今更しおらしくすんなっ気持ち悪いわ!」




田中課長が独り言のようにポツリとつぶやいた。


「好きな女には幸せになってもらいたいからな。俺といるとなれないなら…仕方ないだろ……」



奥さんは去年再婚したと言っていたな……

あいつもやっと幸せになれたと嬉しそうに話していたのが印象的だった。






私がドライヤーで服を乾かしていると田中課長はソファで寝始めた。



けっこう寝顔可愛いな……




乾かしたばかりだからかいつも以上に髪の毛がくりくりしてる。


会社では怒ってる顔しか見たことない。

今日は居酒屋でもいろんな顔が見れたな。





まあおっさんには変わりないけど……












今日は金曜日。

待ちに待った西条さんとのデートの日だ。


いつもと違う綺麗め系ファッションに身を包み、髪もクルっと巻いてきた。

仕事が終わったら化粧を一からし直そうと、フルメイクの道具も持ってきた。

テンションMAX、気合い十分だ。



「おう小娘、今日は可愛いな。企画書は?」

「今日の昼過ぎには出来ます。」


会社に着くなり田中課長に声をかけられた。

可愛いとさりげなく言われちょっと照れた。


社長へのプレゼンは週明けの月曜日の朝イチで始まる。

田中課長のチェックを終えて人数分のコピーをしたら用意はバッチリだ。


私って、仕事も恋も充実してるじゃん。






「おまえ誤字脱字多すぎ……赤ペンで書き直しておいたから打ち直せ。」

「なっ……」

思った以上に仕上げるのに時間がかかってしまい、田中課長のチェックを終えたのは17時を過ぎていた。


企画書を見ると真っ赤だった。

細かな言い回しまで丁寧に直してある……

こんなに訂正箇所があったらとてもデートになんか間に合わないっ!


私が企画書を手に青ざめていると田中課長がそれをひったくった。


「内容自体はすごく良かったから訂正くらいは俺がしといてやるわ。」

「えっ……?」


「その代わり月曜日は早めに出社して30部コピーしてホッチキスでちゃんと止めろよ?」

「あ、ありがとうございますっ!」



田中課長優しいじゃん!いいやつじゃんっ!




私は西条さんとの待ち合わせ場所であるホテルのレストランへと急いだ。





夜景が見えるとてもオシャレなレストランだった。

すごい素敵……

私が小さい頃から夢みていたお姫様みたいなシチュエーションだった。


西条さんはもう着いていて私を見つけて手を振ってくれた。

はにかんだ笑顔がとても爽やか…超格好良い。


「お待たせしました。」

「大丈夫。僕も今来たところだから。」


テーブルまできた私のことをチラっと見ただけで特に何も言ってくれなかった。

くるっとターンして見せようか……

いやいや、西条さんの前でそんなおふざけは出来ない。


メニューを見る…ついゲテモノがないかチェックしてしまった。こんなレストランにあるわけないのに。

田中課長のせいで変なクセがついてしまった。


「楽しそうだね。なんか思い出し笑い?」


えっ……私笑ってた?

