事件発生の第9話
この世界の女子でも、男子に向かって暴力を振るうことはあるのか。それに関して言えば前にも語った気もするがまずないと思って間違いはないだろう。前世で言う女の子に暴力を振るってはいけないとは重さが違うのだ。
故にそれは事故であった。なにがしかの悪意があったわけでもなく、陰謀のようなものも存在しない。周囲に気を配る能力の低い小学生ならよくある事であり、むしろその点で言えば不用意な行動をとった私の方が悪かったとすら言える。
しかし何も知らない人物がもしその瞬間を目撃すれば男子の顔面を殴る女子という光景にしか見えなかっただろうし、事実その女子に関して言えば乱暴というほどではないにしろガキ大将的な性質で知られていたわけで。
ガツンと走る衝撃はちょうど鼻の奥を刺激し、ワサビを食べた時に自然と出るのと同様に生理的な現象として涙を流させる。殴られて泣いてしまった男子の出来上がりだ。いや、鼻から出る液体が赤い以上流血沙汰も追加である。
無論痛みや悲しみで泣くという事は無い。子供の体に引きずられて精神制御ができないなどというお話はどうやら空想上の産物で。それが逆に今まで泣いたことのない子供が涙を流しているという事態の異常性を加速させたわけであるが。
実に間の悪いことに、その瞬間を絶妙に勘違いする始まり方で目撃したのが担任の先生で。恐らくだがその瞬間その空間で冷静だった人間は存在しなかったのではないだろうか。下手をすれば先生の胃に穴が開く瞬間になっていたかもしれない。
私を殴ることになってしまった彼女の顔は最初は何が起きたのか分からずにぽかんとし、次に何かに理解が及ぶのを本能が回避しようとしたのか何とも言えない顔になり、次に私の涙と血を見て一瞬で青を通り越して真っ白になっていた。
正直感覚が追い付かないが、多分お金持ちの家に遊びに行ったらうっかりツボを落として割ってしまい、その金額が国家予算並みだった程度の衝撃だったのではないだろうか。うっかりはたく程度でもギルティなのに、血まで出てしまっていた。
私としてはそこまで大げさなケガではないと思っても、周囲の考えは違うわけで。何かを言う猶予すら与えられることも無く恐ろしい速度で病院へと連れていかれた。集中治療室などという空間に入ることになるとは思いもよらなかった。
ケガよりも気になったのは少女の事であり、何の弁護も出来ずに入院が決まった時には大げさすぎる処置への驚きよりも焦燥感を覚えたのだった。