いけないいけない。


メニューを頼み、ボーイから料理に合うワインを勧められたのだが西条さんはアルコールが好きじゃないらしく断った。

私もアルコールダメな体質なんですぅとつい可愛子ぶりっ子してしまった。

まあ西条さんにゲロをかけるわけにはいかないしね……




「トマト食べないんですか?」

さっきから西条さんはお皿にいくつか野菜を残していた。

「苦手な野菜が多くて……子供っぽいよね?」

そんなことはない。

普通ならいい歳してなんだコイツって思うが、好きな人だと許せちゃうから不思議だ。


「君は好き嫌いってある?」

好き嫌いはない。しいて言えば……

「ゲテモノ系ですかね。虫とか。」

言ってからしまったって思った。

西条さんが明らかに引いている……


「……君って面白いね…」

いやいやぜったいそんな風には思ってない。

アホかって突っ込んでくれた方が全然マシだ。



ああこの料理……

ぜったいワインと一緒に食べた方が美味しいのに。




西条さんがテーブルに置いていたスマホが鳴った。


「ちょっと失礼。」

西条さんはもしもしと言いながら席を外した。


見えてしまった……かかってきた電話の相手の名前。

長尾と書かれていた。

あの美人秘書だ。


私は今西条さんと食事中だ。

西条さんから誘ってきた。

私に気があるのは間違いない。


私にはあの美人秘書にはない若さがある。

この勝負受けてやろうじゃないかといつもなら闘志メラメラ燃やしてるとこなんだけど……


なんだろう。

いまいちヤル気スイッチが入らない。



目の前の空いてる席をぼんやりと見つめる。




これが─────


ずっと夢にまでみた西条さんとのデートか……






「ゴメンね。仕事の電話だった。」

はにかみながら笑ういつものこの表情。

向けられる度にキュンキュンしていた。



西条さんがテーブルの上を滑らせながらルームキーを私に手渡してきた。



「このホテルの部屋とってあるんだ。」




西条さんからまだ好きとも付き合おうとも言われてない。



別に順番にこだわるほど私は純情ではない。

体から始まる関係があることも理解出来る。




────────でも……






おまえみたいな小娘に俺の魅力がわかってたまるか。






あん時は一生わかりたくないって答えたっけ。





私はルームキーを西条さんの方に突き返した。

「ごめんね西条さん。理想と現実は違ったわ。」





理想は夜景の見えるレストランで、王子様みたいなイケメンと食事をしながらデートすることだった。




でも現実は───────















「どうした小娘?振られたか?」


私の企画書をパソコンで打ち直していた田中課長が手を止め振り返った。

相変わらず無精髭を生やし、ボサボサのくせっ毛だ。

おっさんだ。おっさんなのだ。


なのになぜか私はこの男に惹かれている……



「違います。私が振ったんですっ。」

「ずっと狙ってた男をか?」


「田中課長のせいです!」

「はあ?俺はむしろ協力してやってるだろ。」


「なんで協力するんですか?!」

「なんでおまえキレてんの?!」


ちぇっ、私の気持ちも知らないで……

私は出来上がったページをコピーし始めた。

もう今日中に全部仕上げてしまおう。


「終わったら飲みに行くか?」

田中課長がパソコンを打ちながら私に聞いてきた。


「行きたいです!」




やっぱり私はこの男と一緒に居酒屋で飲んでいる方が性に合っているようだ。



「美味いカエル料理を食わしてくれる店が……」

「そこはイヤです!!」








私の企画書は社長からのOKがもらえ、その後本格的な商品開発へと進むこととなった。


私みたいな新人がここまでの仕事を任されるだなんてまずないそうだ。

全部田中課長のおかげなのだが、田中課長はひたすら私をほめてくれた。



業者に見積もりをとったりデザイン事務所に依頼したりと、サポートしてくれてる田中課長と一緒に仕事することが増えてきた。




「材料は金田食品だな。パッケージの印刷はいつもの大和でいいだろう。」

「デザインはA案が私は好きなんですけど…」


「それはおまえに任せる。とりあえず飲もうか。」

仕事帰り、田中課長と飲む回数も増えてきた。

寒くなってきたので熱燗が美味しい。

おちょこをコツンと合わせ、乾杯した。



「すいませーん。熱燗お代わり!」

「おい小娘。ピッチ早すぎだろ。」


「これくらいまだまだ序の口ですよ。」

「また俺に向かって吐くなよ。」


「もう吐きませんよっ。」

「おまえこないだ道端で寝たんだからな!」





なんとかこの男から好きだと言わせたい。






いろいろアプローチしてるつもりなのだが


鈍感なのか、はなから私のことは眼中にないのか……



どうも私の今までのやり方じゃ全然ダメらしい。








──────ねぇ誰か


おっさんの口説き方教えてくれない?











「おまえは相当鈍いな。」

「なんですかっ田中課長、いきなり…?」






誰か、小娘の口説き方を知ってるやつがいたら教えて欲しい……













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